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第十四章

盗まれた記憶

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「どうじゃ若者よ。これでもレム君のやろうとしていたことを『くだらない』と言うのか?」
「確かに『くだらない』は言い過ぎた。動機も理解できた。しかし、やり方が間違っている」
「それはわしも同感じゃ。レム君の悲しい体験は同情するが、彼はやってはならない事をやってしまった」

 やってはならない事を、やりまくっているあんたが言うか!

「レム君は、BMIを使って人同士を直結させようとしたのだ。だが、できあがった装置は、彼の満足するものではなかったのだよ」
「なぜ?」
「レム君の持ってきた機械は、一度人の思考をデジタル化してコンピューターに取り込み、それを再び他人の脳に送り込む装置だ。しかし、一度コンピューターに取り込んだ情報はいくらでも加工できる。つまり、嘘や隠し事はいくらでもできるのだ。それに情報を受け取る側の人間も、ファイアウォールがあって怪しい情報は跳ね除けてしまう」
「そりゃあ、そうでしょう。そうでもなきゃ危なくて使えない」
「わしもそう思う。しかし、レム君はそれではダメだというのじゃ。それでは真心が通じないと」
「はあ? 真心?」
「そこで、レム君は本題に入った。脳間通信機能をレム君の理想実現に使えないかと」
「その相談に来たのか?」
「表向きはな」
「表向き? 裏があったのか?」
「そうじゃ。そもそも、その程度の事なら、何度もメールで相談を持ちかけられていた。その度にわしは『君の理想実現の役には立たない』と返事をしていた。だが、次第にレム君は疑いを抱くようになった。わしが嘘をついているのではないかと」
「嘘をついていたのか?」

 ジジイはコクっと頷いた。

「レム君からはメールでよく聞かれていた。脳間通信機能で、人同士を常時接続状態にすることは可能か? とか、脳のどの部位が脳間通信機能を司っているのか? とか。わしはその質問をはぐらかしていた。彼はそれが可能だと分かったら、実行する気でいたようなのでな」
「あんたはその時点で、危険性を知っていたのか?」
「危険だという事は分かっていた。だから、レム君には常時接続状態は不可能だと嘘をついていた。だが、彼はそれほど甘くなかったのじゃ。彼には、わしが喋らなくても、聞き出す手段があったからな」
「それじゃあ、BMIを使ってあんたと接続した目的は……」
「そう。自分の過去をわしに知ってもらうためではなく、わしから情報を盗み出す事が目的だった。そして、レム君は、その情報を元にブレインレターを使って、脳間通信機能を目覚めさせる方法を見つけてしまったのだ」
「その事に、気がつかなかったのか?」
「その時は、まったく気がつかなかった。気がついたのは、レム君が計画を実行し始めてからだ。その時には、すでに数千人の人間が接続されてしまっていた」

 そんなに……せいぜい百人ぐらいと思っていたが……

「ファイアウォールもなしにそんな大勢の人間をつなげてしまったら、大量に入ってくる情報を一人の人間の脳では処理仕切れなくなる。当然、ほとんどの人間は発狂してしまった。だが、レム君をはじめ一部の人間は正常な精神状態を保っていた。いや、実際には正常なんかではない。その人達は、すでに一つの巨大な精神体の端末と化していたのだ。精神体と旨く融合できなかった者達は、発狂するしかなかったのだよ」

 ジジイはそこで、空になったショットグラスを差し出した。

 残りのウイスキーをすべて注ぐと、ジジイは再び語り始める。

「事態に気がついたわしは、やめるように説得を試みた。だが、その時点でレム君はレム君ではなくなっていた」

 どういう事だ?

「多くの精神が融合して生まれた、統合人格とも言うべき存在になっていたのだ。姿は確かにレム君だったのだが、その中にいたのは、かつてわしとウイスキーを酌み交わしたレム君とは、似て非なる存在と化していたのだ」
「そして、当局に通報したというのか?」
「そうじゃ。だが、甘かった。まさか、電脳空間サイバースペースにコピーを逃がしていたとは。わしがそれを知ったのは、マトリョーシカ号でコピー人間として再生された時じゃ。だから、わしのオリジナル体は、何も知らないまま地球で生涯を終えたのだろう」
「あんた、そこまで知っていながら再生されて何もしなかったのか?」
「馬鹿言え。いろいろとやったわい」
「何かやったのか?」
「うむ。協力するふりをして、マトリョーシカ号のコンピューターへのアクセス権を得た後、科学文明を築くのに必要な人材のデータを削除しておいた。そのせいで、レムが地上に築いた帝国の文明は、十六世紀頃の水準まで後退したのじゃ」

 あれも、このジジイの仕業だったのか。
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