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レード山林地帯開拓編

第23話 隣領地にご挨拶

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 俺達は元カールの東隣の領地。つまり現フォルン領の東隣であるナイラ領へとやって来た。

 お隣さんになったので挨拶というわけだ。

 ナイラ領の規模は元カール領程度。つまり小規模の領地だ。

 今のフォルン領よりも力の弱い領地だが……まあいつものごとく偉そうにされるだろう。

 昔から見下されていた土地だ。根付いた潜在意識は簡単には消えない。

 そう思いながら、ナイラ領主の屋敷に訪れたのだが……。

「よ、ようこそいらっしゃいました! 本来ならばこちらから向かうべきところを! 申し訳ありません!」

 ナイラ領主は若い女性だったのだが、俺達を客間にいれた瞬間に土下座を繰り出した。

 相手の低姿勢が予想外すぎて動揺してしまう。セバスチャンにいたっては。

「こちらこそ申し訳ありませんぞ!」
「ひ、ひいっ!? 何故アトラス領の方が土下座を!?」

 何故か土下座返しを行う始末。あまりの事態に混乱しているようだ。

 そりゃ今までひたすら見下されてたのに、いきなり相手が土下座とかどうなってんだ。

 待てよ、油断させて暗殺でも狙っているのではなかろうか!?

「センダイ! すぐに周囲を警戒しろ! 俺を守れ!」
「ご安心を。怪しい賊はいないでござる」
「なんだと!? ならば何故土下座をされている!? 理屈が合わない!」
「悲惨」

 ラークが悲しい者を見る目をしている。その冷ややかな視線に俺の煮えたぎった脳が落ち着いていく。

 よく考えれば俺達のほうが力が強い。ならこういった反応もアリか。

 今までとの落差がありすぎて脳が受け入れなかった。

 セバスチャンに至っては今も理解が追い付いてないらしく。

「申し訳ございません!」
「こちらこそ申し訳ございませんぞ!」
「いえいえこちらこそ申し訳ございません!
「いえいえいえこちらこそ」
「土下座の無限ループに入ってるんじゃない! 落ち着けセバスチャン! これは現実だ!」

 一喝するとセバスチャンも我を取り戻したようで。

「はっ!? あまりの事態に理解が追い付かず、土下座るクセが……」
「……客観的に見ると、すごく悲しいクセだよな」

 昔からのフォルン領関係者のクセである。どうせこちらが悪いと言われるのだから、必死に謝るしか選択肢がなかったのだ。

「申し訳ございません! 皆さまに不快な思いを……!」
「いや俺達の完全な自滅なので、頭を上げてください……」
 
 何とか頭を上げさせて、改めて挨拶をすることにした。

 すでに土下座の名刺交換はしたようなものだが……もうこの時点で、お互いに苦労してるんだなって伝わってきたし……。

「私はフォルン領主。アトラス・フォルン・ハウルクです」
「わ、私はナイラ領主。ライナ・ナイラ・ララナイラで申し訳ありません!」
「いや謝られても……」

 何故か自己紹介で謝られる始末である。貴族最下層で有名な俺達の全盛期……いや最も酷い時期でもここまで卑屈ではなかったぞ!?

 ナイラ領主は俺達と目を合わせない。常に腰を下げて低姿勢でいる。

 俺達を座席に座る様に促すが、部屋に彼女が座る椅子が見つからない。

 それについて尋ねてみると。

「わ、私は立ってお聞きします! 私ごときがアトラス様と同席など、恐れ多く……」
「いやあの。俺達だけ立って話すのもやりづらいというか……」
「も、申し訳ございません! すぐ用意します!」

 ナイラ領主は転がるように部屋を出て行って、小さな椅子を抱えて戻って来た。

 明らかに俺達よりもグレードが低い椅子だが……まあいいか。

「そ、それで本日はどのようなご用件で不満があるのでしょうか!? 誠心誠意対処いたしますので、どうかご許しを……」
「いや挨拶に来ただけなんですが……」

 怒られる前提だったらしい。初対面でそんな理不尽なことがあるわけがあるが。

 フォルン領は初対面の貴族にいきなりやってこられて、怒鳴られたこともある。

 しかもうちが悪いのではなくて、うちが納品した小麦を使ったパン屋の過失で。

 あまりにも意味不明過ぎる。

 同情しながらナイラ領主を観察する。長い黒髪で大人しそうな美人だ。

 レスタンブルク国では女性が領主になることは可能。ただし極めて優秀であるという条件がつくので……女性が領主なのはすごく珍しいが。

 この極めて優秀、というのが曲者だ。国ではやはり男尊女卑の流れがある……男領主を推奨しているので、客観的に優秀であることを示さねばならない。

 なのでだいたいの場合、女性領主は魔法使いだ。魔法を使えるということは、誰も文句が言えない優れた事実だから。

「ナイラ領主は魔法使いなのですか?」
「は、はい! 魔法使いで申し訳ございません!」

 ナイラ領主は椅子に座りながら、すぐに土下座できるように両手を構える。

 いちいち謝られると会話にならないが……ここで謝らないでと言っても無意味だ。

 謝ってることに謝ってくる未来が見える。

「……強い」

 ラークが俺に聞こえるように呟いた。

 彼女が強いと称するならば、ナイラ領主はかなりの凄腕になる。

 …………これ狙い目じゃね? レード山林地帯攻略の戦力に。

「ナイラ領主! 貴殿にお願いがあります!」
「え、えっと何をお手伝いすれば……」
「どうか協力して頂きたい! ナイラ領主のお力が必要なのです!」
「は、はひっ! 私に出来ることならば!」
「これは助かります! ありがとうございます!」

 俺はナイラ領主の手をとって握手する。

 ヨシ! 押し切った! 魔法使いゲット! これで山林地帯の開拓が一歩前進したぞ!

 まだ用件言ってないけど、出来ることなら受けてくれるらしいし!

「卑劣」
「我が主君ながら卑怯でござるなぁ」
「だまらっしゃい」

 魔法使いは喉から手が出るほど欲しいんだよ! ちゃんと謝礼も出すし!

 こんなところで魔法使いの助力を得られるとは思わなかった。

「実はレード山林地帯の開拓に、魔法使いの戦力が必要なのです。あそこが開拓されれば、ナイラ領も潤いますし悪い話ではありますまい」
「え、えぇ!? あんな危険な場所を!? 私には無理です!? 魔法使いとは名ばかりのゴミですよ!? 絶対邪魔になります!」
「大嘘」

 ラークに否定されて、真っ青な顔をしているナイラ領主。危険な場所に行きたくないのだろう、見るからに臆病だし。

 彼女はどんな魔法を使えるのだろうか。性格的には風とか操りそうだな。

「ちなみにどんな魔法が使えるか、見せていただけますか?」
「え、えっと……は、はい……」

 ナイラ領主は震えながらも、椅子から立ち上がり部屋の隅に置いてあった杖を手に取る。

 俺を何度もチラチラと見ながら、杖を握りしめて。

「あ、あの。本当によろしいのですか……?」
「もちろん」

 笑顔で返答する。ナイラ領主は更に真っ青な顔になりながら。

「……狂え。恩讐を果たす……怨恨、憎悪の償却を……!」

 ナイラ領主の身体が発光し目が鋭くなる。先ほどまでのオドオドした様子とは消え去って……俺を殺意の含んだ目で睨んでくる……えっ?

 恐ろしい寒気を背筋に感じた瞬間。

「よくも私を土下座させてくれたなぁぁぁぁ!」

 先ほどとは比べ物にならない声量の叫びと共に、飛び上がって殴り掛かってくるナイラ領主。

 椅子から立ち上がり、床に飛び込むように回避!

 ナイラ領主の拳の直撃を受けた椅子は粉々に砕かれ、床にクレーターができている。

 ……やばくね? 何これ? もしかして俺はとんでもないことを命令してしまったのでは……。

 更にナイラ領主の目は俺をロックオンしている。やばい、全身の震えが止まらんぞ!

「センダイ! ラーク! 助けろ!」
「自業自得」
「拙者、護衛であって化け物退治は仕事にないでござる」
「う、裏切り者がぁ! うぉっ!?」
「よくも、よくも私を領主にしてくれたなぁぁぁぁぁ!」
「それは俺じゃねぇ!?」

 配下に見捨てられた俺は、部屋中を駆け回って二分くらいナイラ領主から逃げ回った。

 すると彼女は元の大人しい姿に戻った。

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「こちらこそすみませんでした!」
「こちらこそ申し訳ありません!」
「こちらこそ」
「アトラス殿、永遠に終わらないでござるよ」

 俺とナイラ領主の謝罪無限ループが始まっていた。

 凄まじく怖かった……恨みを力にする魔法だろうか……。

 俺に全く関係ないことも叫んでたので、理不尽極まりなかったが……ナイラ領主には逆らわないでおこう……。

「ところで彼女、レード山林地帯の戦力に使うのでござるか? 制御不能では」
「……間違いなく力はあるし」
 
 ナイラ領主の力は俺が身をもって知っている。

 うまく使えばかなりの戦力になるはずだ! うまく使えなかったら知らん!
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