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第二章 隠しヒロイン カルゼ

第七話 秘宝 セブデタの指輪

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 第七話 秘宝 セブデタの指輪

 『今度は二人。
  今、壮絶な女の戦いが始まる。』

 品のある茶葉の香りを嗅ぎながらその言葉が離れなかった。
 柔らかな光がキラキラと差し込む庭園のテラスで私は愛人カルゼと対峙していた。
 先週の夜会。悪役令嬢イライザのお陰て私に毒を盛った犯人を捕まえる事が出来た。
 だけどいくらタフタ兄様達が問いただしても誰に命令されたのか口を割らなかった。
 その後の調べでブロード第一王子の愛人カルゼが容疑に浮かんだ。
 だが二人を結びつける証拠はどんなに探しても出て来なかった。
 結局、犯人の身柄は鬼畜眼鏡パイル宰相が預かる事になった。
 鬼畜眼鏡が言うにはこれ以上の証拠は出て来ないだろうと言う事だった。
 そして盛られた毒の成分を徹底的に調べたが結局解毒剤は見つからなかった。
 分かった事はその毒は亡国独特の毒だと言う事。
 というより私が眠りについたのは毒が原因ではなかった事が分かった。
 毒とは違うもっと呪術的な要素が原因で眠り続けているらしい。
 (まぁ、シフォンのキスで一時的だけど目覚めた時からそんな気はしていたけど。)
 それが分かった時のみんなの落胆の顔は忘れられない。
 でも私自身はそんなに落胆はしていなかった。
 ガッカリというよりは、まぁそんなもんだよねって感じだ。
 そんな時にそれをあざ笑うかのように愛人カルゼからお茶会の招待状が届いた。
 (私を殺した犯人は愛人カルゼに違いない。)
 そう思った私は少しでも手掛かりを掴めればとお茶会へ参加した。
 お茶会はブロード第一王子の別荘にて行われた。
 屋敷に到着し庭園へ通された時は少し驚いた。
 テラスにテーブルと椅子が二つ。
 右側には手を振り微笑む愛人カルゼが座っていた。
 (えっ、二人きり?)
 てっきり相手の出方の偵察程度、複数人での和気あいあいとしたお茶会だと思っていた。
 その挑戦的とも思えるシチュエーションに彼女の不気味な自信が窺えた。
 私はおずおずと出された紅茶を飲みながら昨晩のシフォンの言葉を思い出す。
 この所シフォンは例の謎の神殿で怪しい石碑解読に明け暮れていた。

 『乙女ゲーム完全攻略読本。
  乙女ゲーム初のオンライン対応ゲーム。
  シンデレラ プリンセス
  隠しヒロイン カルゼ ルート特集。』

 という奴だ。
 その解読の中で色々な事が分かった。
 それはまるで予言書の様にカルゼという女性が突然に現れる事。
 そして前ヒロインと壮絶な略奪愛を繰り広げる事が示唆されていた。
 その中の気になる一文に
『今度は二人。
 今、壮絶な女の戦いが始まる。』
 という内容があった。

 果たしてそれが何を意味しているのか?
 私が婚約寸前でブロード第一王子を愛人カルゼに奪われ殺された事なのか?
 それともこれから起こる未来の出来事を予言しているのか?
 よく分からないまま私は今ここに居た。
 今の私は殺されたリプル嬢ではなく、男装したルプリ伯爵である。
 それに彼女が私を招待した事は皆に知れ渡っている。
 だから流石にここで毒を盛る事がないだろう。
 (多分、大丈夫だよね)
 内心冷や汗をかきながら何気ない振りをして紅茶を飲んでいた。
 (何とか愛人カルゼの秘密を暴いてやる。)
 そう意気込んで乗り込んで来た。
 執事のカツラギ様からは

「いいですか旦那様。
 このお茶会で必ず愛人カルゼを魅了して来てください。」

 と何度も念を押されていた。
 (もぉぉぉ、カツラギ様ったら簡単に言ってくれるよ。)
 どう口説き落とそうかと思案しているとカルゼが話しかけて来た。

「今日は来ていただいてありがとうございます。
 この庭園は人払いをしてあります。
 だから存分に私を味わって下さいませ。」

 そう猫なで声で微笑むと強調された胸をゆすって手を重ねる。
 その全身からは色と欲が溢れかえっている。
 『悪女カルゼ』そう呼ぶに相応しい魔性さは大抵の男性なら即落ちだろう。
 だが残念ながらそんなハニートラップは私には通用しない。
 だって私は女なのだから……。
 私は冷静に重ねられた手を包み込むように両手で握ると瞳を見つめた。

「貴女を味わう?
 今日は同じ異国の者同士。
 故郷の話をするのではなかったのですか。
 それに貴女にはブロード第一王子がいるでしょう。
 悪い女だ。
 そんな悪女には躾が必要だな。」

 そう言うといきなりカルゼの首元を掴んで引き寄せる。

「俺に何をして欲しいんだい?」

「……っ」

 すると柄にもなくカルゼは狼狽えたように突然、手を放した。
 彼女の必殺の魅了に今までそんな反応をした男はいなかったのだろう。
 まるで田舎娘の様に赤面し狼狽えている。
 だがそれも一瞬。キッと唇を一度噛むといつものカルゼに戻っていた。

「ふふっ、なるほど分かりましたわ。
 貴方が二人目なのですのね。
 だったらまどろっこしいマネはもう止めですわ。」

 (二人目? 何の事?)
 私は内心焦りながらも動揺がバレないように不適に頷いて見せた。
 その頷きに確信したのかカルゼは突然切り出した。

「ルプリ伯爵。
 取引をしましょう。
 貴方もそのつもりで来たのでしょう?
 貴方の望みは何ですか?」

 (……っ、私の望み?)
 突然のカルゼの申し出に驚いた。
 というより完全にカルゼの雰囲気が変わっていた。
 何事にも興味がなく、いつも気怠そうな雰囲気の愛人カルゼ。
 それが今はまるでどこかの国の暗殺者のような眼光の鋭さを宿している。
 (一体カルゼとは何者なのだろうか?)

「カルゼっ、君の狙いはなんだ。
 ブロード第一王子の后になる事なのか。」

 私がそう言うと突然に高笑いを始めた。

「あははっ、まさか。
 こんなやがて滅亡する国の后などに興味はありませんわ。
 貴方も忘れたわけではありませんわよね。
 ルプリ伯爵。
 私達の国が誰に滅ぼされたのか。
 私の希望はただ一つ。
 この国を滅ぼすコトだけですわ。」

 (この国を滅ぼす?)
 私はカルゼのあまりの言葉に絶句した。
 今までずっと私は流浪の民が自分の美貌を武器に王子に取り入っている。
 そして王族、あわよくば后になる下剋上を企んでいると思っていた。
 それがブロード王子に近づいた目的が第一王子を魅了して国を滅ぼす事だったなんて。
 彼女の言葉尻からはこの国への強い恨みが感じられた。
 それはもうブロード第一王子に取り入る為なら婚約者等の障害は全て抹殺する程に。
 (もし私がリプルだとバレたらきっと即殺される。)
 私はそう感じていた。
 だから絶対にバレる訳にはいかなかった。
 幸いカルゼは私を同じ国の人間だと勘違いしている。
 何としても私がカルゼの策略を止めなければ。
 (カツラギ様っ、私には荷が重すぎますよ。)
 そう心で嘆きながらもカツラギ様のレッスンを思い出す。

「いいですか。相手に自分の意見を通したいのなら必ず二者択一で訊ねて下さい。
 これはダブルバインドという技術の基本ですから必ず身につけるように。」

 私は過去のカツラギ様へ頷きカルゼへ話しかけた。

「俺の望みはリプル嬢を殺した犯人を知る
 又は貴女がブロード王子から手を引く事だ。」

「リプルを殺した犯人?
 それを聞いてどうなさるの?
 彼女はもう死んでいるのでしょう?
 それに貴方が二人目なら訊くまでもないじゃない。
 私達は『あの方』の導きで動いているのだから。
 まあいいわ。
 取引しましょう。
 私の要求を呑んでくれたら考えてあげる。」

 (二人目?
  あの方?
  さっきから何を言っている。)
 私は妙な違和感を感じながらも交渉を続けた。

「それで君の要求とは?」

「またとぼけて意地悪な人。
 決まってるじゃないっ、指輪よっ、指輪。
 貴方も狙っているんでしょ?
 『秘宝 セブデタの指輪』
 私はブロード第一王子が持っていると聞いて近づいたんだけど
 リプルへ婚約の印に渡された後だったわ。
 その後、彼女が行方不明のまま死んでしまって指輪も消失。
 それは貴方も知っているわよね。
 だから貴方はその兄をわざわざ自分の警備として雇っているんでしょ?
 セブデタの指輪を探す為に。
 でもあのフライス第二王子に取り入るなんて上手くやったわね。
 で……、もう指輪は手に入れているの?」

 (指輪?)
 そう言われて思い出した。
 以前シンデレラプリンセスをプレイ中にブロード王子から指輪を貰った事がある。
 確か初めて男装した時に外したからきっとキサラギ様の屋敷にある筈だった。
 
「どうしてセブデタの指輪を手に入れたいんだ?」

 そう訊ねる私にカルゼは眉をひそめる。

「変なコトを聞くのね。
 貴方も『あの方』に聞いているんでしょ?
 勿論この国を破滅させる為よ。
 私達の祖国の恨み忘れた訳じゃないわよね?」

 カルゼの言葉はよく分からないが、ここはボロが出る前に話を合わせた方が良さそうだ。

「ああ、指輪は俺が手に入れた。
 だが簡単には渡せないな。
 カルゼもあの指輪の価値が分かっているだろう。」

「確かにブロード王子から手を引く程度では釣り合わないわね。
 じゃあ、何が望みなの?
 私の持っている物なら何でも差し出すわよ。」

 カルゼの思いもかけない返答にセブデタの指輪の重要性を感じた。
 (ここは吹っ掛けてみるか。)

「じゃあ、お前の持っている情報を全て貰おうか。
 全てに計画と情報を俺に差し出して、今後は俺の指示に従ってもらおう。」

「手柄を独り占めするつもりっ?」

 カルゼはヒステリックにテーブルを叩いた。
 (やばっ、吹っ掛け過ぎた?)
 狼狽える私を尻目にカルゼは唇をかみしめると腕輪を差し出した。

「いいわっ、
 それでこの国へ復讐が出来るのなら。
 この腕輪に今まで私が調べた全ての情報が入っているわ。
 これと貴方が手に入れたセブデタの指輪と交換よ。」

 (国を滅ぼす事が出来る秘宝の指輪と同等の情報。
  一体あの腕輪にはどんな秘密が入っているのだろう?)
 そう思い悩んでいると遠くから声が聞こえた。

「そこまでだっ、カルゼっ」

 振り向くといつの間にかブロード第一王子が立っている。
 それを見たカルゼは動揺を隠すように妖艶な笑みを浮かべる。

「あら、ブロード様そんなに怖い顔をされてどうなされたの?
 きっとやきもちを焼いていらっしゃるのね。
 別に私はルプリ伯爵と故郷の話をしていただけですのよ。
 でもブロード様にやきもちを焼かれてカルゼは嬉しいですわ。」

 そう言って猫なで声で擦り寄るカルゼの腕をプロードはねじ上げた。

「いっ、痛いっ。
 何をっ。」

 驚くカルゼを尻目にプロード王子が声を上げる。
 すると一斉に警備隊が現れて周りを取り囲んだ。

「タフタ兄様っ」

 タフタ兄様の顔が見えて思わず私は声をかけた。
 タフタは黙って頷くと抜刀し慎重にカルゼを睨みつけている。

「うわっ。」

 見るとカルゼはブロード王子を投げ飛ばし包囲網を突破し逃げようとしていた。
 
「おっ、お前はっ」

 目の前に立ち塞がる人影にカルゼが驚く。
 見るとそこには宰相の鬼畜眼鏡パイルとフライス第二王子が立っていた。
 パイル宰相はカルゼから無理やり腕輪を取り上げる。

「こんな所に隠していたのか?」

「クソッ、返せっ」

 暴れるカルゼをタフタ兄様が組み従える。
 相手は王国一の親衛隊長。
 流石のカルゼもブロード王子の様には行かなかった。
 観念したのかブロード王子を睨みつけている。

「カルゼ。
 王国反逆罪、及びスパイ容疑で君を逮捕する。」

 その言葉にカルゼは驚く。
 何故ならこの第一王子は完全に自分の色香に落ちた腑抜け王子だと思っていたからだ。

「まさかっ、私がスパイだと気づいていたのか?」

 そう問うカルゼにブロード王子は寂しそうに頷いた。

「そんな筈はないっ、お前は私の魅力にメロメロだった筈だ。
 いっ、いつからだっ、いつから私がスパイだと気がついた。」

 その問いにフライス第二王子が横から答えた。

「ば~かっ、最初からだよ。
 色ボケ女っ」
 
「最初からだとっ?」

 その言葉にはタフタ兄様も驚いているようだった。
 (どうゆう事? 何が起こっているの?)
 私は訳が分からなかった。
 その視線を感じたようにフライス王子は私を見つめると小さく頷いた。

「教えてやるよカルゼ。
 お前はその色香でブロード王子をいい様に躍らせたつもりだろうが
 踊らされていたのはお前なんだよ。
 目の前の男は本物のブロード第一王子ではない。
 ただの影武者だ。」

「なっ、偽者だと。
 ばかなっ、そんな筈は……
 私は確かに城のパーティーで身元を確認してから近づいた筈だ。」

 カルゼが信じられないと言う顔で反論する。

「だからその王国主催のパーティー事態が偽物なんだよ。
 大体、変だと思わなかったのか?
 そのパーティー会場には剣を携えたそこのタフタ親衛隊長が居たはずだぜ。
 どうして武器持ち込みが禁止されているパーティー会場に居るんだろうな。」
 (あっ)
 その言葉を聞いて私はハッとした。
 それはきっと私がブロード王子と出会ったパーティーだった。
 あの日、私は兄の忘れ物を届けに王宮へ行くと偶然出会った男性に案内された。
 案内された先は兄が警護中のお城のパーティー。
 会場内でタフタ兄様を探してキョロキョロしている所をブロード王子に声をかけられた。
 それがブロード王子との恋の始まりだった。
 その時は変だと思わなかったが、夜会経験を重ねた今なら分かる。

 『パーティー会場内に剣を携えた者が居る事など決して有り得ない。』

「俺達は事前に亡国のスパイがクラウド王国へ潜入した事。
 そして第一王子にハニートラップを仕掛けるとの情報を持っていた。
 だから偽の王子とパーティーを用意して罠を張ったのさ。
 それにまんまとお前は引っかかった。
 ……まぁ、最初は手違いで別の女性へ声をかけてしまったが。」

 そう言うとフライス王子はチラッと私を見た。
 (えっ、私のコト?
  だから平民なのにあっさりと会場内に入る事が出来て王子に声をかけられた?
  そうとは知らずに私は勝手に舞い上がってたんだ。)
 そう思うと周りから生温い視線が注がれているような気がした。
 私は何だが恥ずかしさでいっぱいになった。

「俺達は計画通りにスパイの割り出しに成功したが
 その目的や他に仲間がいるのかまでは分からなかった。
 だから偽のブロード王子はお前に溺れた振りをして見張っていたんだよ。
 だがまさかお前がリプル嬢を毒殺するとは思わなかった。
 それだけは悔やんでも悔やみきれない点だ。
 だが、お前の計画が記録された腕輪は押さえた。
 これから全てを告白して貰うからな。」

 その言葉を聞くとカルゼは私に向けて必死に叫んだ。

「ルプリ伯爵っ、逃げろ。
 お前と指輪さえあれば、まだ私達は復讐を続けられる。」

 その言葉にフライス王子が笑い出す。

「クッ、クッ、ク。
 お前まだ気がつかないのか?
 お前が助けを求めているルプリ伯爵こそが
 お前が毒殺しようとしたリプル嬢なんだよ。」

「なっ、何だと
 ばかなっ、リプルは死んだ筈。
 ルプリ伯爵は二人目ではないのか?」

 そのあまりの落胆ぶりに私は申し訳なくなり思わず頭を下げた。

「おいおいっ、そんなに落ち込むなよ。
 じゃあ、王国を弄んだお前を更に落ち込ませてやろう。
 お前が追い求めていた本物の第一王子な。
 実はもう何度もお前は会っている。」

「なっ、なんだと。」

 その時、勝ち誇るフライス王子の頭をパイル宰相が叩いた。

「お前は調子に乗って喋り過ぎだ。
 カルゼ。
 君を王国反逆罪、及びスパイ容疑で君を逮捕する。
 連れて行けっ。」

 そう言うと悔しがるカルゼを連れて行った。
 カルゼは呪いの言葉を吐きながらも観念した様だった。
 初めて招待されたお茶会はとんだモノになってしまった。
 後に残されたのは倒れた椅子と冷めた紅茶だけだった。


 (どうしてこうなった?)
 数日後、私は王様の前に居た。
 何故か男装姿のルプリ伯爵として。
 王は年老いていたがその風格は神々しく先程から私を称賛し続けていた。
 
「……であるからこの度のルプリ伯爵の功績は著しい。
 よって公爵の地位と共に王国特命公爵の任を与える。
 ルプリ公爵の言は王の言である。
 これからは不穏な勢力を一掃し王国の為に尽くしていただきたい。」

 (えっ、私が特命公爵?
  しかもルプリって?)

「あの~、王様。
 お聞きになっているかと思いますが
 私はルプリ伯爵ではなく、タフタ親衛隊長の妹のリプルなんですが……。」

 私は我慢が出来なくなって恐る恐る王様へ訊ねた。

「ああ、知っとるよ。
 悪いが我が王国の長老達は頭が固くてな。
 平民出身の女性が特命公爵だと反発が多いのじゃ。
 それこそまた暗殺されるかもしれんのう。」

 そう言うと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
 (えぇぇぇ、私また暗殺されちゃうの?)
 それは困るという顔をすると、カッカッカと王様は笑った。

「そんなに心配せんでもよい。
 ただ儂は三番目の息子を暗殺で亡くしてな。
 それ以来、心配性が抜けないのじゃよ。」

 (三番目の息子を亡くした?
  第三王子って確かパイル宰相だった筈だけど……)

「あの、王様。
 第三王子のパイル宰相なら御健在だと思いますが。」

 不思議そうな顔でそう訊ねると隣にいたフライス王子が笑った。

「リプル嬢。
 誰も顔を見た事がない第三王子パイルこそが
 本物の第一王子 アグスティン フェル ブロードなんだよ。」

 (えぇぇぇ、あの感じの悪い鬼畜眼鏡が第一王子?)

 驚く私に王様は唇に指を当てる。

「この真実はパイルが王座を継ぐまで王族だけの秘密じゃよ。
 他言は無用じゃ。
 何せ第一王子を暗殺しようとする輩が多過ぎるからの。
 そんな前例もあってな。
 リプル嬢もルプリ公爵として扱う事にしたんじゃよ。
 不自由もあるが利点も多い。
 どうじゃ、これからは男装王子として力を貸してくれんかの。」

 一国の王に頭を下げられては断る訳には行かなかった。
 仕方がなく渋々了承し私は屋敷に帰った。

 
 屋敷に帰ると大騒ぎになっていた。
 入口の扉を開けるとメイド達が列をなして一斉に祝福の言葉を投げかける。

「お帰りなさいませっ、旦那様。」
「お帰りなさいませっ、旦那様。」
「お帰りなさいませっ、旦那様。」
「お帰りなさいませっ、旦那様。」

「えっ、皆どうしたの?」

 驚く私にウェルトメイド長が進み出る。

「旦那様っ、この度は公爵への昇進。
 また王国特命公爵の就任おめでとうございます。
 祝福を述べにタフタ隊長、ニット様、イライザ様など皆様が先程からお待ちです。
 王国中の美味しい料理と甘いスイーツを御用意しております。
 さあ、早く中へおいでませ。」

 メイドのリノが興奮気味に用意したスイーツの説明を道すがら始める。
 私は皆に手を引かれながら部屋に入るとフライス王子やパイル宰相まで集まっていた。
 執事のカツラギ様がグラスを持って来て私に一言挨拶をするように促した。
 (何だが照れるな)
 そんな事を思いながらおずおずと壇上へ上がる。 

「え~、成り行きで王国特命公爵になっちゃいました。
 何だが分かりませんが頑張ります。
 乾杯っ」

「乾杯っ」
「乾杯っ」
「乾杯っ」
「乾杯っ」

 圧倒的なホーム感。
 沢山の愛情に包まれながら私は幸せな気持ちでいっぱいになった。
 皆がキャッキャッと騒ぐ中で気がつくと隣にパイル宰相が立っていた。
 (出たっ、鬼畜眼鏡)
 
「今日はありがとうございます。
 パイル宰相が第一王子アグスティン フェル ブロード様だったんですね。」

 そう言うとパイルはバツが悪そうに眼鏡をずり上げた。

「俺以外誰の目にも触れさせない。」

 わぁぁぁ
 わぁぁぁ
 わぁぁぁ

 その瞬間歓声が上がった。 

「えっ、今何か言いました。」

「別に何も言ってなどいない。
 それよりこれからが大変だぞルプリ公爵。
 王国特命公爵だからと言って特別扱いをするつもりはない。
 王国に害だと思えば容赦なくお前を切り捨てるからな。」

 (うわぁぁ、お祝いの席でそれ言う?
  ホントこの人、感じ悪いわ。)
 そう思いながらも私は同じ顔のシフォンのコトを思い出していた。
 それにしても愛人カルゼが私に言った『二人目』という言葉が気になった。
 (あれは王国に潜入したスパイはもう一人居るという事だろうか?)

「あっ、そう言えば指輪。
 パイル宰相。
 ブロード王子からいただいたセブデタの指輪ですがお返しいたします。」

 そう言って指輪を手渡す手をパイルは押し戻した。

「あぁぁ、必要ない。」

「でも秘宝なんですよね?」

「皆にはあれはカルゼを騙す為の偽物だと言ってある。」

「偽物だと言ってある?」
 (つまりそれって本物ってコト?)

 戸惑っていると私の言葉を遮るように小声で言った。

「いいんだ。
 これは君に持っていて欲しいんだ。」

 そう言うとパイル宰相は指輪をそっと私の左手の薬指へハメた。

「えっ、パイル宰相?」

 驚く私の顔も見ずに彼は部屋を出て行った。

 わぁぁぁ
 わぁぁぁ
 わぁぁぁ

 その瞬間再び歓声が上がり私は皆の輪の中に引っ張られた。 
 香ばしい肉の香りと甘いケーキの香りが渦巻く部屋。
 祝福で揉みくちゃにされながら幸せな宴は夜まで続いた。

 夢の世界でシフォンが失踪したと気がついたのはその数日後の事だった。
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