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第40話

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 ヒューレッドは小1時間かけて聖女マリルリがどんなに恐ろしい存在なのかということを説明した。フワフワはわかったようで、わかっていないような曖昧な返事しか返さないので、ヒューレッドは余計に不安になった。

「大丈夫なの~。ヒューは心配しすぎっ。」

 フワフワの答えは結局変わらなかった。どうにも離乳食が食べたいようだ。

「はいはい。わかったよ。じゃあ、夜まで時間があるから少しこの街をぶらついてみようか。」

 これ以上フワフワになにを言っても暖簾に腕押しになりそうだ。今晩この街に泊まるなら、少しくらい街の観光をしておいてもいいだろう。観光もせずに引きこもっていたら、それはそれで怪しい訳ありの人間にしかみえない。
 そう思ってヒューレッドは折れた。

「やったの!フワフワさっき向こうで見たお肉食べたいっ!美味しそうな匂いしてたの!!」

 ヒューレッドの腕の中のフワフワは小さな身体で一生懸命に身をよじって、ヒューレッドにお肉が食べたいと訴える。

「え?……はっ!?」

 ヒューレッドはフワフワのお肉が食べたい発言に驚きを隠せない。思わず歩きかけた足が止まってしまったほどだ。

「ヒュー?」

 フワフワは急に固まってしまったヒューレッドが心配になり顔を覗き込む。

「……え?……え?離乳食じゃないと食べれないんじゃなかったの……か?え?いや、でも、セレスティア様もしばらくは離乳食を与えるようにって……。え?あ、あれ?」

 フワフワはまだミルクを卒業しかけたばかりの幼い魔獣だ。まだ赤子と言っても良い。セレスティアもそろそろ離乳食を始めましょうと言っていた。なのに、もう離乳食じゃなく普通にお肉を食べたいという。
 そのことにヒューレッドは混乱した。
 まだ、離乳食をあげていた方がいいのか、それともお肉をフワフワに与えてしまっていいものか魔獣を育てたことのないヒューレッドには判断ができなかった。

「せ、セレスティア様っ……。ど、どうしたら……。」

 思わずセレスティアに助けを求めてしまうくらいにはヒューレッドは混乱していたのだった。
 だが、セレスティアは遠い王都にいる。ヒューレッドが助けを求めても反応がないのは当たり前だ。

「食べるの-。食べたいの-。」

「わ、わかった……。わかったから。でも、お腹を壊すといけないからちょっとだけだからな。」

 フワフワの可愛らしいおねだりに堪らずヒューレッドは折れた。折れるしかなかった。
 だが、次の瞬間ヒューレッドは思い出した。

「あ、財布摺られたんだった……。ご、ごめん。フワフワ、お金盗られちゃったからお肉は買えないんだ。それどころか何も買えない……。」

「……ヒュー。」

 フワフワはなんとも寂しそうな目でヒューレッドを見つめた。だが、それでどこからかお金が湧き出てくるわけでもなく、ヒューレッドにはなすすべもなかった。

「なぁに、あんたたち。お金無いの?その可愛い猫ちゃんのためなら、私がお肉くらい買ってあげてもいいわよ。っていうか、買ってくるからここで待ってなさい。美味しいお肉を売ってるところを知ってるのよ。」

 途方に暮れているヒューレッドに声をかけてきた女性がいた。女性は口に肉の串焼きを咥えていた。先ほどフワフワが食べたいといった屋台のお肉によく似ている。

「それに、さっき臨時収入があったしねぇ~。うふふっ。」

 女性は上機嫌に笑いながらヒューレッドに話しかけてくる。ヒューレッドはいったいなんなんだと思いながら、声をかけてきた女性を見て目を瞠った。
 そこにいた女性は、先ほどヒューレッドから財布を盗んでいた相手にそっくりだったのだ。


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