妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

文字の大きさ
7 / 27
1章 異世界転移

07 西の神殿へ

しおりを挟む

 翌朝朝食を終え、服装を整えると早速出立になった。
 一行は馬車一台と荷馬車一台、騎馬兵数十といった構成で、映画のセットのような一団を江衣子は呆然と眺めた。
 馬車に乗るのは江衣子と侍女たちで、神官も馬車に乗って移動するようだった。長い黒髪を一つにまとめ、馬に乗るジャファードの姿はとてもかっこよく見えてしまい、江衣子はなんだか悔しくて明後日の方向に顔を向けた。すると、見たことがない人に手を振られ驚く。

(金髪碧眼の王子様ルックス。苦手なタイプ……)

 江衣子はそんな感想を持ち、興味がないので一応手を振り返したが、すぐに自分が乗る予定の馬車に足を向ける。甲斐甲斐しくミリアが準備をしており、やはりいい侍女だと感心してしまった。

「ミリア。ありがとう」
「とんでもございません。聖女エイコー様」
「聖女様。お手を」

 先ほどまで遠い距離にいたはずなのに、王子様ルックスのチェスターがすぐそばにいて、江衣子は体を強張らせる。
 しかも手を取るように言われ、戸惑いしかない。
 それを照れていると勘違いしたのか、チャスターが自ら手を取り、江衣子を馬車へ案内した。
 微笑みを浮かべられ、隣にいたミリアなどは顔を真っ赤にしているが、彼女自身はまったく心が動かなかった。それよりもチェスターの背後のジャファードを気にしていたのだが、彼はチェスターが彼女の手を取ったのを見ると、どこかへ行ってしまった。

(本当に、私たちの結婚生活はなんだったの?気にしないの?全然?)

 その事ばかりを気にしていて、彼女はチェスターの笑顔などまったく記憶に残らなかった。
 江衣子が馬車に乗って一行は西の神殿に向かって出発する。
 かなりの人数なので、3夜とも天幕を張って野宿で過ごす予定だった。4日後には西の神殿に到着、そちらで1泊してから大神殿に戻る行程だ。


 *

 聖女一行の一団が動き出して、ジャファードも馬を操りその行列に着く。
   先頭と後尾は騎士団が務め、神官が二手に分かれ、聖女の乗る馬車を前後で守りながら移動する。今回の神官は馬に乗れ、中級以上の神官が警護についているのだが、ジャファードとチェスターは特別だった。
 ジャファードは江衣子の指名なのだが、チェスターはどうやら貴族という立場を利用して警護の神官の中に入り込んだようだった。
 チェスターのような軽い神官は稀であり、他の神官たちは寡黙に馬を操る。


「ジャファード」
 
 にやにや笑いながら馬を寄せてきて、ジャファードは迷惑そうな顔を必死に隠して彼に向き直った。

「聖女様。可愛いじゃんか」
「そうですか?」
「なんか擦れていない感じでよかった。大人しいし」

 チェスターの江衣子へのコメントを、ジャファードは聞き流す。
 しかし、擦れていない、大人しいには心の中で反論していた。

「でもさあ、やっぱりお前を見てたよな。あっちの世界の何かあったのか?」
「別に何も」
 
 疑われないように答えたつもりだけど、チェスターはじっとジャファードを見ていた。

「まあ、あっちの世界から一緒に来たことで頼ってるかもしれないな。まあ、そんな感じで冷たくしてもらったら、俺にチャンスがあるのでよろしく」

 チェスターは肩を叩くと、馬を離し騎士団の背後に加わった。

「冷たいか……」

 チェスターの言葉を繰り返す。

(怒らせてばっかりだよな。昨日から。でも、俺は彼女の夫じゃないし。もう何も関係ないんだから、これが普通だ。下手に前みたいに接するのはおかしい。俺から言い出したんだし)

 彼女から寄せられる視線を浴びていると、ふと前のように接したくなった。
 けれども、「何もなかった事にしてくれ」と頼んだのがジャファードであり、それは彼女の新しい人生の邪魔になる。

(このままの態度を続ける)

 彼は手綱を握り、前を向いた。
 聖女の一行は大神殿を囲む森を抜けようとしており、西の神殿への旅が始まろとしていた。

 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...