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 魔導具師かもしれない、その情報を得てラウルの行動は大きく変わった。毎日、勤務を終えると隊服のまま王都中の魔導具店を回り、アメリの姿を探した。だが、南区の魔導具店をすべて回り、東区の魔導具店も全てまわり、西区の魔導具店まですべてまわっても、アメリの姿を見つけることは出来なかった。

 そして今、ラウルは休日でありながら隊服を身にまとい、北区の魔導具店をまわっている。朝から北区にあるいくつかの魔導具店を訪ねたが、そのすべては空振りに終わっていた。

「…はぁ…ここもいなかった…」

 魔導具店を出たラウルは深い溜め息をつきながら肩を落とす。王都内で認可されている魔導具店は、残り一軒。非認可の店も存在しているが、ラウルはそれを把握していないため、あてはその一軒だけだ。

(次が最後…最後か…最後…あぁ、確認したい!…でも、確認したくない…!)

 相反する思いを抱え、ラウルは頭を抱えた。運が相当悪くて最後の一軒になってしまったのかもしれないし、認可された店では働いていないかもしれない、そもそも、実は魔導具師ですらない可能性もある、そんな考えにラウルの気持ちは沈んでいく。

(ああ…どうしよう…)

 その最後の一軒で見つからなければ、ラウルは再び手がかりを失うことになる。その不安が彼の脚を引っ張り、店に向かう足取りは非常に重かった。

「私は…あの人じゃなきゃ、だめなんだ…」

 ラウルは不安に泣きそうになりながら、情けない声で呟く。寝ても覚めても思い出されるのはアメリの姿、その声、その言葉。夜のお供になるのも彼女の艶姿だけだ。

(あぁ…神が存在しているのなら…どうか、私をあの人に会わせてくれ…!)

 ラウルは信じてもいない神にすがる言葉を口にする。そんな信仰心の低い男の言葉を神が聞き入れるとは思えないが。

「…もう、いい加減にしてよ!」

「は、はい…。ああ、遂に幻聴が聞こえてき……」

 信じられないことに、ラウルの耳に聞きたくて聞きたくて仕方ないアメリの声が届いた。ラウルは思わずそれに返事をし、それが幻聴だと思いこむ。

「ついてこないでっ!」

「………え?」

 だが、二度目の声に正気に戻った彼は、それが幻聴ではないことに気づいてあわてて辺りを見回した。大きな通りを挟んで向かい側、ラウルが向かおうとしていた魔導具店の前に、彼が会いたくて会いたくて仕方がなかったアメリの姿がある。それを目に映したラウルは、胸を歓喜で膨らませた。

(あぁっ…あの人だ…!)

 ラウルは感動のあまり息を止め、その場に膝から崩れ落ちる。近くの通行人が慌てて声をかけると、意識が一瞬とんでいたラウルは両手をついて上体を起き上がらせた。

(神よ、感謝します!)

 高鳴る胸を両手でおさえながら、ラウルはゆっくりと顔を上げる。その目に彼女の姿を焼きつけようとしたラウルだが、信じられない光景を目にして思わず声を上げた。

「…は?」

 彼の目に映ったのは、アメリとその腕を掴む黒髪の男だ。彼女の表情には明らかな嫌悪が滲んでおり、先程聞こえていた声も男への拒絶の言葉だ。

(あいつ、何を…!)

 ラウルは止めに入ろうと慌てて立ち上がったが、彼が走り出す前に男を止める王都警備隊員が現れる。その隊員に見覚えがあるラウルは、その名を小さく呟いて足を止めた。

「…えっ、レティシア?」

 最近は最悪だと愚痴をこぼしていたレティシアだ。こんな状況で再びその姿を目にするとは思わず、ラウルは無意識に緊張して体を強張らせた。

(…元恋人に粘着されているって…あの人だったのか?!)

 ラウルはアメリがあの夜、涙に目を濡らしながら語った話とレティシアの愚痴を結びつければ、男が彼女の元恋人であることは容易に予想がついた。

「あんた、また来たの!?いい加減にしなさいよ!」

 レティシアの怒りの声に、その言葉を投げられたわけではないはずのラウルがびくりと体を震わせる。対して、取り押さえられた男、エドガールはその言葉など聞き入れずに必死にアメリへと手を伸ばしていた。

「アメリ、なぁ…俺たちやりなおそう…!」

「…エド」

 アメリの心中は複雑だった。心から愛していたはずの男への思いは、度重なる粘着行為によって少しずつ薄れている。それでも、幸せだった日々の思い出が、心のどこかに彼へと想いを残していた。

「アメリさん、こいつは連行しますから!どうぞ気にせず、中へ!」

「…っ、ありがとうございます」

 レティシアの声にはっと意識を戻したアメリは悲しげな目でエドガールを一瞥し、そのまま店へと入っていく。エドガールは彼女を追いかけようと必死だったが、レティシアに阻止され両腕を掴まれると、そのまま引きずられていった。

 嵐が過ぎ、通りを横切ったラウルはアメリが入った魔導具店の前に立つ。ずっと会いたいと願い続けていた彼女が、壁の向こう側にいるのだと思うと、言葉にならないほどの喜びが満ち溢れた。

(…アメリ…あの人の名前…)

 ラウルは初めて、彼女がアメリという名であることを知った。それが彼女の元恋人の口からであったことは不服だが、一つ彼女の情報を知れたことは嬉しい。魔導具師である可能性の高いアメリが魔導具店に入っていったことから、ここに勤めていると考えていいだろう。

(やっと、見つけた…けれど)

 ラウルはその扉を開きはしなかった。今すぐ扉を開いてアメリのもとに向かいたい気持ちが強かったが、今、ラウルが彼女のもとを訪れても歓迎されないだろう。元恋人の粘着行為にアメリの心は疲労しているはずだ。そんな状態で恋人と別れた夜に一夜をともにしてしまったラウルが目の前に現れれば、さらに心労が重なってしまう。

(…今は、だめだ。あの人の負担になってしまう…)

 ラウルは会いたいという気持ちを抑えなければならないと自分に言い聞かせた。自分の想いよりも、アメリの心身の健やかさを優先すべきだと。

(…あぁ、くっそぉ…あの男がいなければ…!)

 先程の光景を思い出し、ラウルは苛立ちに眉を顰める。ラウルは以前に聞いたレティシアの愚痴から、アメリが元恋人に粘着されて迷惑に思い、王都警備隊に相談したと考えられた。

(あの人をあんなに悲しませておいて、よくもおめおめと!)

 浮気をされていたと力なく笑ったアメリの姿を思いだし、ラウルは増々怒りを覚える。裏切りによって悲しませておきながら尚彼女を苦しめるなど、到底許せはしない。

「私の邪魔までして…邪魔な男めっ!」

 それだけでなく、個人的な恨みもあるようだが。思わず本音をぽろりとこぼしたラウルは、周りの不審な目に気づいて慌てて咳払いし、誤魔化す。

(でも…あの人はまだ、あの男が…好き、なんだろうか)

 ラウルの記憶に残っているアメリは、まだ好きだと、寂しいと泣いていた。復縁などありえないとも言っていたが、もし、万が一にでも残った想いから復縁してしまったらとラウルは焦る。

(…あの人の前に出るのは、あの男を片づけてからだ。そうだ、うん!)

 アメリの溜飲を下げるためにも、復縁の可能性を完全に消すためにも、元恋人エドガールは片づけておかなければならない。ラウルは決意すると、踵を返して魔導具店を離れた。その足には迷いがありすぎて、立ち止まったり振り返ったりとなかなか進めないラウルだったが、なんとか北区の王都警備隊詰所へと足を進める。

「…レティシア!」

「…えっ、ラウル?」

 そうして辿り着いたラウルは詰所の扉を開くと、直ぐにレティシアを探した。突然の来訪者に驚いたのはレティシアだけではなかったが、彼女がラウルの名を呼んだことで大きな混乱にはならなかった。良くも悪くも、同じ王都警備隊員内ではあのラウル・ルノーは有名だ。五年前の英雄であり実力と顔は最上級に良いが、失神するほど女性が苦手だと。

「れ、れ…レティ、シア…」

 ラウルはレティシアの顔を見るなり顔を白くし、吃る。顔はよく、女性を見て顔色を悪くする様子はまさにラウル・ルノーの噂通りだ。その彼の変化に怒るはずのレティシアは、ばつが悪そうに目をそらした。

(…あれ。怒られるとおもったのに…)

 目が逸れたことで僅かに心に余裕が持てたラウルはレティシアの意外な反応に内心驚きつつも、怯える気持ちを必死に抑えて、彼女に向かいあう。その目的はたった一つ、アメリを苦しめ、自分にとって邪魔な存在になっているエドガールの居場所を聞くためだった。
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