いまは亡き公国の謳

紫藤市

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第二章 捕囚

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 いまはレオポールの死で城内が混乱しているため、双子の不在を見逃しているかもしれないが、自分たちは黙って城館を出てきたのだ。いくら侍女も一緒に姿を消しているとはいえ、無断で城を出たとなれば、ロレーヌ公も放ってはおかないだろう。
 数日も経てば、この屋敷になんきんされていることを誰かが見つけてくれるはずだ。
「えぇ、そうね」
 ステファーヌはゆっくりと頷く。
「わたしは大丈夫。男装も剣術も乗馬も勉強も、あなたが一緒なら平気よ」
 とても16歳の少年とは思えないようなしとやかな声でステファーヌは返事をした。
 
     *

 ミネットが用意した男物の服に着替えたジェルメーヌが、ステファーヌとともに部屋を出ると、廊下で立っていたクロイゼルがわずかに目を瞠った。
「……なんの真似だ」
 まったく同じ服装に同じ髪型、瓜二つの双子の姿に、彼は眉を顰める。
「どちらが公子殿だ?」
「さぁ、どちらだと思う?」
 ジェルメーヌとステファーヌが声を揃えて問い返すと、ますます見分けがつかなくなったのか、クロイゼルは苛立ったように顔をしかめた。
「遊んでいる暇はないだ。私は男爵から、公子殿をお連れするようにと命じられている」
 クロイゼルはしばらくの間、なんとか違いを見つけられないものかとふたりを交互に睨んだが、数秒後には降参するように短いため息を吐いた。明かりがとぼしく薄暗い廊下では、ただでさえ似通っているふたりを見分けるなど、ほとんど初対面の相手が簡単にできる芸当ではない。
「どちらが公子かわからないのなら、両方を連れて行け。公女を連れてくるなとは言われていないのだろう?」
 ステファーヌが強い口調で指図すると、クロイゼルは降参するように頷いた。
 クロイゼルの案内で連れて行かれたのは、屋敷の一階にある書斎だった。
 ジェルメーヌが目を覚ました部屋の約三倍の広さがあり、壁の一方には作り付けの書棚があったが、本はほとんど並んでいない。壁紙は色褪せており、ところどころ古びて破れている部分もある。かつて絵画を飾っていたとおぼしき部分だけ、壁紙の模様がくっきりと残っていた。
 部屋のあちらこちらには埃が溜まっており、この屋敷には部屋の掃除をする使用人がいないのかと思ったくらいだ。
 ジェルメーヌたちがクロイゼルに続いて書斎に入ると、トロッケン男爵の他に灰色の髪に白い顎髭の壮年の男と、口髭を生やしたわしばなの老齢の男が長椅子に腰を下ろしていた。
「これはこれは、おふたりお揃いでいらしていただけたとはきょうえつごく
 椅子から立ち上がった男爵は、大袈裟なくらいいんぎんな態度でふたりを出迎えた。
「公女様、お目覚め後のご気分はいかがですか」
 ふたりに交互に目を遣った男爵は、どちらが公女でどちらが公子なのか見分けがつかなかったらしく、ふたりに向かって尋ねた。
「最低だ」
 ふたりが声を揃えて答えると、男爵はなにがおかしいのか、からからと上機嫌に笑った。
 男爵の向かいの椅子に座るふたりの男は、寸分違わぬ美貌の双子の姿を薄気味悪く見つめている。
「少々手荒な真似が過ぎましたかな。失礼いたしました。クロイゼルは加減というものを知らないものですから、もう少しで公女様の細い首を折ってしまうところでしたな」
 脅しているつもりなのか、男爵は蛇のように目を細め、口元を歪めて薄気味悪い笑みを浮かべた。
「わたしはあなたがたのごとに付き合うつもりはない。時間も惜しいことだし、すみやかに用件を聞かせていただこう」
 冷ややかな口調でステファーヌが告げると、興醒めした男爵は鼻白んだ。
「さすが公子様。お育ちに相応しいきょうをお持ちのようだ」
 庶子であることをあざけるような口振りだったが、ステファーヌもジェルメーヌも顔色ひとつ変えなかった。
「黙りなさい、トロッケン男爵」
 壮年の男が、男爵を諫めた。
 老けた容姿のわりに、声は若い。
 よくよく観察すると、髪は鬘のようだ。髭も付け髭らしい。
 老人の方は、頭皮の透け具合から地毛だと思われた。こちらは見た目と年齢のかいはなさそうだ。
「大変失礼いたしました、公子様、公女様。男爵に変わりまして、非礼を謝罪いたします。どうぞおふたりとも、そちらにおかけになって下さい」
 男は椅子から立ち上がって頭を下げると、ふたりに肘掛け椅子を勧めた。
 男たちの長椅子の斜め横の場所に置かれたふたつの椅子に、ふたりは同時に座る。
 壮年の男は双子が座るのを確認してから、自分も椅子に腰を下ろした。
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