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今はまだ隠したい

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 聴講生が突然、色気のようなものを帯びる瞬間がある。二人っきりで、他に誰もいない時、それは外でありながらキスを交わせる瞬間であることもある。
 林田はその空気の匂いが変わる瞬間を、今ではすぐ察知できるようになってしまった。情けないことに、それくらい彼に心を奪われている。それくらい、彼と触れ合う回数を重ねた。ちょっとした体重の変化とか。
 少し、彼の背に厚みを感じた日、最近つい食べ過ぎてしまうのだと彼は笑っていた。

 林田の部屋で、借りた映画を並んで観る。画面の中でラブシーンが始まった途端、彼の視線がこちらを向く。林田も、反射的にそちらを見た。聴講生の笑みが、画面からの光に照らされて妖しい気配を纏っている。その匂いは、林田の欲望を刺激した。どちらともなく、顔を近づけ、口づける。ポップコーンの塩味を感じ、舌先には残った殻が触った。

 画面の中で、男女のピロートークが始まると、彼は唇を離して続きを楽しみ始めた。先ほどまでの色気はすっかり鳴りを潜めている。林田の方は突然置いてきぼりにされた気分だ。腹の中に熱がこもっている。手を伸ばしてその頬に触れた。
「後でね」
 それだけ囁かれた。
 彼もそのつもりでいることに安堵する。自分だけがみっともなく彼を求めているわけでもないのだとわかって。

 最初は身体だけだったのに、もう自分の心を彼に差し出したくなっている。あなたの心も欲しい。どうか、どうか、自分といることで安らぎを感じてほしい。それを自分に見せて、自分も安らがせて。
 何気ない言葉選びや、合いの手、仕草。そう言う中に見えるあなたの聡明さや、優しさ、人間らしさが自分の心の中で積み重なって、大きくなっている。
 こんなに、恋で思い煩うことなど、今までなかったのに。こんなにも自分は弱くなってしまったのだろうか。
 これが人生最後の恋になってしまうかもしれない。それほどに、林田が彼に持つ慕情は大きかった。まだこんな歳なのに、と笑う人はいるだろうが、林田にとっては今が一番老いている。老いは先取りできないのだから。

 映画が終わると、彼は約束を果たしてくれた。ことが終わると、また面白い話をしてくれる。この時間もまた幸せだと思う。
 けれど、二人の関係について切り出す勇気はまだなくて。
「どうしたの?」
 彼が問う。
「なんでもない」
 ごまかすと、前髪を撫でられた。愛しくなって、彼を抱き寄せる。
「やっぱり変だよ」
 抱き寄せられて、自分の胸に顔を埋めながら言われた。
「そうかも」
 でも、今はもう少し隠させて。
 あなたと離れるかもしれない未来が、まだ怖い。
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