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8.己の役目
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「つまり、歓咏殿には囮を務めていただきたいのです」
翌朝、慶雲に声をかけられた春咏は、ある一室に連れていかれた。目覚めたときに酒が残っている感覚に襲われ、これが初めてだからなのか判断はできないが、できればもう無駄に酒を飲まないようにしようとひそかに誓う。
それよりも今は目の前の事態だ。慶雲は人払いをし、訝しがる春咏に声をひそめ事情を説明する。
「あなたは細身で、そこまで背も高くない。女性としても十分に通用する」
「加術士は毒味に続いて女装して間者の真似事もしなくてはならないのですか」
あからさまな嫌味を放つ春咏に慶雲は眉をひそめる。ふたりの間に冷たく不穏な空気が流れた。先に目を逸らしたのは慶雲だ。
「乾廉さまは呪われていらっしゃる」
唐突に呟かれた内容に春咏は目を見開く。
「乾廉さまが何度か華楼宮に足を運んだのですが、そこで彼と共に過ごした即妃たちは、全員が体調を崩すなどの不幸に見舞われているのです」
一息に言いきり、慶雲はふうっと息を吐いた。
「おかげで乾廉さまはすっかり華楼宮に足を運ばなくなり、即妃の間でも呪われた皇子として広まっている」
「今までの専従加術士たちは?」
そこで春咏が尋ねた。前々からの事態ならば、そのときの彼の専従加術士たちは、どう対処したのか。
春咏の問いかけに、慶雲は静かにかぶりを振った。
「乾廉さまは、基本的にどの加術士にも一線を引いて接していらっしゃった。彼だけではない、皇族は皆加術士を頼り、恐れている」
専従加術士として初めて春咏を見たときの乾廉の目はどこか冷めていて、興味なさそうだった。あれはわざとだったのか。そもそも春咏自身が皇族に不信感を抱いている。その気持ちは今も変わらない。
ただ……。
『わかった。お前を信じよう』
「元々乾廉さまの場合、育った環境もあり誰に対しても心を許さない。さらにはこの華楼宮の件が拍車をかけている」
自分のせいで誰かが傷ついたり、不幸になるのを彼は恐れている。だから専従加術士の入れ替わりが激しいのか、深入りしないために。
「どうされます? 乾廉さまの専従加術士としてこの任、受けてくだいますか?」
慶雲の目はうかがうものではなく、不本意さが滲む、試すようなものだ。
「信頼できない私に任せてかまわないのですか?」
春咏は挑発的に、わざと水を向けてやる。案の定、慶雲の顔が不快さに歪んだ。しかし慶雲は感情を押し殺したように答える。
「正直、私としては賛成できかねます。ですが、乾廉さまがあなたになら任せられると思った。あの方自らが、加術士になにかを希望するなど初めてなんです」
続けて射貫くような眼差しで春咏を見据えた。
「その想いを裏切るような真似をしたら、加術士とはいえあなたを絶対に許さない」
慶雲の目には、己の立場や忠誠心以上のものが宿っている。眩しいほどの純粋さだ。
「呪いでもかけますか?」
わざと茶化し、慶雲がなにか返す前に春咏は呟く。
「いいですね。乾廉さまはあなたのような侍従がそばにいらっしゃって」
自分にも、そんな存在がいたらなにか違っていたのか。兄みたいな誰かが……。
そこで春咏は我に返る。
「わかりました。乾廉さまのため、お引き受けいたします」
わざわざ性別が明るみなりそうな女装をするのには気が引けるが、後宮でも汪青家についてなにか情報が得られるかもしれない。
なにより、本当に呪いなどがあるなら対処するのは加術士である自分の役目だ。
翌朝、慶雲に声をかけられた春咏は、ある一室に連れていかれた。目覚めたときに酒が残っている感覚に襲われ、これが初めてだからなのか判断はできないが、できればもう無駄に酒を飲まないようにしようとひそかに誓う。
それよりも今は目の前の事態だ。慶雲は人払いをし、訝しがる春咏に声をひそめ事情を説明する。
「あなたは細身で、そこまで背も高くない。女性としても十分に通用する」
「加術士は毒味に続いて女装して間者の真似事もしなくてはならないのですか」
あからさまな嫌味を放つ春咏に慶雲は眉をひそめる。ふたりの間に冷たく不穏な空気が流れた。先に目を逸らしたのは慶雲だ。
「乾廉さまは呪われていらっしゃる」
唐突に呟かれた内容に春咏は目を見開く。
「乾廉さまが何度か華楼宮に足を運んだのですが、そこで彼と共に過ごした即妃たちは、全員が体調を崩すなどの不幸に見舞われているのです」
一息に言いきり、慶雲はふうっと息を吐いた。
「おかげで乾廉さまはすっかり華楼宮に足を運ばなくなり、即妃の間でも呪われた皇子として広まっている」
「今までの専従加術士たちは?」
そこで春咏が尋ねた。前々からの事態ならば、そのときの彼の専従加術士たちは、どう対処したのか。
春咏の問いかけに、慶雲は静かにかぶりを振った。
「乾廉さまは、基本的にどの加術士にも一線を引いて接していらっしゃった。彼だけではない、皇族は皆加術士を頼り、恐れている」
専従加術士として初めて春咏を見たときの乾廉の目はどこか冷めていて、興味なさそうだった。あれはわざとだったのか。そもそも春咏自身が皇族に不信感を抱いている。その気持ちは今も変わらない。
ただ……。
『わかった。お前を信じよう』
「元々乾廉さまの場合、育った環境もあり誰に対しても心を許さない。さらにはこの華楼宮の件が拍車をかけている」
自分のせいで誰かが傷ついたり、不幸になるのを彼は恐れている。だから専従加術士の入れ替わりが激しいのか、深入りしないために。
「どうされます? 乾廉さまの専従加術士としてこの任、受けてくだいますか?」
慶雲の目はうかがうものではなく、不本意さが滲む、試すようなものだ。
「信頼できない私に任せてかまわないのですか?」
春咏は挑発的に、わざと水を向けてやる。案の定、慶雲の顔が不快さに歪んだ。しかし慶雲は感情を押し殺したように答える。
「正直、私としては賛成できかねます。ですが、乾廉さまがあなたになら任せられると思った。あの方自らが、加術士になにかを希望するなど初めてなんです」
続けて射貫くような眼差しで春咏を見据えた。
「その想いを裏切るような真似をしたら、加術士とはいえあなたを絶対に許さない」
慶雲の目には、己の立場や忠誠心以上のものが宿っている。眩しいほどの純粋さだ。
「呪いでもかけますか?」
わざと茶化し、慶雲がなにか返す前に春咏は呟く。
「いいですね。乾廉さまはあなたのような侍従がそばにいらっしゃって」
自分にも、そんな存在がいたらなにか違っていたのか。兄みたいな誰かが……。
そこで春咏は我に返る。
「わかりました。乾廉さまのため、お引き受けいたします」
わざわざ性別が明るみなりそうな女装をするのには気が引けるが、後宮でも汪青家についてなにか情報が得られるかもしれない。
なにより、本当に呪いなどがあるなら対処するのは加術士である自分の役目だ。
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