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9.厄介な問題
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「では、手筈が整いましたら」
「今から歓咏殿ご自身が整えていくんです」
その場を去ろうとした春咏だが、慶雲の意外な切り返しに足を止める。そこへ慶雲が気迫に満ちた表情で詰め寄ってきた。
「あなたは乾廉さまが久しく通われていなかった華楼宮に足繁く通う相手となるんです。中途半端な出で立ちでは困ります」
春咏は目を丸くする。慶雲の主張は理解できるが、予想外の展開だ。一方、慶雲の目は本気である。
「衣装、身にまとう装飾品、すべて一流のものを用意します。この件は他言無用なので、私なりの最高の即妃になっていただきますから」
「つまり慶雲殿好みの女性に仕上げるってことですか? 男の浪漫ですね」
割って入った第三者の声に、春咏と慶雲の注意が向いた。
「和銅!」
笑みをたたえた青年が人払いをしたはずの部屋に顔を出していた。警戒する春咏に彼はにこりと微笑む。
「初めまして、加術士、太白歓咏殿。僕は和銅。慶雲殿と共に乾廉さまにお仕えしております。以後お見知りおきを」
堅物的な慶雲に対し、物腰柔らかそうな雰囲気だ。じっくり観察する春咏に対し、慶雲は目を剥いた。
「私はそんなつもりではありません! すべては乾廉さまのために」
「はいはい。採寸用の衣装をいくつかお持ちしたよ」
慶雲をあしらい、和銅はさっさと持ってきた箱を開ける。中には女性ものの衣装がいくつか入っていた。
「念のため露出は控えめなものにしましょう。それにしてもこんな言い方は失礼ですが、そこら辺の女官ひいては即妃の方々より均整のとれたお顔立ちをされていらっしゃる」
和銅は感心するような目で春咏を見遣り、体形に合いそうな服を見繕う。
「最初にこの計画を聞いたときは不安もありましたが、あなたを見て納得しましたよ」
褒められていると受け取っていいのか、悩むところだ。ややあって和銅は一着の旗袍を取り出した。派手さのない乳白色で、丈や袖が長い。
「ひとまず、これはどうでしょう? 着ていただけますか?」
「今ここで、でしょうか?」
和銅の提案にさすがの春咏もたじろぐ。しかし和銅は不思議そうに首を傾げた。
「なにか問題でもありますか?」
大ありだ。とはいえ、その理由を素直に言えるわけがない。煮え切らない春咏にしびれを切らした慶雲が詰め寄っていく。続けて強引に春咏の狩衣に手を伸ばした。
「ほら、さっさと脱いでください。我々も他の仕事があるんです」
「慶雲殿!」
さすが無礼すぎると和銅が声を上げたが慶雲はその手を止めない。春咏は反射的に慶雲の手を掴んだ。
「っ、昔……野盗に襲われたときの大きな傷があり、見られたくないのです」
とっさに口を衝いて出た言い訳に春咏自身も驚く。傷はないが、脳裏に過ぎったのは一族が打ち焼かれたあの夜の出来事だ。野盗にも似た皇帝直属の憲兵に汪青家は突然襲われたのだ。
意図せず顔色が悪くなる春咏に対し、慶雲はさっと手を振り払った。
「わかりました。我々は外に出るので、さっさと着替えをすませてください」
そんな理由でと無視されるかと思ったが、意外にも慶雲はあっさり引く。部屋を出ていく慶雲と和銅を見送り、気配がなくなったのを感じて春咏は着替え始めようとした。
太白家の縁の者に拾われたときから、名前と性別は捨てて生きてきた。
念のため胸にはさらしを巻いているが、今さら女の格好に憧れも懐かしさもない。だから、この妙な気持ちは違和感なのか。
「歓咏、入るぞ」
「あ」
言うや否や部屋の戸を開けて現れたのは乾廉だった。完全な不意打ちに春咏は硬直する。とはいえ狩衣を脱いで前合わせの部分に手を掛けているところだったので、決定的なものを見られたわけではない。
「今から歓咏殿ご自身が整えていくんです」
その場を去ろうとした春咏だが、慶雲の意外な切り返しに足を止める。そこへ慶雲が気迫に満ちた表情で詰め寄ってきた。
「あなたは乾廉さまが久しく通われていなかった華楼宮に足繁く通う相手となるんです。中途半端な出で立ちでは困ります」
春咏は目を丸くする。慶雲の主張は理解できるが、予想外の展開だ。一方、慶雲の目は本気である。
「衣装、身にまとう装飾品、すべて一流のものを用意します。この件は他言無用なので、私なりの最高の即妃になっていただきますから」
「つまり慶雲殿好みの女性に仕上げるってことですか? 男の浪漫ですね」
割って入った第三者の声に、春咏と慶雲の注意が向いた。
「和銅!」
笑みをたたえた青年が人払いをしたはずの部屋に顔を出していた。警戒する春咏に彼はにこりと微笑む。
「初めまして、加術士、太白歓咏殿。僕は和銅。慶雲殿と共に乾廉さまにお仕えしております。以後お見知りおきを」
堅物的な慶雲に対し、物腰柔らかそうな雰囲気だ。じっくり観察する春咏に対し、慶雲は目を剥いた。
「私はそんなつもりではありません! すべては乾廉さまのために」
「はいはい。採寸用の衣装をいくつかお持ちしたよ」
慶雲をあしらい、和銅はさっさと持ってきた箱を開ける。中には女性ものの衣装がいくつか入っていた。
「念のため露出は控えめなものにしましょう。それにしてもこんな言い方は失礼ですが、そこら辺の女官ひいては即妃の方々より均整のとれたお顔立ちをされていらっしゃる」
和銅は感心するような目で春咏を見遣り、体形に合いそうな服を見繕う。
「最初にこの計画を聞いたときは不安もありましたが、あなたを見て納得しましたよ」
褒められていると受け取っていいのか、悩むところだ。ややあって和銅は一着の旗袍を取り出した。派手さのない乳白色で、丈や袖が長い。
「ひとまず、これはどうでしょう? 着ていただけますか?」
「今ここで、でしょうか?」
和銅の提案にさすがの春咏もたじろぐ。しかし和銅は不思議そうに首を傾げた。
「なにか問題でもありますか?」
大ありだ。とはいえ、その理由を素直に言えるわけがない。煮え切らない春咏にしびれを切らした慶雲が詰め寄っていく。続けて強引に春咏の狩衣に手を伸ばした。
「ほら、さっさと脱いでください。我々も他の仕事があるんです」
「慶雲殿!」
さすが無礼すぎると和銅が声を上げたが慶雲はその手を止めない。春咏は反射的に慶雲の手を掴んだ。
「っ、昔……野盗に襲われたときの大きな傷があり、見られたくないのです」
とっさに口を衝いて出た言い訳に春咏自身も驚く。傷はないが、脳裏に過ぎったのは一族が打ち焼かれたあの夜の出来事だ。野盗にも似た皇帝直属の憲兵に汪青家は突然襲われたのだ。
意図せず顔色が悪くなる春咏に対し、慶雲はさっと手を振り払った。
「わかりました。我々は外に出るので、さっさと着替えをすませてください」
そんな理由でと無視されるかと思ったが、意外にも慶雲はあっさり引く。部屋を出ていく慶雲と和銅を見送り、気配がなくなったのを感じて春咏は着替え始めようとした。
太白家の縁の者に拾われたときから、名前と性別は捨てて生きてきた。
念のため胸にはさらしを巻いているが、今さら女の格好に憧れも懐かしさもない。だから、この妙な気持ちは違和感なのか。
「歓咏、入るぞ」
「あ」
言うや否や部屋の戸を開けて現れたのは乾廉だった。完全な不意打ちに春咏は硬直する。とはいえ狩衣を脱いで前合わせの部分に手を掛けているところだったので、決定的なものを見られたわけではない。
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