628 / 850
第十六章
森の中
しおりを挟む
鬱蒼とした森に中に、テニスコートほどの面積をもつ広場。その広場の真ん中に、一台のトラクターが駐車していた。
時刻は朝を迎えたが、日の光は周囲の木々に阻まれて広場にはまだ射し込まない。
そんな薄暗い広場に、馬に乗った二人組の帝国軍兵士が入ってきた。
「おい。あれか?」
一人の兵士が、トラクターを指さす。
「あれだろう。他に、それらしい物は見あたらないし……」
「それにしても、なぜこんな簡単な任務をみんなは嫌がるのだろうな?」
「まったくだ。基地からそんな離れているわけでもない場所に、ただ荷物を届けるだけ。爽やかな朝の散歩のようなものだろう」
他愛のない会話をしながら、兵士たちはトラクターに近づき、ドアをノックした。
「ヤナ様。食料をお届けに参りました」
トラクターの中から、ゴソゴソと音がしてから返事が聞こえてくる。
「おお! 今、開ける」
扉が開き、東洋人の中年男……矢納が顔を出す。
「ゴホ! ゴホ!」
扉が開くと同時に、大量の煙が車内から溢れ出てきて、若い帝国軍兵士が咽せかえった。
一瞬火事かと思ったが、すぐにタバコの煙と分かる。しかし、帝国ではタバコは禁止されているはず。
こっそり吸っている者も少なくはないが、この兵士は吸ったことなどない。
せっかく朝の清々しい気分を台無しにされ、一言文句を言いたくなった。
「あの……ヤナ様」
「ああ?」
「タバコは、法律で禁止されています」
矢納は顔をしかめる。
「ああ!? なんか文句あるか!?」
帝国内で喫煙は確かに違法だが、こんな辺鄙なところで吸っても、たいてい黙認されている。しかし、帝都から着任したばかりのこの兵士に、そんな暗黙の了解など分かるわけがなかった。
「いえ……その……」
もう一人の兵士が空気を読み、とにかくこの面倒な状況を早く終わらせようと書類を差し出す。
「受け取りのサインをお願いします」
サインをもらって、さっさと逃げようと思ったのだが……
「ヤダ」
逃がす気はないらしい。この男は、喫煙を咎められると徹底的に不機嫌になるのだ。
「サインをしてもらわないと、困るのですが……」
「俺は困らん」
「……」
「サインをして欲しければ、何か芸をやれ」
「ええ! そんな」
「そっちの男は、タバコを吸え」
受け取りのサインをもらえなければ、二人の兵士は帰れない。しかし、この男……矢納の機嫌を損ねてもならないとも厳命されている。
それをいいことに、矢納は二人の兵士に次々と嫌がる事を強要した。
この時になって、二人の哀れな兵士たちは悟る。
この男に食料を届けるだけという簡単な任務を、なぜみんなが嫌がるのかを……
結局、二人の兵士が矢納からサインをしてもらうまで一時間を要した。
その間に、芸をさせられたり、歌を歌わされたり、タバコを吸わされたりと散々な目に……
へとへとになって帰る道すがら、兵士の一人がつぶやく。
「あのおっさん、あそこで何をしているんだ?」
「なんでも、フーファイターとかいうドローンを操作しているらしい」
「フーファイター!? あの空飛ぶ円盤か。しかし、なぜこんなところで一人で……基地でやればいいだろ」
「さあ? 隔離されているのじゃないのか?」
「確かに……あんな性格の悪いおっさんがいたら、基地内の雰囲気が悪くなるな」
「あるいは、フーファイターのコントロールをしているなら、敵から狙われる危険がある。だから、基地から離れた、見つかりにくい場所にいるのじゃないかな?」
「なるほど……」
それからしばらく、二人は無言で進む。
茂みの近くまで来たとき、片方の兵士が言った。
「俺さあ、利敵行為は良くないことだと思うんだな」
「は? いきなり何を? 良くないも何も、下手したら銃殺刑だぞ」
「そうだな。でも、あのおっさんの居場所だけは、カイト・キタムラに教えてやりたい気分だな」
「奇遇だな。俺もだよ」
そう言って兵士は馬を止め、茂みに向かって叫ぶ。
「おい! カイト・キタムラ。フーファイターの操縦者なら、森の広場にいるぞ」
「ワハハ! 茂みの中に、カイト・キタムラのドローンが隠れていたりしてな」
時刻は朝を迎えたが、日の光は周囲の木々に阻まれて広場にはまだ射し込まない。
そんな薄暗い広場に、馬に乗った二人組の帝国軍兵士が入ってきた。
「おい。あれか?」
一人の兵士が、トラクターを指さす。
「あれだろう。他に、それらしい物は見あたらないし……」
「それにしても、なぜこんな簡単な任務をみんなは嫌がるのだろうな?」
「まったくだ。基地からそんな離れているわけでもない場所に、ただ荷物を届けるだけ。爽やかな朝の散歩のようなものだろう」
他愛のない会話をしながら、兵士たちはトラクターに近づき、ドアをノックした。
「ヤナ様。食料をお届けに参りました」
トラクターの中から、ゴソゴソと音がしてから返事が聞こえてくる。
「おお! 今、開ける」
扉が開き、東洋人の中年男……矢納が顔を出す。
「ゴホ! ゴホ!」
扉が開くと同時に、大量の煙が車内から溢れ出てきて、若い帝国軍兵士が咽せかえった。
一瞬火事かと思ったが、すぐにタバコの煙と分かる。しかし、帝国ではタバコは禁止されているはず。
こっそり吸っている者も少なくはないが、この兵士は吸ったことなどない。
せっかく朝の清々しい気分を台無しにされ、一言文句を言いたくなった。
「あの……ヤナ様」
「ああ?」
「タバコは、法律で禁止されています」
矢納は顔をしかめる。
「ああ!? なんか文句あるか!?」
帝国内で喫煙は確かに違法だが、こんな辺鄙なところで吸っても、たいてい黙認されている。しかし、帝都から着任したばかりのこの兵士に、そんな暗黙の了解など分かるわけがなかった。
「いえ……その……」
もう一人の兵士が空気を読み、とにかくこの面倒な状況を早く終わらせようと書類を差し出す。
「受け取りのサインをお願いします」
サインをもらって、さっさと逃げようと思ったのだが……
「ヤダ」
逃がす気はないらしい。この男は、喫煙を咎められると徹底的に不機嫌になるのだ。
「サインをしてもらわないと、困るのですが……」
「俺は困らん」
「……」
「サインをして欲しければ、何か芸をやれ」
「ええ! そんな」
「そっちの男は、タバコを吸え」
受け取りのサインをもらえなければ、二人の兵士は帰れない。しかし、この男……矢納の機嫌を損ねてもならないとも厳命されている。
それをいいことに、矢納は二人の兵士に次々と嫌がる事を強要した。
この時になって、二人の哀れな兵士たちは悟る。
この男に食料を届けるだけという簡単な任務を、なぜみんなが嫌がるのかを……
結局、二人の兵士が矢納からサインをしてもらうまで一時間を要した。
その間に、芸をさせられたり、歌を歌わされたり、タバコを吸わされたりと散々な目に……
へとへとになって帰る道すがら、兵士の一人がつぶやく。
「あのおっさん、あそこで何をしているんだ?」
「なんでも、フーファイターとかいうドローンを操作しているらしい」
「フーファイター!? あの空飛ぶ円盤か。しかし、なぜこんなところで一人で……基地でやればいいだろ」
「さあ? 隔離されているのじゃないのか?」
「確かに……あんな性格の悪いおっさんがいたら、基地内の雰囲気が悪くなるな」
「あるいは、フーファイターのコントロールをしているなら、敵から狙われる危険がある。だから、基地から離れた、見つかりにくい場所にいるのじゃないかな?」
「なるほど……」
それからしばらく、二人は無言で進む。
茂みの近くまで来たとき、片方の兵士が言った。
「俺さあ、利敵行為は良くないことだと思うんだな」
「は? いきなり何を? 良くないも何も、下手したら銃殺刑だぞ」
「そうだな。でも、あのおっさんの居場所だけは、カイト・キタムラに教えてやりたい気分だな」
「奇遇だな。俺もだよ」
そう言って兵士は馬を止め、茂みに向かって叫ぶ。
「おい! カイト・キタムラ。フーファイターの操縦者なら、森の広場にいるぞ」
「ワハハ! 茂みの中に、カイト・キタムラのドローンが隠れていたりしてな」
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん、異世界でスローライフはじめます 〜猫耳少女とふしぎな毎日〜
桃源 華
ファンタジー
50代のサラリーマンおっさんが異世界に転生し、少年の姿で新たな人生を歩む。転生先で、猫耳の獣人・ミュリと共にスパイス商人として活躍。マーケティングスキルと過去の経験を駆使して、王宮での料理対決や街の発展に挑み、仲間たちとの絆を深めながら成長していくファンタジー冒険譚。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる