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HO2.女教皇の弟(5話)
1.姉の離婚
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※家事分担などでトラブルの末離婚した夫婦の話が出てきます。同じケースで心身に苦痛が生じる方は閲覧をお控えください。
姉が離婚して実家に帰ってきた。
結婚したときは幸せそうだった姉は、和也と顔を合わせた時には感情を失ったように薄まった表情をしていて、
「ごめんね、帰ってきちゃった」
そんなことを申し訳なさそうに言う。
「気にすんなよ。姉ちゃんの家なんだからさ」
和也は努めて明るく応じた。
姉は大学を出てから、専攻した分野の就職先で知り合った元夫と恋愛結婚をした。専門的な話もできて嬉しそうだった。現在大学生の和也は、姉とは全く違う学部に入学しているので、今でも姉の専門の話がわからない。
それなのに、どうして離婚してしまったんだろう。母がよく、姉と電話をしていたのは知っていたが、のろけ話なのだと思っていた。母は、和也に心配させまいとして、姉の困りごとについては一切彼に告げなかった。
同じ仕事をしているのに、家事の負担が姉にすべてのしかかっていること。同じくらい残業しても家事は姉がほとんどやっていたこと。話し合っても取り合ってもらえなかったこと。その結果心身に不調を来したこと。そのタイミングで当時の夫から子供の話が出たこと。離婚の決定打はそれだった。
お姉ちゃん帰ってくるから。母から告げられて、最初は単純に一人で気分転換に遊びに来るだけだと思っていた和也だったが、母の陰鬱な表情、姉の部屋を片付け始めた姿に困惑して詳細を問うと、そういう経緯を説明された。現在、仕事は休職しているらしいが、夫が同じ職場にいるので退職を検討しているとのことだ。
頭を殴られた様なショックを受けた。遅くまで大学に残っていて研究していた姉。卒業論文に真剣に取り組んでいた姉。
その姉の仕事への熱意が、よりによって同じ道を志した結婚相手によって潰されてしまったことに、和也は非常な衝撃を受けた。
姉は、元々使っていた自分の部屋に閉じこもるようにして生活していた。和也は大学の講義があるので姉が普段何をしているのかはわからないが、通院が必要であるらしく、時折母に付き添われて外出していた。
そこまでならまだ良い。いや、姉が患っているのは良いことでは決してないのだが、まだ家族が手を貸して頑張ろうと言う気になれる。少なくとも和也はそう思った。
問題は、離婚届まで出した元夫が、離婚に納得せずにしつこく姉へコンタクトを取ろうとしてくることである。
『彼女は何か勘違いしてるんですよ。家事だってずっとやってきたじゃないですか。それを突然嫌だなんて。僕とちゃんと話し合えば解ってくれるはずです。耀子は僕といるべきなんだ。そうでなくちゃいけない。彼女と話をさせてください』
と両親にそれぞれ連絡してくる。両親は、表向きは「もう耀子はあなたとは関わりたくないと言っています。こちらもお話しするつもりはありませんのでこれで失礼します」と言って電話を切るが、切った後は二人とも鬼の形相だ。
「何が勘違いだ! 耀子の話も聞かなかったくせに!」
母の方は、愚痴を聞いていながらももっと早く介入できたらと悔やんでいて涙さえ流している。和也は動揺した。家族の穏やかな時間にヒビが入り、その中に毒液が流し込まれているような、そんな恐怖と苦しさを感じている。
悪いことに、元夫は和也にもメッセージ経由で姉への接触を要求した。
『和也くんならわかってくれるよな? 耀子に言ってくれないか。僕といるのが彼女のためなんだって』
『申し訳ないんですが、俺は姉の意思を尊重します。ごめんなさい。もう連絡しないでください』
両親に相談して同じ対応をしているが、かつての義兄からの連絡は止まらない。いっそブロックも考えたが、それで逆上されても困る。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。和也は自分の中で憤りが育つのを感じていた。
どんなに家族が大変なことになっていても、大学はお構いなしで授業を行うし、レポート課題も出る。教授たちは、まるで学生が自分の講義しか履修していないかのように振る舞うので、課題が重なると学生は大変だ。
この日、翌日の講義が午後からであるのを良いことに、遅くまでレポートを書いていた和也は、レポートを書き上げてからベッドに潜り込んだ。姉のこと……正確には、元義兄のことで気疲れしていないと言えば嘘になるが、それを表に出してしまうと、今度は姉が罪悪感で悩み出すので、極力態度には出さないようにしている。
(姉ちゃん、確かに優しかったけど、俺たちが気にすんなって言ったら「お言葉に甘えて」って言ってくれるタイプだったのにな……)
単純に、悲しかった。
そんなことを考えて、目尻に染み出す涙を拭っていると、突然雷に打たれたように頭の中に何かのイメージが飛び込んできた。
「……!」
驚き過ぎて、声も出ない。
『あなたに使命を与えます』
明確な言語かどうか判断はできないが、意味のイメージだけが脳内に広がっていく。
「なん…………」
『あなたに使命を与えます』
繰り返された。
『あなたが知っている困っていることを、どんな手段でも良いから解決するのです。それは、関わっている人に対する救済です』
「救済……………」
『どんな手段でも構いません。解決することに意義があるのですから。きっと、人類は後からそれが解決して良かったと言うでしょう。あなたは救世主になるのです』
「救う……」
彼がその言葉で真っ先に思いついたのが姉だったことは、別に不思議でもなんでもないだろう。
その時、和也の中で強烈な確信が生まれた。
かつて姉と婚姻関係を結んでいた、あの薄汚い性根のクソ野郎。
あいつをなんとしてでも破滅させないといけない。
「わかりました」
和也は答えた。
「やります。姉を救います」
声に出して答えると、その使命感は、まるでずっと和也の心に寄り添っていたかのようにすっと染み込んでいった。
翌朝、目が覚めても、和也の使命感が消えることはなかった。
あの野郎、目に物見せてやる。
姉と元夫が生活していたマンションは、まだ彼の方が住んでいるらしかった。一人には広いだろうから、早く決着を付けないと引っ越してしまう。
和也はリュックを持って自宅を出た。
姉が離婚して実家に帰ってきた。
結婚したときは幸せそうだった姉は、和也と顔を合わせた時には感情を失ったように薄まった表情をしていて、
「ごめんね、帰ってきちゃった」
そんなことを申し訳なさそうに言う。
「気にすんなよ。姉ちゃんの家なんだからさ」
和也は努めて明るく応じた。
姉は大学を出てから、専攻した分野の就職先で知り合った元夫と恋愛結婚をした。専門的な話もできて嬉しそうだった。現在大学生の和也は、姉とは全く違う学部に入学しているので、今でも姉の専門の話がわからない。
それなのに、どうして離婚してしまったんだろう。母がよく、姉と電話をしていたのは知っていたが、のろけ話なのだと思っていた。母は、和也に心配させまいとして、姉の困りごとについては一切彼に告げなかった。
同じ仕事をしているのに、家事の負担が姉にすべてのしかかっていること。同じくらい残業しても家事は姉がほとんどやっていたこと。話し合っても取り合ってもらえなかったこと。その結果心身に不調を来したこと。そのタイミングで当時の夫から子供の話が出たこと。離婚の決定打はそれだった。
お姉ちゃん帰ってくるから。母から告げられて、最初は単純に一人で気分転換に遊びに来るだけだと思っていた和也だったが、母の陰鬱な表情、姉の部屋を片付け始めた姿に困惑して詳細を問うと、そういう経緯を説明された。現在、仕事は休職しているらしいが、夫が同じ職場にいるので退職を検討しているとのことだ。
頭を殴られた様なショックを受けた。遅くまで大学に残っていて研究していた姉。卒業論文に真剣に取り組んでいた姉。
その姉の仕事への熱意が、よりによって同じ道を志した結婚相手によって潰されてしまったことに、和也は非常な衝撃を受けた。
姉は、元々使っていた自分の部屋に閉じこもるようにして生活していた。和也は大学の講義があるので姉が普段何をしているのかはわからないが、通院が必要であるらしく、時折母に付き添われて外出していた。
そこまでならまだ良い。いや、姉が患っているのは良いことでは決してないのだが、まだ家族が手を貸して頑張ろうと言う気になれる。少なくとも和也はそう思った。
問題は、離婚届まで出した元夫が、離婚に納得せずにしつこく姉へコンタクトを取ろうとしてくることである。
『彼女は何か勘違いしてるんですよ。家事だってずっとやってきたじゃないですか。それを突然嫌だなんて。僕とちゃんと話し合えば解ってくれるはずです。耀子は僕といるべきなんだ。そうでなくちゃいけない。彼女と話をさせてください』
と両親にそれぞれ連絡してくる。両親は、表向きは「もう耀子はあなたとは関わりたくないと言っています。こちらもお話しするつもりはありませんのでこれで失礼します」と言って電話を切るが、切った後は二人とも鬼の形相だ。
「何が勘違いだ! 耀子の話も聞かなかったくせに!」
母の方は、愚痴を聞いていながらももっと早く介入できたらと悔やんでいて涙さえ流している。和也は動揺した。家族の穏やかな時間にヒビが入り、その中に毒液が流し込まれているような、そんな恐怖と苦しさを感じている。
悪いことに、元夫は和也にもメッセージ経由で姉への接触を要求した。
『和也くんならわかってくれるよな? 耀子に言ってくれないか。僕といるのが彼女のためなんだって』
『申し訳ないんですが、俺は姉の意思を尊重します。ごめんなさい。もう連絡しないでください』
両親に相談して同じ対応をしているが、かつての義兄からの連絡は止まらない。いっそブロックも考えたが、それで逆上されても困る。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。和也は自分の中で憤りが育つのを感じていた。
どんなに家族が大変なことになっていても、大学はお構いなしで授業を行うし、レポート課題も出る。教授たちは、まるで学生が自分の講義しか履修していないかのように振る舞うので、課題が重なると学生は大変だ。
この日、翌日の講義が午後からであるのを良いことに、遅くまでレポートを書いていた和也は、レポートを書き上げてからベッドに潜り込んだ。姉のこと……正確には、元義兄のことで気疲れしていないと言えば嘘になるが、それを表に出してしまうと、今度は姉が罪悪感で悩み出すので、極力態度には出さないようにしている。
(姉ちゃん、確かに優しかったけど、俺たちが気にすんなって言ったら「お言葉に甘えて」って言ってくれるタイプだったのにな……)
単純に、悲しかった。
そんなことを考えて、目尻に染み出す涙を拭っていると、突然雷に打たれたように頭の中に何かのイメージが飛び込んできた。
「……!」
驚き過ぎて、声も出ない。
『あなたに使命を与えます』
明確な言語かどうか判断はできないが、意味のイメージだけが脳内に広がっていく。
「なん…………」
『あなたに使命を与えます』
繰り返された。
『あなたが知っている困っていることを、どんな手段でも良いから解決するのです。それは、関わっている人に対する救済です』
「救済……………」
『どんな手段でも構いません。解決することに意義があるのですから。きっと、人類は後からそれが解決して良かったと言うでしょう。あなたは救世主になるのです』
「救う……」
彼がその言葉で真っ先に思いついたのが姉だったことは、別に不思議でもなんでもないだろう。
その時、和也の中で強烈な確信が生まれた。
かつて姉と婚姻関係を結んでいた、あの薄汚い性根のクソ野郎。
あいつをなんとしてでも破滅させないといけない。
「わかりました」
和也は答えた。
「やります。姉を救います」
声に出して答えると、その使命感は、まるでずっと和也の心に寄り添っていたかのようにすっと染み込んでいった。
翌朝、目が覚めても、和也の使命感が消えることはなかった。
あの野郎、目に物見せてやる。
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