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最終章 それぞれの旅立ち

第十五話 王国求婚舞踏会

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 第十五話 王国求婚舞踏会


  私はこの数日間、部屋にこもり飼い猫のトラオ君を撫でて過ごしていた。
「はぁ~、ねぇ、トラオ君。
 私は一体どうしたらいいんだろう?」

「ニャー」

 そんな私の問いかけにトラオ君は腹を晒して気持ちよさそうに目を細めている。
 美しい黄色の毛並みに少し小太りなフォルムが愛くるしい。
 そのムクムクの毛並みを撫でていると心配事も少し和らいだ。
 運命の『王国求婚舞踏会』まで後、三日と迫っていた。
 どうしても結婚の決心がつかず。
 私がカツラギ様へ頼んで最終日まで開催を伸ばしてもらったのだ。
 ユーザIDの使用期限は残り三日。
 リミットは、王国求婚舞踏会当日の深夜十二時までだった。
 それまでに誰かを選びエンディングを迎えなければ、私は死ぬ。

 昨夜はタフタ兄様が心配してわざわざ訪ねて来てくれた。
 その時、私は何だか寝つけずにベランダで独り月を見ていた。
 舞踏会は既に王国中に伝えられ、国内外からあらゆる王子が駆けつけていた。
 思いもかけずに話が大きくなり、今更、中止など出来る状態ではなかった。

 元の世界へ帰るだけ。

 頭では分っていた。
 でもどうしても死んだシフォンのコトが頭から離れなかった。
 (シフォンっ、私はどうしたらいいの?)
 私は独り呟いた。

「眠れないのか?」

 ふとした声に、振り返るとタフタ兄様が心配そうな顔で立っていた。

「タフタ兄様。
 こんな時間にどうなされたのですか?」

「あぁぁ、たまたま近くを通ったのでな。」

 そう言うとスイーツの箱を持ち上げて笑って見せた。
 私は無理やり笑顔を作って微笑み返した。
 どうしたも何も私を心配して来たに決まっている。
 こんな時間にたまたま近くを通る用事など無いのだから……。
 王宮の親衛隊隊長。
 隊長らしく剣術に優れ、凛々しくガッチリとした体格。
 妹想いの優しいお兄ちゃんだ。
 幼い頃は別々に暮らしていた為か、私が下宿を始めると私を溺愛しはじめた。
 心配症なのか同居した途端、頻繁に会いに来た。
 私の事はいつまでも子供扱いで、いつもご機嫌取りにお菓子を持って来る。

「街で人気のスイーツを貰ったから持って来た。」

 それがタフタ兄様の私に会いに来るいつもの言い訳だった。
 (そうそう鬼隊長がスイーツを貰う訳がない。)
 兄の嘘はバレバレだった。
 でも令嬢が溢れかえる中でスイーツを買う姿を想像すると何とも哀れで愛くるしい。
 だから私はいつも気がつかないフリをしてスイーツを嬉しそうに頬張った。
 私が大好きな自慢の兄様。
 タフタ兄様は私がスイーツを頬張る姿を嬉しそうにいつも眺めては私の頭を撫でる。
 スイーツを土産に時折り見せるデレ感は鬼の隊長とは程遠かった。

「あのな、王国求婚舞踏会のコトなんだが……。
 無理に結婚しなくてもいいんだぞ。
 ……つまりお前の気が乗らないのなら……。」

 その気遣いと優しさに私は子供の頃に帰って甘えてみる。

「え~っ、兄様は私が婚期を逃してもいいのですか?
 私っ、直ぐにお婆さんになって貰い手が無くなってしまいますよ。
 そしたら兄様夫婦の間に居座って屋敷中のお菓子を食い尽くしてやるんだから。
 こんな食いしん坊の妹がいたら、兄様も一生結婚出来ないかもしませんことよ。」

 悪戯っぽく微笑む私にタフタ兄様は急に真剣な眼差しで答えた。

「可愛い妹を一生養うくらいの蓄えはある。
 その時は俺が生涯をかけてお前を幸せにしてやるさ。
 それに俺はお前のコトを……妹以上に想っている。」

「えっ」

 その意味に私は鼓動が早くなった。
 私にとっては優しい兄。
 自分でも、かなりブラコンなコトは認めるが、男性として意識した事はなかった。
 でも思えばタフタ兄様も『シンデレラ プリンセス』では攻略対象の一人。
 入り口は優しくて妹思いの素敵なお兄ちゃん。
 でも可愛くて大切な妹が女性に見えてきちゃった?
 『もう我慢できないっ』 
 その感情を隠さなきゃいけないコトで、その想いの闇は深かった。
 返事に困っていると、慌てて兄様は取り繕った。

「まっ、まぁ、返事は急がなくてもいい。
 俺も男の一人として考えてみてくれ。
 王国求婚舞踏会。
 どの王子も選べない時は、俺を選んでも構わない。」

 そう言うと柄にもなく顔を赤らめてタフタ兄様は部屋を出て行った。
 その姿は愛くるしく、鬼の王宮親衛隊長の姿はもはやなかった。

 大好きな兄からの突然の告白。
 嬉しくないと言えば嘘になった。
 (どうしよう……)
 そんな昨晩の事を思い出しているとドアをノックする音がした。

 コンコン

 返事をするとメイド長のウェルトさんが部屋に入って来た。

「旦那様、イライザ様がお見えになりました。」

「えっ、イライザ?」

 突然の訪問に私は驚いた。
 思えば彼女の訪問はいつも突然にやって来る。
 悪役令嬢イライザ。
 彼女は乙女ゲーム『シンデレラ プリンセス』に出て来る登場人物の一人。
 気が強くプライドが高い孤高の令嬢。

 『知っておきなさいっ、
  私の名前と貴族制度をね。』

 が決めセリフの悪役令嬢だった。
 ブロード王子攻略の際には第一王子を取り合いバトルを繰り広げた仲だ。
 一度は悪事を追求され社交界を抹殺されたが、私と再会し何故か彼女の唇を奪った。
 その後は色々あり、今では男装王子ルプリの婚約者という事になっている。
 (そんな彼女が何の用?)
 私は妙な胸騒ぎがした。
 急いで男装し応接室へ向かう。

「あぁぁ、愛しの君。
 お会いできて幸せですわ。」

 イライザはルプリの姿を見ると駆け寄り、手を重ねた。

「レディ、突然の訪問で驚きました。
 今日はどんな用件で?」

 熱烈な愛の視線に戸惑いながらも手を振り解くとソファーへ座る。

「まぁ、つれないこと。
 婚約者が愛しの君に会いに来るのに理由など必要ですの?
 勿論、今日は結婚の日取りを決めに参りましたのよ。」

 (え~っ、結婚の日取り?)
 明らかに困り顔の私を見てイライザはプッと吹き出した。

「嘘ですわ。
 ルプリ様を少し困らせてみたかっただけ。
 だってあれだけ私の心を弄んだお方ですもの。
 これくらいの意地悪はお許しになってくださいませ。
 だって私、かなり本気でルプリ様を愛していたのですから……。

 初めまして『天音さくら』さん。

 私は記者をしております『杏奈』と申します。
 今はカツラギコーポレーションさんの乙女ゲームのプレイ記事を書いています。
 事情は執事のカツラギさん……いや、葛城CEOから全て聞きました。
 いやぁ、正直、驚いたわ。
 まさか愛しの君が男装王子で、しかも私の大好きなリプルだったなんて……。」

「はぁ、どうも。」

 私は混乱して曖昧な返事をした。
 そんな私とは対照的に杏奈さんは興奮気味に語り出す。

「いや~、興奮したわ。
 本当のコトを言うと、最初はこの仕事あんまり乗り気じゃなかったの。
 七年間付き合っていた彼と別れて、会社を辞めて、貯金も尽きて。
 お金目当てで、この仕事受けたんだけど。
 初めての乙女ゲームでドハマり。
 私っ、王子攻略そっちのけで、ずっとリプルを応援プレイしていたのよ。
 『正統ヒロイン リプル』
 貴女はどこかドジで愛くるしくて……。
 性格は天然で鈍感。
 今までは恋の一つもしたことなかったのに、ある日、突然超モテモテになって。
 そして、しばしば『っあ……』と言っては意味不明な行動に出たわ。
 その姿は子供が初めてのお使いに出る姿を見守る様だった。
 私に娘が居たらきっとこんな気持ちになるのだろうなって。
 ふふっ、まだ結婚もした事ないのにね。
 仕事一筋。
 周りからは怖いチーフと囁かれていた私にこんな母性があるなんてびっくりだわ。
 このまま貴女の幸せをって本気で願っていたのよ。 
 それなのに『隠しヒロイン カルゼ』が突然現れて……正直、頭にきちゃった。
 あの女ったら『全ての王子は私にひれ伏しなさい。』って感じで。
 色香と美貌でガンガン王子達を魅了していった。
 そんなカルゼが私のリプルちゃんの婚約者に手を出した。
 しかもカルゼは亡国のスパイだと言う黒い噂。
 私は取材の手を止めて何とかリプルちゃんを傷つけまいと暗躍したわ。
 私は第一王子の目を覚まさせようとせっせとスパイの証拠を集めていた。
 注意深く選択肢を吟味して少しずつカルゼの謎へ迫って行ったの。
 そしてとうとう彼女の秘密に辿り着こうとした矢先。
 『貴女は何者かに毒殺された。』
 ショックだったわ。
 仇を取りたくて周辺を嗅ぎまわっていたら、ルプリ様に唇を奪われて……。
 後は知っての通りね。」

 そう言って杏奈さんはウインクして見せた。
 それから私達は色んな話をした。
 社会人二年目。
 永遠に続く残業地獄に取り込まれ私はぐうたらに堕ちたコト。
 学生時代の友達と疎遠になる度に私は乙女ゲームの世界へのめり込んで行ったコト。
 私の中で何かが切れて会社を辞めたコト。
 
 きっと同じ経験があるのだろう。
 杏奈さんはウンウンと頷くと頑張ったねと一緒に泣いてくれた。
 それから私は夢で出会った謎のイケメン王子シフォンのコトを全て話した。
 シフォンが実はAIで私がこの世界へ閉じ込められた原因だと聞いたコト。
 ある日、突然に姿が消えて、駆除システムによって消滅してしまったらしいコト。
 求婚舞踏会の深夜十二時までに誰かを選びエンディングを迎えなければ、私は死ぬコト。
 ……そして私は今でもシフォンの事が好きなコト。

「う~ん。
 好きな男と好かれる男。
 女にとってどっちが幸せなのか?
 永遠のテーマね。
 男と別れた私が言える事ではないんだけれど……。
 覚えておいて、男女において
 友情が恋愛に発展する事はあっても
 恋愛から友情に変わることは決してないわ。
 だから誰かを選べば、誰かは消える。
 私の別れた彼は、きっと私の過去を愛していたのね。
 私の未来には興味がなかったの。
 過去・未来・現在。
 求婚して来る王子達は貴女のいつを愛しているのかしら?」

 そんな言葉を残して杏奈さんは屋敷を後にした。

「杏奈さんっ、
 こんなに気兼ねなく本音を話せた相手は初めてです。
 学生時代の友達でもこんなに本音は話せませんでした。」

 そう言って頭を下げる私に杏奈さんは悪役令嬢の顔に戻り意地悪く言った。

「それはきっと友達ではなく知り合いね。
 居なくても困らないのが『知り合い』
 一緒に居て楽しいけれど、代わりが効くのが『友達』
 初対面でも本音で話せるのが『親友』よ。
 私は、さくらさんの『親友』になれたのかしら?
 もう二度と会う事はないでしょうけど。
 いつの日か偶然に出会ったらまた語り合いましょう。
 だって私は貴女の『親友』なのだから。」

 そう言って杏奈さんは私を抱きしめて(頑張って)そう耳元で囁いた。

 そして三日後、運命の王国求婚舞踏会が始まった。
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