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1 母の死
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僕らは葬儀場のパイプ椅子に座って、焼香に訪れる弔問客を待っていた。
でも、通夜が始まってもう数時間経つのに、訪れたのは母の会社の同僚がふたり。
しかも、そのふたりも、訪問を誰かに見られるのが嫌なのか、おざなりに焼香を済ませると、そそくさと逃げるように去っていった。
10月も半ばを過ぎ、この時間になると喪服では肌寒い。
自宅近くの葬儀場を借りたのだが、一番安いプランだったせいか、会館の1階で風通しが良すぎるのだ。
空々しい蛍光灯の明かりの下、花輪に囲まれた母の遺影に、なんとはなしに目をやった。
母のSNSから採った一枚だ。
写真いっぱいに嫣然と微笑むその顔は、40過ぎというのにひどく若々しい。
下世話な言い方をすれば、男好きのする顏である。
顔付きだけでなく、肉感的で歳の割にスタイルもよかった。
世間的には美魔女という部類に入るのか、そのおかげで保険外交員としての彼女は超優秀だったらしい。
ただし、残念ながら、それが今回裏目に出てしまったということだろう。
叔母ではないが、何もあんな死に方をしなくても・・・。
僕の心の底にあるのは冷たい嫌悪感。
でも、その反面、母の死の瞬間を妄想して、ざわざわするものを抑えきれないでいる・・・。
「じゃあ、私はこれで帰るけど、いいかしら?」
叔母が腰を上げたのは、深夜1時を過ぎた頃のことだった。
僕は、母の妹にしてはずいぶん地味な叔母の顏を見上げ、軽く頭を下げた。
「何から何までありがとうございました。叔父さんによろしくお伝えください」
事実、母の死から一週間で、なんとか通夜と葬儀までこぎつけられたのは、ふたりのおかげである。
正直、社会のことなど右も左もわからない大学1年生の僕にできることなど、何もなかったのだ。
一週間前、病院の廊下で頭を抱えていた僕に、ほとんど疎遠だった叔母が手を差し伸べてくれたのだった。
「じゃ、また、お葬式でね。ああ、それと、この先どうするか、もう、決めた?」
去りかけて、振り返り、叔母が訊く。
「いえ」
情けない顏で、僕は笑ってみせた。
そんなの、決まるわけがない。
母とは家賃12万のマンションで二人暮らし。
母の遺してくれた貯金は僕が大学を卒業するまでの学費で全部消えそうだから、まずは引っ越しを考えねばならない。
家賃12万の3DKなんて、大学生の独り暮らしには贅沢過ぎる。
「一応、大学だけは、続けようかと思ってますけど・・・」
「ごめんね。唯一の親族なのに、あんまり力になれなくって」
済まなさそうに叔母が言う。
母と叔母の両親はすでにこの世にいない。
母の姉妹はこの叔母だけだから、確かにその通りということになる。
そして、一度会った時の印象から、叔父が母を嫌っていることは直感的に察することができた。
公務員で堅実な性格の叔父に、放埓過ぎる母の雰囲気は合わなかったのだろう。
だから、僕としても、これ以上叔父夫婦の世話になるわけにはいかなかった。
「なんとかなりますよ」
尚も立ち去りかねている優しい叔母に、僕は無理やり笑いかけた。
「俺、まだ18歳ですし、先、長いから」
「だよね。若いって、いいわよね」
「はは、おやすみなさい」
「はあい、おやすみ」
ため息が出た。
まさに、若いだけが取り柄である。
僕、島原和夫は、18歳と3ヶ月で社会という荒波に放り出されてしまった小舟なのだ。
先のことなんか、想像したくもない・・・。
でも、通夜が始まってもう数時間経つのに、訪れたのは母の会社の同僚がふたり。
しかも、そのふたりも、訪問を誰かに見られるのが嫌なのか、おざなりに焼香を済ませると、そそくさと逃げるように去っていった。
10月も半ばを過ぎ、この時間になると喪服では肌寒い。
自宅近くの葬儀場を借りたのだが、一番安いプランだったせいか、会館の1階で風通しが良すぎるのだ。
空々しい蛍光灯の明かりの下、花輪に囲まれた母の遺影に、なんとはなしに目をやった。
母のSNSから採った一枚だ。
写真いっぱいに嫣然と微笑むその顔は、40過ぎというのにひどく若々しい。
下世話な言い方をすれば、男好きのする顏である。
顔付きだけでなく、肉感的で歳の割にスタイルもよかった。
世間的には美魔女という部類に入るのか、そのおかげで保険外交員としての彼女は超優秀だったらしい。
ただし、残念ながら、それが今回裏目に出てしまったということだろう。
叔母ではないが、何もあんな死に方をしなくても・・・。
僕の心の底にあるのは冷たい嫌悪感。
でも、その反面、母の死の瞬間を妄想して、ざわざわするものを抑えきれないでいる・・・。
「じゃあ、私はこれで帰るけど、いいかしら?」
叔母が腰を上げたのは、深夜1時を過ぎた頃のことだった。
僕は、母の妹にしてはずいぶん地味な叔母の顏を見上げ、軽く頭を下げた。
「何から何までありがとうございました。叔父さんによろしくお伝えください」
事実、母の死から一週間で、なんとか通夜と葬儀までこぎつけられたのは、ふたりのおかげである。
正直、社会のことなど右も左もわからない大学1年生の僕にできることなど、何もなかったのだ。
一週間前、病院の廊下で頭を抱えていた僕に、ほとんど疎遠だった叔母が手を差し伸べてくれたのだった。
「じゃ、また、お葬式でね。ああ、それと、この先どうするか、もう、決めた?」
去りかけて、振り返り、叔母が訊く。
「いえ」
情けない顏で、僕は笑ってみせた。
そんなの、決まるわけがない。
母とは家賃12万のマンションで二人暮らし。
母の遺してくれた貯金は僕が大学を卒業するまでの学費で全部消えそうだから、まずは引っ越しを考えねばならない。
家賃12万の3DKなんて、大学生の独り暮らしには贅沢過ぎる。
「一応、大学だけは、続けようかと思ってますけど・・・」
「ごめんね。唯一の親族なのに、あんまり力になれなくって」
済まなさそうに叔母が言う。
母と叔母の両親はすでにこの世にいない。
母の姉妹はこの叔母だけだから、確かにその通りということになる。
そして、一度会った時の印象から、叔父が母を嫌っていることは直感的に察することができた。
公務員で堅実な性格の叔父に、放埓過ぎる母の雰囲気は合わなかったのだろう。
だから、僕としても、これ以上叔父夫婦の世話になるわけにはいかなかった。
「なんとかなりますよ」
尚も立ち去りかねている優しい叔母に、僕は無理やり笑いかけた。
「俺、まだ18歳ですし、先、長いから」
「だよね。若いって、いいわよね」
「はは、おやすみなさい」
「はあい、おやすみ」
ため息が出た。
まさに、若いだけが取り柄である。
僕、島原和夫は、18歳と3ヶ月で社会という荒波に放り出されてしまった小舟なのだ。
先のことなんか、想像したくもない・・・。
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