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根殺しの福音
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「あーあ、もうこいつ駄目だよ。置いて行こう」
「種がこんな深く植わってんじゃなぁ」
仲間たちの声が聞こえる。
ブライアンは抗議しようとして口を開こうとしたが、全身が重く、口を開くことすらままならなかった。目も開かないから、自分がどこにいるかもわからない。
凶悪なエルフの集落を燃やすために森に入った討伐隊だったが、呆気なく返り討ちに遭った。ブライアンは不幸にも、「エルフの下ごしらえ」と呼ばれる「種」を植え付けられてしまっているようだ。
この種が全身に根を張り、動物の身体を変質させる。そうやって、エルフが食せる肉質に変えられるらしい。らしい、というのは、喰われた者は証言できないからだ。
種を植え付けられた、と言うよりも、自分が種になって根を張ってしまっているのではないかと疑うような身体の重さだ。
仲間たちの足音が去って行く。待ってくれ、置いていかないで、助けてくれ。そう言って呼び止めたくても口が動かない。動いても、立ち止まってくれることはないのだろう。
絶望と、不安と、焦燥と、そう言う物が、それこそ体中に根を張るようだった。ブライアンはしばらくそこで横たわり、この後何が起こるかと言うことについて、根拠のない恐ろしい妄想をするだけの弱者となっている。
しばらく怯えたまま小さく呻いていると、人間が去ったのと逆方向から足音がした。
「ああ、一人仕留めたか」
涼しげな声だった。エルフだ、と直感的に悟る。がさがさと音がして、それはブライアンの胸倉を掴むと、ひょいと担ぎ上げる。肩の上に抱えられたのだと気付いた。
自分の死が迫っている。そう確信すると、腹の底から氷の様な感覚が全身に染み渡った。
エルフらしき人物はしばらく歩くと、やがて立ち止まった。ドアを開く音がする。
「戻った」
「お戻りでしたか。おや、一人仕留めたようで?」
誰かが出迎える声がする。
「ああ。だが……なんだか様子がおかしい。寝台を空けてくれ」
「ただいま」
様子がおかしい? どう言うことだろう。もうこれ以上おかしくなることなんてあるのか。
戸惑っていると、仰向けに寝かされる。ぺたぺたと身体を触られると、脇腹に手を突っ込まれた。痛みを感じていなかったが、どうやらそこに傷があったらしい。何か、人の握り拳ほどのものが、ずるっと引きずり出された様だ。
「見ろ、クライヴ。根が張っていない」
「これはこれは……」
クライヴと呼ばれた男も、ここまでブライアンを運んだエルフも、声が固い。
「いかがなさいますかな?」
「次の獲物を探すが……しかし根殺しか。百年に一度遭遇するかどうかだが……ひとまず、回復を待とう。血は少し取って……」
好き勝手なことを言っている。根殺しって何だ。ブライアンは戸惑ったが、全身を固めていた緊張が唐突に解けて、気絶するように眠ってしまった。
意識が浮上すると、口の中で何かが動いていた。まさか、植え付けられた種の根が口の中まで……とブライアンは怯える。けれど、不意に記憶が眠る前と繋がった。「根が張っていない」と言うエルフの声。
どうやら、種は自分の中では育たなかったらしい。
じゃあこれはなんだ……。
連れてこられた時には、口も開かないほどだった倦怠感はほぼ消失していた。疲労感だけがあるが、それでも動くのに支障はない。目を開くと、長い睫毛の瞼が目に入る。ブライアンが息を呑むと、その下の瞳が現れる。陽を透かした常緑樹の葉のような緑。
「……」
相手が顔を離す。唇から唾液が糸を引いていて、それは自分の口に繋がっていた。どうやら、濃厚な口付けをされていたらしい。よく見ると、自分は簡素な服を着ていた。意識を失う前に着ていた制服は?
「なに……?」
気持ち悪さよりも困惑が勝ってブライアンは眉間に皺を寄せた。相手はしばらく難しい顔をして黙っていたが、
「結論から言うが、君は特異体質の人間だ」
唐突に、そんなことを言う。
「特異体質……? 私に植え付けようとした種と何か関係があるのか?」
「何だ、聞こえていたのか。それなら話は早い。そうだ。我々は人間に『種』を植え付け、肉体を分解してマナにする。だが、君にはその『種』が根を張らなかった」
興味深そうな目でじっとこちらを見つめる。
「百年に一度遭遇するかどうか、と言う『根殺し』と呼ばれる特異体質だが、何故そうなっているのかは我々もわかっていない」
「……それと今の、どう関係があるって言うんだ?」
「唾液に何かないか試した」
「自分に影響あるかもしれないのに?」
「『種』に比べたら我々が受ける影響は少ない。身体の大きさもそうだが、暴露する量も比べものにならない」
それはそうだ。握り拳くらいの「種」が人間の身体にめり込んで血液に浸かるのと、人間サイズのエルフがたかだかディープキスで唾液に触れるのでは訳が違う。
いや、それでも危険ではないだろうか……。
「これから君の身体を隅々まで調べないといけない。人里にはもう戻れないだろう。君にはここで暮らしてもらう」
「どうして戻れないなんて言うんだ」
「君は『種』を植え付けられた人間だ。人間がそれを受け入れる筈がない」
そう言われるとブライアンは反論できなかった。人間の排他性を自分は知っている。
多数派の時は気にもしなかったが、いざ自分が「普通」ではなくなると、あの態度が恐ろしく感じる。
「根殺しの秘密を知るためだ。厚遇を約束する」
「お前の名前を教えろ」
ブライアンはエルフを睨んだ。
「僕か? 僕はアレクシス。種を蒔くアレクシスだ」
アレクシスと名乗ったエルフは、ブライアンの目をじっと見つめる。
「我々の間にはなかなかいない。岩石みたいな色の瞳だな。涙にも何か……」
「人間には珍しくない色だよ」
ヘーゼルの瞳をそんな風に言われて、ブライアンは呆れた。
「エルフは皆目が緑なのか?」
「葉の色をしていることが多い。僕もそうだ」
「そんなもん見ればわかるんだ」
「それもそうだな」
アレクシスは首を傾げた。
「なるほど、人間は野蛮で知性が低いと思っていたが、君みたいな奴もいるんだな」
「私を賢いと言うなら、お前の方が馬鹿だ」
「回復してきたようだな。それだけ喋れるなら上等だ。午後はこの周辺を案内する。クライヴ」
彼が呼びかけると、クライヴが畳んだ布を持ってきた。服らしい。昨日は顔を見られなかったクライヴだが、人間で言うと老人と呼べる外見年齢であった。
「君の服は血を吸っていたので、こちらで回収して研究に使っている。君は今日からこれを着てくれ。あと、これは僕の家のものであることを示す首飾りだ」
服と一緒に、麻糸と鉱石で作られたらしいペンダントを渡される。鉱石に直接カービングが施されていて、紋章らしいものが彫り込まれている。
「今日から君は僕の家族になる」
プロポーズみたいな、社会的な死刑宣告みたいな、ブライアンの未来を閉ざす宣言だった。
「種がこんな深く植わってんじゃなぁ」
仲間たちの声が聞こえる。
ブライアンは抗議しようとして口を開こうとしたが、全身が重く、口を開くことすらままならなかった。目も開かないから、自分がどこにいるかもわからない。
凶悪なエルフの集落を燃やすために森に入った討伐隊だったが、呆気なく返り討ちに遭った。ブライアンは不幸にも、「エルフの下ごしらえ」と呼ばれる「種」を植え付けられてしまっているようだ。
この種が全身に根を張り、動物の身体を変質させる。そうやって、エルフが食せる肉質に変えられるらしい。らしい、というのは、喰われた者は証言できないからだ。
種を植え付けられた、と言うよりも、自分が種になって根を張ってしまっているのではないかと疑うような身体の重さだ。
仲間たちの足音が去って行く。待ってくれ、置いていかないで、助けてくれ。そう言って呼び止めたくても口が動かない。動いても、立ち止まってくれることはないのだろう。
絶望と、不安と、焦燥と、そう言う物が、それこそ体中に根を張るようだった。ブライアンはしばらくそこで横たわり、この後何が起こるかと言うことについて、根拠のない恐ろしい妄想をするだけの弱者となっている。
しばらく怯えたまま小さく呻いていると、人間が去ったのと逆方向から足音がした。
「ああ、一人仕留めたか」
涼しげな声だった。エルフだ、と直感的に悟る。がさがさと音がして、それはブライアンの胸倉を掴むと、ひょいと担ぎ上げる。肩の上に抱えられたのだと気付いた。
自分の死が迫っている。そう確信すると、腹の底から氷の様な感覚が全身に染み渡った。
エルフらしき人物はしばらく歩くと、やがて立ち止まった。ドアを開く音がする。
「戻った」
「お戻りでしたか。おや、一人仕留めたようで?」
誰かが出迎える声がする。
「ああ。だが……なんだか様子がおかしい。寝台を空けてくれ」
「ただいま」
様子がおかしい? どう言うことだろう。もうこれ以上おかしくなることなんてあるのか。
戸惑っていると、仰向けに寝かされる。ぺたぺたと身体を触られると、脇腹に手を突っ込まれた。痛みを感じていなかったが、どうやらそこに傷があったらしい。何か、人の握り拳ほどのものが、ずるっと引きずり出された様だ。
「見ろ、クライヴ。根が張っていない」
「これはこれは……」
クライヴと呼ばれた男も、ここまでブライアンを運んだエルフも、声が固い。
「いかがなさいますかな?」
「次の獲物を探すが……しかし根殺しか。百年に一度遭遇するかどうかだが……ひとまず、回復を待とう。血は少し取って……」
好き勝手なことを言っている。根殺しって何だ。ブライアンは戸惑ったが、全身を固めていた緊張が唐突に解けて、気絶するように眠ってしまった。
意識が浮上すると、口の中で何かが動いていた。まさか、植え付けられた種の根が口の中まで……とブライアンは怯える。けれど、不意に記憶が眠る前と繋がった。「根が張っていない」と言うエルフの声。
どうやら、種は自分の中では育たなかったらしい。
じゃあこれはなんだ……。
連れてこられた時には、口も開かないほどだった倦怠感はほぼ消失していた。疲労感だけがあるが、それでも動くのに支障はない。目を開くと、長い睫毛の瞼が目に入る。ブライアンが息を呑むと、その下の瞳が現れる。陽を透かした常緑樹の葉のような緑。
「……」
相手が顔を離す。唇から唾液が糸を引いていて、それは自分の口に繋がっていた。どうやら、濃厚な口付けをされていたらしい。よく見ると、自分は簡素な服を着ていた。意識を失う前に着ていた制服は?
「なに……?」
気持ち悪さよりも困惑が勝ってブライアンは眉間に皺を寄せた。相手はしばらく難しい顔をして黙っていたが、
「結論から言うが、君は特異体質の人間だ」
唐突に、そんなことを言う。
「特異体質……? 私に植え付けようとした種と何か関係があるのか?」
「何だ、聞こえていたのか。それなら話は早い。そうだ。我々は人間に『種』を植え付け、肉体を分解してマナにする。だが、君にはその『種』が根を張らなかった」
興味深そうな目でじっとこちらを見つめる。
「百年に一度遭遇するかどうか、と言う『根殺し』と呼ばれる特異体質だが、何故そうなっているのかは我々もわかっていない」
「……それと今の、どう関係があるって言うんだ?」
「唾液に何かないか試した」
「自分に影響あるかもしれないのに?」
「『種』に比べたら我々が受ける影響は少ない。身体の大きさもそうだが、暴露する量も比べものにならない」
それはそうだ。握り拳くらいの「種」が人間の身体にめり込んで血液に浸かるのと、人間サイズのエルフがたかだかディープキスで唾液に触れるのでは訳が違う。
いや、それでも危険ではないだろうか……。
「これから君の身体を隅々まで調べないといけない。人里にはもう戻れないだろう。君にはここで暮らしてもらう」
「どうして戻れないなんて言うんだ」
「君は『種』を植え付けられた人間だ。人間がそれを受け入れる筈がない」
そう言われるとブライアンは反論できなかった。人間の排他性を自分は知っている。
多数派の時は気にもしなかったが、いざ自分が「普通」ではなくなると、あの態度が恐ろしく感じる。
「根殺しの秘密を知るためだ。厚遇を約束する」
「お前の名前を教えろ」
ブライアンはエルフを睨んだ。
「僕か? 僕はアレクシス。種を蒔くアレクシスだ」
アレクシスと名乗ったエルフは、ブライアンの目をじっと見つめる。
「我々の間にはなかなかいない。岩石みたいな色の瞳だな。涙にも何か……」
「人間には珍しくない色だよ」
ヘーゼルの瞳をそんな風に言われて、ブライアンは呆れた。
「エルフは皆目が緑なのか?」
「葉の色をしていることが多い。僕もそうだ」
「そんなもん見ればわかるんだ」
「それもそうだな」
アレクシスは首を傾げた。
「なるほど、人間は野蛮で知性が低いと思っていたが、君みたいな奴もいるんだな」
「私を賢いと言うなら、お前の方が馬鹿だ」
「回復してきたようだな。それだけ喋れるなら上等だ。午後はこの周辺を案内する。クライヴ」
彼が呼びかけると、クライヴが畳んだ布を持ってきた。服らしい。昨日は顔を見られなかったクライヴだが、人間で言うと老人と呼べる外見年齢であった。
「君の服は血を吸っていたので、こちらで回収して研究に使っている。君は今日からこれを着てくれ。あと、これは僕の家のものであることを示す首飾りだ」
服と一緒に、麻糸と鉱石で作られたらしいペンダントを渡される。鉱石に直接カービングが施されていて、紋章らしいものが彫り込まれている。
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