生前はライバル令嬢の中の人でしたが、乙女ゲームは詳しくない。

観劇デート②

　舞台の物語が大団円でエンディングを迎えると、幕が閉じられた。
　そして観客からの拍手と共に再び幕が開くと、舞台の出演者達一同が揃ってお辞儀をする。
　わたし達は改めて、惜しみ無い拍手を贈った。

「主役の女優であるアンは文字が読めないようですが、頭がとても良くて、記憶力も抜群なんだそうです。台本を読み聞かせられると、驚異のスピードで台詞を覚えると言われています。本当に凄いですよねっ！」
「確かに文字が読めないのに、あれだけの台詞量を覚えられるなんて凄いね」

　熱く語ってしまったわたしの話を聞いて、フレデリック殿下も感心したようで、興味深げに頷いた。
　わたしはフレデリック殿下に、アンの凄さが伝わったのが嬉しくてつい食い入るように彼の様子を見つめた。

「舞台は素晴らしくとても有意義な時間を過ごせたけれど、それ以上に僕はセレスティアの好きな物を共有出来たことがとても嬉しく思うよ」

　清廉で純粋な眼差しと言葉が向けられる。恥ずかしくてつい、わたしはそのサファイアの瞳から逸らして、舞台の役者達に手を振った。

　彼らを舞台を見て改めて思う。今日の観劇は、今後の身の振り方について悩んでいたわたしに、一つの方向性を示してくれたと──。

　もし叶うなら舞台女優なんて未来も楽しいかも知れない、何て思ってしまった。

　貴族の娘が姿を消して舞台女優なんて、現実的ではないかもしれないけれど。
　生前の記憶を持つわたしからすると、王太子妃よりも遥かに想像しやすい現実でもある。

　それか、舞台などの芸術に関わる事業とかも良いかもしれない。

　事業といえば、この国ではゴシックロリータ寄りのわたしのファッションが新鮮に見えるようだ。広告塔になりながら、ゴスロリテイストの仕立て屋をプロデュースなんてのも夢がある。

　前世の知識を活かすなら、下町でメイド喫茶のような、コンセプトカフェなんてのは斬新すぎるだろうか。メイドは難しくても、何かコンセプトのあるカフェや、お店とか。

　わたしという一人のオタクの存在によって、このエリュシオンという国に、日本のオタク文化が浸透していったら……。
　それはそれで楽しいかも、などと考え始め、妄想が肥大化していく。

　子供のわたしには、未来が無限に広がっている。
　懐かしい前世の記憶と共に、今後の未来についてワクワクしながら私は妄想を膨らませた。ふいにフレデリック様の声が落ちてくる。

「僕は……いつかセレスティアが何処か遠くに行ってしまうのではないかと、少し心配になってしまう時があるんだ」

　確信を突かれたような一言に、ドキリと胸が高鳴り、途端に現実に引き戻される。

　──びっくりした……。

　フレデリックというキャラクターは、勘が鋭いとかそのような設定があったかしら？ぐるぐると思考を巡らせながら、心配を掛けないように、平静を装って笑みを向けた。

「何処かにとは？そのような事、考えた事もございません」
「そうだよね……」

　彼もわたし同様生きているのだから、設定などに囚われてはいけない。沢山の物事を考えている、思慮深い一人の人間なのだ。

　ならば、もしヒロインが現れても変わらず、誠実な彼のままでいてくれるのではないか？
　そう思う反面、やはり信じすぎてはいけないと警鐘がなる。

　今の彼がわたしに向ける気持ちが嘘偽りがなかったとしても、いつか人の心は変わってしまうかもしれない。

　生前は配偶者どころか、異性と付き合ったことすらない自分は、やはり恋愛に自信がない。もしフレデリック殿下がこの先で心変わりしてしまったら……それは強制力ではなく、わたし自信に問題がある可能性が高い。

　生前の人生では、高校生時代はバイトをしながら資金を貯めて、声優の養成所にも通った。養成所ではクラスで一番最初に仕事を貰えた。親からは大学へ行くことを条件に、上京して声優を目指す事を許して貰った。
　大学在学中にアニメやゲームの仕事をこなしていって、事務所に所属するに至る。

　自分で道を切り開いて生きていた自分からすると、誰かに人生を委ねるというのが単純に怖いのだろう。