569 / 893
第十四章

盗まれた記憶

しおりを挟む
「どうじゃ若者よ。これでもレム君のやろうとしていたことを『くだらない』と言うのか?」
「確かに『くだらない』は言い過ぎた。動機も理解できた。しかし、やり方が間違っている」
「それはわしも同感じゃ。レム君の悲しい体験は同情するが、彼はやってはならない事をやってしまった」

 やってはならない事を、やりまくっているあんたが言うか!

「レム君は、BMIを使って人同士を直結させようとしたのだ。だが、できあがった装置は、彼の満足するものではなかったのだよ」
「なぜ?」
「レム君の持ってきた機械は、一度人の思考をデジタル化してコンピューターに取り込み、それを再び他人の脳に送り込む装置だ。しかし、一度コンピューターに取り込んだ情報はいくらでも加工できる。つまり、嘘や隠し事はいくらでもできるのだ。それに情報を受け取る側の人間も、ファイアウォールがあって怪しい情報は跳ね除けてしまう」
「そりゃあ、そうでしょう。そうでもなきゃ危なくて使えない」
「わしもそう思う。しかし、レム君はそれではダメだというのじゃ。それでは真心が通じないと」
「はあ? 真心?」
「そこで、レム君は本題に入った。脳間通信機能をレム君の理想実現に使えないかと」
「その相談に来たのか?」
「表向きはな」
「表向き? 裏があったのか?」
「そうじゃ。そもそも、その程度の事なら、何度もメールで相談を持ちかけられていた。その度にわしは『君の理想実現の役には立たない』と返事をしていた。だが、次第にレム君は疑いを抱くようになった。わしが嘘をついているのではないかと」
「嘘をついていたのか?」

 ジジイはコクっと頷いた。

「レム君からはメールでよく聞かれていた。脳間通信機能で、人同士を常時接続状態にすることは可能か? とか、脳のどの部位が脳間通信機能を司っているのか? とか。わしはその質問をはぐらかしていた。彼はそれが可能だと分かったら、実行する気でいたようなのでな」
「あんたはその時点で、危険性を知っていたのか?」
「危険だという事は分かっていた。だから、レム君には常時接続状態は不可能だと嘘をついていた。だが、彼はそれほど甘くなかったのじゃ。彼には、わしが喋らなくても、聞き出す手段があったからな」
「それじゃあ、BMIを使ってあんたと接続した目的は……」
「そう。自分の過去をわしに知ってもらうためではなく、わしから情報を盗み出す事が目的だった。そして、レム君は、その情報を元にブレインレターを使って、脳間通信機能を目覚めさせる方法を見つけてしまったのだ」
「その事に、気がつかなかったのか?」
「その時は、まったく気がつかなかった。気がついたのは、レム君が計画を実行し始めてからだ。その時には、すでに数千人の人間が接続されてしまっていた」

 そんなに……せいぜい百人ぐらいと思っていたが……

「ファイアウォールもなしにそんな大勢の人間をつなげてしまったら、大量に入ってくる情報を一人の人間の脳では処理仕切れなくなる。当然、ほとんどの人間は発狂してしまった。だが、レム君をはじめ一部の人間は正常な精神状態を保っていた。いや、実際には正常なんかではない。その人達は、すでに一つの巨大な精神体の端末と化していたのだ。精神体と旨く融合できなかった者達は、発狂するしかなかったのだよ」

 ジジイはそこで、空になったショットグラスを差し出した。

 残りのウイスキーをすべて注ぐと、ジジイは再び語り始める。

「事態に気がついたわしは、やめるように説得を試みた。だが、その時点でレム君はレム君ではなくなっていた」

 どういう事だ?

「多くの精神が融合して生まれた、統合人格とも言うべき存在になっていたのだ。姿は確かにレム君だったのだが、その中にいたのは、かつてわしとウイスキーを酌み交わしたレム君とは、似て非なる存在と化していたのだ」
「そして、当局に通報したというのか?」
「そうじゃ。だが、甘かった。まさか、電脳空間サイバースペースにコピーを逃がしていたとは。わしがそれを知ったのは、マトリョーシカ号でコピー人間として再生された時じゃ。だから、わしのオリジナル体は、何も知らないまま地球で生涯を終えたのだろう」
「あんた、そこまで知っていながら再生されて何もしなかったのか?」
「馬鹿言え。いろいろとやったわい」
「何かやったのか?」
「うむ。協力するふりをして、マトリョーシカ号のコンピューターへのアクセス権を得た後、科学文明を築くのに必要な人材のデータを削除しておいた。そのせいで、レムが地上に築いた帝国の文明は、十六世紀頃の水準まで後退したのじゃ」

 あれも、このジジイの仕業だったのか。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...