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第十二章

アーニャ・マレンコフの焦り

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 甲板に出ると、上は満天の星空。

 星だけでなく、大小三つの月が輝いている。

 昼食の時に出したテーブルはまだ出したままだった。

 すでに片付けてあるが、昼間サマーベッドを並べてあった辺りではエシャーとロッド、ルッコラが眠っている。

 月明かりの照らす中、僕とミール、アーニャの三人でテーブルを囲んだ。

 アーニャがアクリル製のショットグラス三つをテーブルに並べて、それぞれにスキットルの中身を注ぐ。

 ウイスキーの香りが漂い、僕の鼻腔をくすぐった。

「変わった香りですね」

 ミールがショットグラスに鼻を近づける。 

「ミール。気を付けて。その酒は凄く強いから」
「強いのですか?」
「蒸留してアルコールを濃くしてあるんだ」

 言ってから気が付いたけど、ナーモ語に『蒸留』に該当する単語はあるのかな?

「蒸留って、薬を作るときに使う技術ですけど、地球人はそれをお酒に使っていたのですか」

 蒸留技術自体はあるのか。

「それにしてもカイトさん。夜の甲板の上って、なんかいい雰囲気ですね」

 そう言ってミールは、僕の横に椅子ごと移動してきた。

 すかさずPちゃんが、僕とミールの間に割り込む。

「ちょっとPちゃん。なんのつもりですか?」
「チェイサーをお持ちしました」

 そう言ってPちゃんは、氷水の入ったグラスを並べていく。

 しかし、チェイサーを配り終わっても、Pちゃんはそこをどこうとしない。

 仕方なくそのまま三人で乾杯した。

 アーニャは、口を着ける前にグラスを月に掲げた。

「今から思うと信じられないわね。三十年前、十五歳だった私があの月でレムと戦ったなんて」

 そう言ってアーニャはグラスに口を着ける。

「あの時、私は長生きなんてできないと思っていた。それが、こうして、かつて戦った場所を眺めながら、酒を飲むなんて考えられなかったわ」

 そこでアーニャはチェイサーを口にした。

「北村海斗君」
「はい?」
「カ・モ・ミールさん」
「なんでしょう?」
「ごめんなさい」

 え? なんでアーニャが謝るのだ?

「定時連絡の時、あなた達に嫌みな事を言ってしまったわね」

 え? あれってイヤミだったのか?

「君が盗賊団と戦うと言った時、正直言うと私はなじりそうになった。でも、君の言っている事が正しいと分かっていたから、辛うじてそれは抑えたわ」

 詰られるところだったのか?

「三十年前、月面で私と一緒に戦った仲間達は全員生き延びた。なのに、一番年下の章 白龍が病気で死にかけている。私は、彼をどうしても助けたかったのよ。だけど、彼の病気を治すにはプリンターが必要。そんな時に、香子さんと芽衣さんが来てリトル東京の存在がはっきりと分かった。だがら、私と馬 美鈴は《海竜》をなんとか動かせるようにして、プリンターを手に入れるためにリトル東京へ向かった。正直、交換部品もなしに、たどり着けるかどうかも分からない旅だったけど……」

 そんな危険を冒していたのか。

「ところが、カルカに戻ってきたら、君が先にプリンターを持ってきていた。だけど今度は、カートリッジが足りない。それを知って、私は楊 美雨を詰ったわ。自分の夫よりも武器を優先したのかと……冷静に考えれば、楊 美雨の判断は正しかった。武器を作らなければカルカは蹂躙されていたのだから……それなのに、彼女は私に何も言い返さないで、泣いていたわ。その涙を見て、冷静さを取り戻して私は彼女に詫びた」

 僕の見ていないところでそんな事が……

「君がカートリッジ奪還作戦を立てていると聞いたのはその時。だから、私はこの作戦への参加を志願した。ところが今度はロータスを盗賊団から守るために、作戦は一時中断。神様はよっぽど章 白龍を殺したいみたいね」

 この人、冷静そうに見えていたけど、実は章 白龍を助けたくて、必死だったのだな。

「三日です」
「え?」

 僕が突然言った事に、アーニャはキョトンとした表情を浮かべる。

「三日で盗賊団を潰しましょう。潰して心置きなく、カートリッジ奪還作戦を再開するんです」
「そうね。二度とふざけた真似ができないように、完膚なきまで叩き潰してやりましょう」
「あの……」

 ミールが口を挟んできた。

「あたしも明日は頑張ります。でも、一人だけ助けてあげて欲しい人が……」

 僕とアーニャはミールに視線を向ける。

「あの……急がなきゃというのは分かるのですが、カミラ・マイスキーさんだけは……」
「ミール。彼女が君のやった事を知ったら、復讐するかもしれないよ」
「それでも、これ以上あの人を不幸にしては、あたしが辛いのです。任務のためとは言え、あの人を陥れたのはあたしです。軽い気持ちでやった事で、まさかこんな事になるなんて……」

 ミール……

「分かった。カミラ・マイスキーは、生け捕りにするという方針で」
「カイトさん。ありがとうございます。無理を言ってごめんなさい」
「いいんだよ」

 僕も、あの人は殺したくないからね。
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