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第6話 浅見の提案

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 5日目。
 昼前に、会社から電話が掛かってきた。昼飯の即席ラーメンに、スーパーで買ってあったチャーシューを乗せたところだ。応答すると、昨日報告した上司からである。
『おはよう。今大丈夫か?』
「おはようございます。大丈夫ですよ」
『今朝、山下から連絡があったんだけど……』
 山下、というのは、今回の実験で偶数日を担当している警備員だ。浅見よりは年上の、気前の良い男で、浅見とは違う意味で動じないタイプである。
「はあ」
『やっぱり、山下も女を見たって言うんだよ』
 昨日も出たのか。
「それで、どうしたんですか?」
『お前と同じで、4階見に行ったけど何もなし。だから警察呼んだよ。2日連続で出て、止めないんですか? って言われたって』
「そうですか……」
 恐らく、違う警察官だろう、と言うことを、浅見はぼんやりと思った。自分が呼んだ警官は、もう少しオブラートに包んでものを言う印象がある。いや、警察官のことはどうでも良いのだ。問題は、その女と、今後の事である。
「実験はどうするんですか?」
『うーん、今のところ実害がないし、これで止めて逆に何か起こる可能性もあるし、ひとまず続行するってことで先方と話が付いた』
「そうですか」
『お前が拒否するなら、代わりを探すけど、どうする?』
 そう言われて、真っ先に頭に浮かんだのは森澤の顔だった。あの女を見た時の緊張感を共有した、戦友の様に思っている。その彼が、自分以外の警備員とあれに関わると思うと、少しだけ悔しいような気もする。俺だって、あの女の正体はも、実験の結果も気になるのだ。こんな所でリタイアしてたまるか。
「いや、行きますよ」
『大丈夫か? まあ、何かあったら警察呼べよ。一応、お前も山下も手当は増額しとくから』
 それを聞いて、思わず浅見の口元は緩んだ。特別がめついつもりはないが、やはり人間、金には弱い。
「そうこなくちゃ。それじゃあ、俺も森澤さんも生きて帰るってことを第一の目標にしときますね」
『うん。そうしてくれ。あっちも、もっと別の所で実験した方が良いだろうしな。これでメカニック死んだとか怪我したとか入院したとかなったら大変だろうし、おまもりして差し上げろ』
 上司も少し冗談めかして言う。浅見は片目をつぶって、
「あれが美人だったらなぁ」
『はっは! 結構仲良くやってるって聞いてるぞ』
 森澤がそう言ったのだろうか? あの、他人との間に壁を数枚作っていそうな男が。そう思うと少し不思議な気持ちにはなるが、悪い気はしない。人に慣れない動物を手懐けた気分になる。
「まあ、話せない相手じゃないですね」
 通話を切ると、彼はラーメンどんぶりに箸を入れた。麺は伸びていて、スープにはチャーシューからタレが滲んで甘くなっていた。

 浅見は、ひとつの考えを持って警備室にやって来た。今日も自分の方が早い。着替えて待っている間、日誌をめくる。山下の丸文字で、起こったことが簡潔に書かれていた。

「深夜2時、Wエレクトロニクスのロボットに人影が映ったため、該当フロア巡回。人影なし。警察に通報するも異常なし。前日の女性と同一人物と思われる」

 同一人物と思われる。浅見が当日に記した、女の外見的特徴と照らし合わせたのだろう。と言う事は、服装も髪型も、ほとんど同じような女が現れた、と言う事だ。
 幽霊でなければ、なんだろう? どこかにずっと潜んでいるのだろうか。いや、潜めるような場所はない。今日も出たら、レジカウンターの裏も見るべきだろうか。フロアマップを広げて考える。どのエリアに何の店が入っているかだけで、具体的な棚やレジの位置まではわからない。やはり直接見に行くしかないだろう。
 などと考えていると、表で車の音がした。森澤とロボットが、Wエレクトロニクスの車に送られてやって来たのだ。浅見が出て行くと、森澤がロボットを車から降ろしているところだった。
「お疲れ様です」
 彼は浅見を見上げた。少し緊張した様子でもある。彼も、昨日の報告を聞いているのだろう。
「では私はこれで。お気を付けて……」
 森澤を送ってきたWエレクトロニクスの社員も、少々不安そうな顔をしている。浅見がニッと笑って見せると、相手はそれを合図にしたように車で立ち去った。

「報告したいことがあります」
「俺も、ちょっと話したいことが。森澤さんからどうぞ」
 促されて、森澤は話し始めた。
「結論から言うと、暗視カメラ、サーモカメラ、共に異常なしです」
「……じゃあ、やっぱりあの女は……」
「少なくとも、女性に見える何かが存在することは間違いありません」
 やはり彼は、少しだけ慎重な物の言い方をした。それは、浅見にとっては都合の良い結果でもある。
「そうか。それで提案なんだが、俺がロボットと一緒に回るって言うのはどうだ?」
「なんですって? 一晩中、フロアをぐるぐる回るって言うんですか?」
「いや、定期的に見に行くだけだよ。仮眠も取るし」
 ロボットに付き添って、4階をひたすら歩き回る自分を想像して、笑ってしまう。森澤は眼鏡の向こうから、じっとこちらを見ていた。
「無線は持っていくし、森澤さんとも連絡取り合いながら回る」
「もし女性を見つけたらどうしますか」
「話を聞く」
「逃げたら? 追いますか?」
「まあ、多少は」
「危険です」
 森澤はきっぱりと言った。「危険すぎます。相手の目的もわからないのに」
「じゃあ、こうしよう。森澤さんはロボットが見てる画面が見られるんだろ?」
 ノートパソコンで一緒に覗き込んだ、あの画面のことだ。
「はい」
「じゃあ、そっちで見て、もし俺が深追いしすぎて危ないって判断したら呼び戻してくれよ。そしたら、俺はそれに絶対従う。約束する」
「本当に、約束してくれますか?」
「疑うのか?」
「そこまで仰るなら信じます。ですが、浅見さん、ちょっと面白がってますよね。そういうのが、一番事故に繋がるんで気を付けてください。あなたの命が掛かっているんですよ」
 あなたの命が掛かっている。それはあまり言われたことのない言葉だった。警備員は、別に命を捨てる訳ではないが、守るべきは客や従業員だ。自分の身も守れとは言われるが、それでも危険な物の対応をしなくてはならないことがあるのは間違いない。
 そうだからこそ、森澤の言葉は少しだけ心に染みた。
「浅見さん?」
 森澤が不思議そうにこちらを覗き込む。浅見は心からの微笑みを浮かべ、
「約束するよ。上司にも、俺も森澤さんも生きて帰ることを第一目標にって言ったしな」
 肯いた。
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