永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

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蛇の生殺しは人を噛む

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 半月の昇る星空の下。星明りしかない草原の上を、老女が息せき切って走っている。
 彼女は大事そうに包袱パオフー*を抱えて、とある場所に向かっていく。と、黒塗りの馬車が忽然と現れ、同時に灯った松明の明かりが老女の姿を映し出す。
 老女は咄嗟に手をかざし、眩しさに目をつむる。すると馬車の戸が開き、中から白い手がまっすぐに伸びてくる。
静端ジングウェン。こっちよ」
「は、はい。今そちらに」
 静端はその小さな手を取って馬車に乗り込み、中にいた自分の主人に対面する。
美琳メイリン様。お久し振りでございます」
 その言葉に美琳は妖艶に微笑む。
「ええ。無事に会えて良かったわ。誰にもバレずに出てこられたかしら?」
「はい。痕跡は残しておりません」
「流石ね」
 満足気に頷いた美琳は、静端の手にしている包袱に目をやる。
「それで? 荷物はそれだけ?」
「あ……そうなのですが……」
 美琳の問いかけに静端は言い淀む。しかしすぐに包袱を広げ、その中から丁寧に畳まれた布を取り出す。
「こちら、文礼ウェンリィ様の遺髪になります。処刑される前にご本人からお預かり致しました」
 静端はうやうやしく差し出し、美琳は無表情で受け取る。
「……ここにこれがあるってことは成功したってことね」
「はい……立派な最後でございました」
「ふぅん」
 美琳は興味無さげに言うと、妖しい光を宿した目で静端を見つめる。
「で? 文生ウェンシェンは、どういう反応だった? あいつを殺されて、自分の息子を処刑して。落ち込んでいた?」
「それは……」
 その必死な様子に、静端は言葉に詰まる。それだけで美琳は察する。
「そう。何も言っていなかったのね」
 小さく呟いた美琳。だがすぐに晴れやかな顔になる。
「ふふ。あんな女ごときじゃ乱されないわよね。そうよね、あんな女一人いなくたって構わないものね」
 美琳はほくそ笑むと、窓の外に手を出す。それを合図に馬車が大きく傾いて動き始める。
 突然のことに静端は体勢が崩れる。と、すかさず美琳がそれを支える。
「大丈夫?」
 小首を傾げて聞くその姿は、最後に見た少年の姿を彷彿とさせた。
「……ッ美琳様は、文礼様が処刑されて何も思われなかったのですか? 密会する度に嬉しそうにお話してくださっていたじゃないですか……!」
「え? ああ、だって文生に似ていて可愛かったからね」
「ならば「でも」
 静端の言葉を遮ると、美琳は今までで一番清らかな笑みを浮かべる。
「文生じゃなければ意味がないじゃない?」
「ッ!」
 その純粋無垢な言葉に、静端は何も言えなくなる。美琳は更に言葉を重ねる。
「それに、他の女の血が混ざっている子なんて……」
 ぐしゃり、と美琳は手にしていた包み布を握る。そして静端に突き返す。
「これ、私はいらないわ。貴女の好きなようにして」
「……承知、致しました」
 そう言うと静端は懐に仕舞って、流れ始めた景色に目を向けるのであった。









 *包袱パオフー…風呂敷に近い物。衣服や道具などを包んで持ち運ぶ布。
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