黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第2章 三人の婚約者

その32 隷属の魔道具を書き換えるのはセルフサービスね

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「こちらでございます」

 小姓に案内されるのは、入って来たときとは違う道。ちなみに、公爵嗣子の案内を小姓にさせるなんて、異例の冷遇と言って良い。プライベートと言うことであるなら、王妃自ら案内してもおかしくないし、通常なら表向きの官職を持った侍従官がすることだ。

『やっぱり奴隷をもらうと言うことで、冷たい目になるのか。それともケンカを売りたいのか微妙だよなぁ』

  もちろん、王妃様もそのあたり、計算をしているはずだ。もしも「無礼な」と事を荒立てようとしたら、当然「そっちの目的で奴隷を欲しがるとは貴族としての嗜みが」ってあたりのウワサがカウンターで返ってくるのだろう。

『それにしても、警備がだいぶ減ったな』

 周辺の警戒網は、ずいぶんと薄くなって、このあたりだけになっている。どうやら女王を警護しただけで、オレを不審者扱いしたわけではないということか。だが、それにしても、警戒網が見たこともないほど、分厚かったのはなぜだ?

 答えが出るよりも先に、東屋屋根が目の前。

『うん。サクラとミズキ。よかった。ヒドい目に遭ってなかったんだな』

 スキル《情報》に表示された名前に、思わず声が出そうになる。自分が思っていたよりも、オレは「生徒思いだった」らしい。心底ホッとした、いや、嬉しい。

『周囲に十五人。中には六人か。女官と、侍従長、警護の騎士と、公証人? 何だ、その公証人って』

 そこにいるぞとわかっていなければ気がつかないほど、周囲の警備は上手い。それぞれは上手に隠れて警備している。いや、ホント、肉眼だけだとほとんどわからないだろう。

 中立シグナルのイエローであることを確認しているオレの前に、小姓が傅いた。

「こちらに、お立ち寄りくださいと申しつかっております」
「うむ。ご苦労」

 恭しく片膝をついて、頭を下げて「召使いの礼」をしている。上手くしたもので、この姿勢では、右手を頭の上に差し出す形になるのだ。

 そして黙って、そこに大銀貨を載せてやるのが貴族というものなのだ。

 銀貨を握りしめて、キュッと手が閉じるときには、もうオレは東屋の入り口だ。


 
………………………………


  レベル  1
【名前】 :ミズキ・コヤマ(小山瑞樹)
【魔力】 :10/20
【体力】 :12/30
【筋力】 :12
【耐久】 :30
【敏捷】 :5
【知力】 :50→25
【器用】 :50
【称号】 :転生者 元勇者 王の奴隷  乙女ですよ!

 ♪参考♪

 いくら戦っても、人びとから感謝されず、文句を言われて、それでも貧しい人びとだけでも助けようとしたら、貴族には反発されてしまう日々が続きました。最後は、ガーネット伯爵領で、税が納められない一家をムリヤリ助けようとしたため、村に対する見せしめ処刑が行われて、人びとから恨まれてしまいました。助けたはずの村人からも石を投げられて、とうとう、心が壊れてしまったのですね。勇者としての活動を放棄したので、王室が奴隷にして活躍させようとしましたがサンキシちゃんが力を奪ったため、離宮で放置プレイ進行中でした。心が戻るためには、少し時間が必要になります。
 よろしくね テヘッ
 

………………………………


  レベル  1
【名前】 :サクラ・ハシモト(橋本さくら)
【魔力】 :10/40
【体力】 :12/20
【筋力】 :12
【耐久】 :20
【敏捷】 :5
【知力】 :65→30
【器用】 :55
【称号】 :転生者 元勇者 王の奴隷 乙女ですよ!

 ♪参考♪
 奴隷になったいきさつは小山瑞樹さんとほぼ同じです。魔法特化タイプだっただけに、隷属化による体力の低下が深刻です。その代わり、美味しいものを食べて、ゆっくりと、大事にされれば、瑞樹さんよりも、回復は早いと思われます。
 ナイショですけど、二人とも心の中で「担任の先生」を呼ぶことが多いですよ。

………………………………

 心を痛めている場合はではない。オレは改めて二人の顔を見た。

『顔は、それほど変わってないが、さすがにやつれてるな』

 生気の抜けた顔だ。床を見つめたまま、こっちを見ることもしない。文字通り、全ての意志を持っていないように見えていた。鈍く光る首輪が「隷属の首輪」とかいうものだろう。

『それにしても間に合ったか』

  ポンコツ女神が、わざわざ「乙女ですよ!」だとか書いていやがる。どうやら、奴隷堕ちしたとは言え、さすがに王家。野蛮な振る舞いを防いでくれたということか。

『お~ よかった。これ、なにしろ、18禁の制限掛けてないからな』

 こういう時にメタ発言をしてしまうのはお許し願いたい。

「太后様の思し召しにより、クリーグランド卿には、この方々をお連れいただきたいとのことです」

「ご慈悲深き聖母様の御心のままに」

 頭を下げてみせると、公証人が声を上げてきた。

「殿下」
「何か?」
「小職は、王宮内の魔導を伴う儀式を司る者にございます。太后様のご意向により、隷属の首輪の書き換えを行わせていただきます」
「良きに計らえ」
「はっ。しかと働かせていただこうと、このたびの儀、既に、隷属の魔道具には術式を施してありますゆえ、殿下の魔力でお書き込みいただいて、終了となります」
「ふむ。どのようにすれば良いのだ?」
「必要な魔力は、ファイアの数分の一で十分でございます。少しずつ、殿下の魔力を首輪に触れて流し込みながら、ご尊名を心の中でお唱えください。ご自分の力を首輪に流し込むような感じにしていただければ間違いないかと」
「やってみよう」

 その瞬間、公証人だという男の顔が、ほんの少しだけ醜く歪んだのを見逃さない。小役人にありがちな「情報の小出し」をしてるんだろう。本当はコツがある。けれども、それはオレが何度も失敗してから、もったいぶって教えるって寸法だ。

 自分の権能を重要そうに見せることで、自尊心を満足させたがる小役人は、実に多いものだ。

 気付かないふりをして、そのままサクラの目の前に立つ。

 オレが近づいても、身じろぎもしなかった。首の後ろから手をれる。なんともネットリとした感触だ。

 指先から、魔力を流し込む。水を滴らせる感じだ。

  雫を、ポトン、ポトン、ポトン。あれ? なんか全然反応がないよ? ポトン、ポトン、ポトン…… いや、これ、ファイヤーの数分の一どころか、倍以上必要じゃないか? まあ、オレの魔力量なら、誤差のウチにもならないけどさ。

 おっと、イメージもしないとだよな。

『サクラ、戻ってこい…… これじゃダメだな、うん。ここは…… サトシ・ファーニチャーの奴隷となるのだ、サクラ・コヤマ!』

 雫をボトン、ボトンと小さな塊にして垂らしながら、オレのイメージを被せた、その瞬間、サクッと何かを突き抜ける感触が起きた。

 わずかに赤く光る首輪。

「さすがにございます。たった一度、触れるだけで、できてしまうとは。これにて成功でございます」

 公証人の男の顔に驚き。

 ケッ、小役人に負けてたまるかよ。

 そして、やり方さえわかってしまえばミズキの方も、簡単だ。驚きを顔に出さないようにして、思いっきり失敗している小役人を尻目に、オレは意気揚々と引き上げることにした。


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