立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

文字の大きさ
30 / 43
本編

29

しおりを挟む
 レアケはエスガとともに、自らの意志で塔へと戻った。レアケへの要求は、要約すればこうだ。

 拘束しないし制限もしない、いままで通りで構わないので、沙汰が決まるまで大人しくしておくこと。レアケはそれに逆らう理由はなく、大人しく住み慣れた塔に戻ってきた。

「結局、ここに戻ってきたのね」

「……すぐ出られるよ」

「さて、どうかしら……」

 レアケは反乱の首謀者、オスカを思い浮かべる。昔の第一王子とよく似てやさしげな面立ちであったが、レイフの舌を切り落とすという多少過激な一面もあるようだ。切り落としておきながら、死なないよう治療を指示するあたりもしたたかだ。

(第一王子に子どもがいたなんて……)

 おそらく、レイフに王位を奪われ姿を消した後に儲けた子だろう。その子がすでに四十を過ぎる歳と思われることから、改めて時間の流れを感じる。

(……こんなにも、年月が経っていたのね)

 レアケは歳を取ることを忘れた魔女、その姿は魔女となったころから変わらない。少女を装っていたエスガが立派な紳士に成長している間も変わらず、そしてこれからも変わらない。

「……魔女さま?」

「エスガ、まだその呼び方するの?」

 はっとしたエスガは顔を赤くし、顔を横に振った。まだ多少気恥ずかしいのか、やや目をそらしながら名を呼ぶ。

「……レアケ」

「ふふ……名前を呼ばれるのって、いいわね」

 レアケは名を呼ばれてうれしそうに笑った。一度魔女になれば、死ぬまで魔女だ。魔女であることを隠せば接し方も変わるかもしれないが、塔に住んでいる間はだれからも魔女としてしか接されなかった。

「レアケ……今日はいい天気だな」

「ええ、本当に……とってもいい天気」

 一日の始まりを最悪な気持ちで迎えたレアケだが、いまは雲ひとつなく広がる青空のように爽やかだ。両手を空に向かって伸ばし、ほほ笑むレアケにエスガは一つ提案する。

「こんないい天気の日は、外でティータイムしたくなりませんか」

 いつかレアケに提案したティータイムを、エスガは再び提案した。あのころはそれを断ったが、いまは断る理由などない。

「うむ、なってしまうのう!」

「じゃあ、用意してくるよ。レアケは待っていて」

 エスガはほほ笑み、準備に向かった。レアケはその背を見送り、木陰に入って空を仰ぐ。

(……なんて広い空)

 鉄格子越しに見ていた空を、四十年ぶりに鉄格子に遮られることなく見上げる。ただそれだけのことだというのに、胸に込み上げてくる想いがあった。

「……あら」

 感動しているレアケの前を小さな机と椅子が通った。魔法により塔の中から引っ張り出されたそれらは、そのまま木陰に設置される。

「一度見ただけなのに……本当にすごい子ね」

 以前、レアケがエスガの前で使った魔法だ。独自で使いこなせるようになったらしい。レアケが魔法に感心しているうちにエスガは簡素なテーブルクロスをかけ、ティーセットを用意し終えた。

「レアケ、こちらに」

 エスガは名を呼び、椅子を引いて誘う。レアケは目をしばたたかせたが、すぐに笑顔になって椅子に腰掛けた。

 エスガがカップに紅茶を注ぐ。湯気の立つカップを手に取ったレアケは、一口口に含んでうっそりとほほ笑んだ。

「……おいしいのう」

 青い空の下でティータイムを。以前は叶わなかったひとときを、六年の時を経て共に過ごすことができた。

「そなたのいれる紅茶、ずいぶん久しぶりに感じるのう」

「あなたの口に合えばよいのですが」

「もちろん、合うとも」

 魔女と侍女の関係であった二人は、女と男へと関係が変化していた。魔女の姿は変わらないが、少女を装っていた少年は成長し、いまでは立派な青年だ。

(見違えたわ)

 レアケはエスガを見上げ、その顔をじっと見つめる。初めて出会ったころ、エスガがエスタと名乗っていたころからずいぶんと変わった。

 傷んでくすみ、伸び放題だった金髪は艶がでて短く整えられており、凹んで暗い色を映した新緑の目は英気に満ちあふれている。痩せこけた頬にもしっかりと肉がついており、そこに幼さはない。

「……私の顔に、なにかついていますか?」

「顔がついておるのう」

「そりゃ当然だろ……んん、当然でしょう」

 思わず素に戻ったエスガは一つ咳払いをし、努めて紳士らしく振る舞い直す。

「エスガはずいぶんと男前になったのう」

「……レアケの好みですか?」

「え? そうね、好みだわ」

「ほっ、本当か?」

 エスガは目を輝かせて身を乗り出した。顔でもなんでもよいから好かれたい、その心が見えてレアケはくすりと笑う。

「……ほう、エスガ。よほど私のことが好きと見える」

「そうだ、好きだ。大好きだ。愛している」

「……わかった、わかったわ。私の負けだわ」

 少しからかおうとしたレアケだが、思わぬ反撃を受けて顔を赤くしてうつむいた。エスガはただまっすぐに、情熱的な想いを込めてレアケを見つめている。

「レアケ、あなたに触れてもよろしいでしょうか」

「そんなこと、聞かなくてもいいでしょう」

「私は紳士ですから、あなたが望まないことはいたしません」

「……紳士って、自分で言うことかしら?」

「ははっ」

 意地悪く言うレアケだが、小さくうなずいて応えた。エスガはレアケの顔を隠す白く長い髪に触れ、耳にかける。ほんのり赤く染まった頬と耳を見つけたエスガは小さく笑った。

「レアケ」

「……もう。わかったわよ」

 レアケは名を呼ばれ、観念としたように顔を上げた。そのまま真っすぐエスガを見つめ返し、その想いを受け止める。

「おかしいわ。立派な淑女に育てたはずなのに……」

 痩せこけた少女を立派な淑女に育てあげたはずなのに、今目の前にいるのは立派な紳士だ。多少、紳士かどうかは怪しいところだが。

「口づけても?」

「さすがに、それを聞くのは野暮じゃないかしら」

 レアケは瞼を落として唇を差し出す。それを答えとして受け取ったエスガは唇に唇を重ねた。軽い音を立てながら何度も唇を重ね、どちらともなく舌を絡めあう。

「ん……っ」

 二人は夢中になって舌を絡ませ、息を奪うように口づけ合った。舌から伝わる甘さ、荒くなる吐息、それはさらにもっと先、深い交わりあいを求めさせた。

「エスガ……」

「っ、はぁ……、魔女さま……っ」

 深い口づけは欲を抑えていた理性をちぎって投げ捨てた。エスガの視線に含まれた情欲に、レアケは体を震わせる。エスガは契約を破棄させるための手段としてではなく、ただ、男と女としてレアケを求めている。

「エスガ、……魔女って、呼ばないで」

 レアケはただ女としてそれを受け入れようとしていた。ごくりと生唾をのんだエスガは、震える声で彼女の名を呼ぶ。

「……レアケ」

 エスガが手を差し出す。これ以上の言葉は不要だ。レアケがその手を取って立ち上がると、二人は塔の中へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...