上 下
10 / 253
高速道路の霊

憑代無料お試し期間

しおりを挟む
 マンションの一室から、二十歳ぐらいの女性がペットキャリーを持って出てきた。
 彼女の顔は、どこかベガさん……琴浦美子ことうらよしこさんの面影がある。
 
 当然だ。
 
 彼女の妹なのだから……

 妹さんは、玄関先で待っていた僕と樒にぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。カルマは無事でした」
 彼女の持ち上げたキャリーから、甘えるような猫の鳴き声が聞こえてくる。
 樒はキャリーを覗き込んだ。
「可愛い! 無事でよかったね。カルマちゃん」
 カルマは、飼い猫の名前だったのだ。

 ベガさんは大の猫好きで、ギルド内でもよく飼い猫の話をしていた。
 だから、グッキーさんはカルマと聞いて、すぐに猫だと分かったのだ。
 ベガさんは、マンションに一人暮らししているOLで、自分が外出中に何かあったら、部屋に残してある猫の事が心配だと、以前からギルド内でよく漏らしていたという。
 
 グッキーさんは、あの後すぐにベガさんの妹さんに連絡を取ってくれた。
 実は妹さんも、半年前に姉から誘われてミクシイのアカウントを作り、同じゲームをやっていたので楽に連絡が取れたらしい。
 
 連絡を受けた妹さんは、僕らのところ駆けつけて、そして警察へ行き姉の亡骸と対面したのだった。
 その時になって初めて、ベガさんの本名が琴浦美子さんである事を僕らは知った。
 
 警察を出た後、妹さんは僕たちと一緒に、この部屋へやって来たという次第だ。

「カルマちゃあん」
 さっきから、樒はキャリーの覗き窓から猫撫で声をかけて、カルマの関心を引こうとしていた。

「しかし……」
 僕も、キャリーを覗き込んだ。
 猫は、まったく弱っている様子はない。
「一週間もこの部屋から出られなかったのに、餌は、どうしていたのですか?」
 妹さんが、にっこりと微笑む。
「この部屋の中には、自動給餌機と自動給水機があるのです」
 そんな、便利な物があったのか?
「でも、さっき見たときは、エサは後一日分しか残っていませんでした」
 危ないところだったんだな。
 
 突然、猫がキャリーの中で暴れ出した。
「どうしたの!? カルマ……大人しくして」
 いったいどうしたのだ? 

 あ!

「猫を、キャリーから出してもらえませんか」
 僕に言われて、妹さんキョトンとした顔をした。
「大丈夫。猫は逃げません」

 妹さんは、キャリーの蓋を開いた。
 猫はゆっくりと出てくる。
 立ち止まって、何もない空中を見上げていた。
 妹さんには、そう見えているのだろう。
 だが、僕には、猫が見上げる先に琴浦美子さんの霊がいるのが見えた。
 トンネルで見たときのように血まみれではなく、元の姿に戻っている。
 美子さんは、猫を抱き上げようとした。
 猫もすり寄ろうとする。
 しかし、霊には実体がないのですり抜けるだけ。
 その様子を見ていた樒が、美子さんの肩に手を置いた。
 美子さんは樒の方を向く。
 樒は、にっこりと微笑んだ。
 美子さんが『いいの?』とでも言いたげな表情で見つめ返すと、樒は無言で頷いた。
 美子さんの霊は樒の身体に入っていく。
「カルマ!」
 樒は……樒に憑依した美子さんは猫を抱き上げた。
「ゴメンネ。カルマを残して、死んじゃって、ゴメンネ」
 不思議そうな顔でその様子を見ていた妹さんに、僕は囁く。
「今、お姉さんの霊が、彼女に憑依しているのです」
「ええ! お姉ちゃん!? お姉ちゃんなの?」
 妹さんが、樒に抱き着いた。
「ゴメンネ! ゴメンネ!」
 しばらくの間、二人と一匹は抱擁していた。

 だけど……樒もいいところあるんだな。

 少しは見直し……

「はい! 無料お試し期間は、ここまで」
 突然、そんな事を言って樒は妹さんと猫を手放した。
 美子さんの霊も樒から離れる。
「ここから先は有料です。憑代代として五万円いただきます」

 感動して損した。

「ええ!? そんな……」

「ですが、今はサービス期間中ですので、本来なら五万のところを大サービス一万円で、私の身体を憑代として提供……」
「しーきーみー」
 僕は樒にスマホを突きつけた。
「なに優樹? その地獄からわき上がるような不気味な声は……芙蓉さんの電話番号なんかスマホに出して何を?」
 僕はスマホを耳に当てた。
「もしもし、芙蓉さん。樒が不正請求をしていますが……」
「だあ! やめて! 冗談なんだから……本当にお金なんて取らないわよ」
「冗談? 目が本気マジに見えたのだけど……」
「それは、あんたの気のせいよ」
「じゃあ、続きは無料でいいんだね?」
「いや……憑代って結構疲れるから……続きは優樹がやってよ。あんただって憑代ぐらいできるでしょ」
「いや……僕だと、倫理的な問題が……」
 美子さんが僕の前に進み出た。
「お願いします。妹にあまり、経済的負担をかけたくありません」
「そうは言っても……僕は男だから」
「え? 男の子?」
 なんで、そんな意外そうな顔するのですか? 美子さん。
 樒は僕の頭に手を置いて、美子さんの方に顔を向けた。
「そうなのよ。優樹って、私より背が低くて、私よりちょっとだけ可愛い顔していて、声変わりもしていないけど、男子高校生なのよ」
「すみません。てっきり、女の子かと……」

 ふん! いいよ、慣れてるから……ちょっと傷ついたけど……

「でも、妹は今のところ彼氏いませんし、あなたなら……」
 美子さんのセリフを突然樒が遮る。
「遠慮しなくていいわ。私の身体を使って」
「え? でも……」
「無料キャンペーンは延長します」
 今回の無料キャンペーンは、美子さんが成仏するまで続いた。

「考えてみれば……無料にすることなかったかも……」

 今頃気が付いたか。

「協会規定の料金でも、憑代を一回引き受けたら三千円もらえたはず」
 住人のいなくなったマンションの部屋に鍵をかけている妹さんの背中に、樒は未練がましい視線を向けていた。
「だからと言って、今から請求するのはなし。霊能者協会の印象が悪くなるから」
「分かっているわよ。ああ! 三千円あったらガチャが三十回回せたのに。せめて、三千円分だけカルマちゃんを、モフモフさせてもらいたかったわ」

 無理だろうな。以前、何かの本で読んだが、犬は餌をくれる人間なら誰でも懐くが、猫は邪悪な人間には懐かないそうだ。

 え? ス○クターの首領? あれは映画だから……

 不意に妹さんが、こっちを振り向いた。
「あの……そのくらいのお礼でしたら……」
 途端に樒が目を輝かせる。
「え!? 三千円くれるの?」
「いえ……カルマをモフモフする方で……」
 妹さんは、キャリーからカルマを出した。
「カルマちゃあん、こっちおいで」
 だから、猫撫で声で手招きしたって、猫は邪悪な人間には……え!? カルマが樒にすり寄って行く。
「かあわいい!」
 そのままカルマは樒に抱き上げられた。
 
 本の知識なんて当てにならないものだな……

 それとも樒って根はいい奴?

 いやいや……そんなはずは……

(「高速道路の霊」終了)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~

阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
「アタシをボランチしてくれ!」  突如として現れた謎のヤンキー系美少女、龍波竜乃から意味不明なお願いをされた、お団子頭がトレードマークのごくごく普通の少女、丸井桃。彼女の高校ライフは波乱の幕開け!  揃ってサッカー部に入部した桃と竜乃。しかし、彼女たちが通う仙台和泉高校は、学食のメニューが異様に充実していることを除けば、これまたごくごく普通の私立高校。チームの強さも至って平凡。しかし、ある人物の粗相が原因で、チームは近年稀にみる好成績を残さなければならなくなってしまった!  桃たちは難敵相手に『絶対に負けられない戦い』に挑む!  一風変わった女の子たちによる「燃え」と「百合」の融合。ハイテンションかつエキセントリックなJKサッカーライトノベル、ここにキックオフ!

毎日記念日小説

百々 五十六
キャラ文芸
うちのクラスには『雑談部屋』がある。 窓側後方6つの机くらいのスペースにある。 クラスメイトならだれでも入っていい部屋、ただ一つだけルールがある。 それは、中にいる人で必ず雑談をしなければならない。 話題は天の声から伝えられる。 外から見られることはない。 そしてなぜか、毎回自分が入るタイミングで他の誰かも入ってきて話が始まる。だから誰と話すかを選ぶことはできない。 それがはまってクラスでは暇なときに雑談部屋に入ることが流行っている。 そこでは、日々様々な雑談が繰り広げられている。 その内容を面白おかしく伝える小説である。 基本立ち話ならぬすわり話で動きはないが、面白い会話の応酬となっている。 何気ない日常の今日が、実は何かにとっては特別な日。 記念日を小説という形でお祝いする。記念日だから再注目しよう!をコンセプトに小説を書いています。 毎日が記念日!! 毎日何かしらの記念日がある。それを題材に毎日短編を書いていきます。 題材に沿っているとは限りません。 ただ、祝いの気持ちはあります。 記念日って面白いんですよ。 貴方も、もっと記念日に詳しくなりません? 一人でも多くの人に記念日に興味を持ってもらうための小説です。 ※この作品はフィクションです。作品内に登場する人物や団体は実際の人物や団体とは一切関係はございません。作品内で語られている事実は、現実と異なる可能性がございます…

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...