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エトワーテル辺境伯領

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私が執務室に戻れば、そこには珍しくメイド長がいた。

私を見て頭を下げる2人。

それを見ながら私は仕事をする時の椅子に座って書類を手に取った。

メイド長はその名の通りこの屋敷の中を仕切り、自分自身もキルシュに使えている。

確かキルシュもばあやと慕っていたか。

とすればキルシュ関連のことだろう。

私はメイド長が長ったらしい挨拶をする前に話し出す。

「なにか問題があったのか。」

「いえ、そのようなことは。」

「ではなんだ。」

この間も私は忙しなく仕事をする。

「領主様は今どこへ行かれていたのですか?」

「用件だけ話せ。」

私が少し強く言うと、メイド長はシワの多い手をぎゅっと握った。

「...最近キルシュ様はとても勉学に意欲的で、それと同時にふと何かを思い出しては嬉しそうにするのです。」

えっ、自慢?惚気?なに?

そんなキルシュ私も見たいけど?

「領主様、最近キルシュと会いませんでしたか?」

何故そこで私が出てくる。

「高等学校の相談をされたくらいだ。」

あの時は緊張していて可愛かったなぁ。

「あれはもう数ヶ月も前です。」

横から執事が何かを言っているが、私は昨日のように思い出せる。そんなはずはない。

まあ確かにあの見張り台で話したりしたが別に公務には関係の無いことばかりだ。

「では恋ですかね。」

メイド長がぼそっと呟くと同時に私の手の中で万年筆が折れた。

執事は折れた音にギョッとし、ススッと目を逸らした。

「キルシュ様はきっと気づいていないのでしょうが、あの嬉しそうな顔は小さい時にアーノルド様にハグされたときと同じ顔だったので...私めは心配してしまいました。」

メイド長は照れるように言う。
私は万年筆を変えてまた公務を再開させる。

「領主様も早く奥様を作って、子供を産んで、弟離れ・・・してもらわなくては。」

私は思わず溜息をつきそうになる。

「何回も言っているだろう。結婚はしない。だれかに子供も産ませる気も無い。」

「何故です。世継ぎはどうなさるのですか!」

「お前の言う通りキルシュが恋に落ちているなら、キルシュとそいつの子に継がせればいい。
キルシュが誰かを選ばなくてもルルがいる。叔父もそのために生かしているのだしな。」

「...っ。ではアーノルド様の幸せは!どう「口を慎め。」...!」

メイド長が黙ったことを確認して口を開く。

「人の幸せなど様々だ。」

私は手を止める。

「お前の言う幸せを否定するつもりは無い。ただ、知っていて欲しい。」

顔を上げて何も無い壁を見る。

そしてふっと笑った。思い浮かべたのは今日のはにかんだキルシュだ。

それを見てメイド長は目を見開く。

「ばあや、私は今幸せなんだ。」

メイド長はハッと私の視線の方向を向く。

気づいたのだ。
その視線の方向にはキルシュの部屋があることに。

「やはり...ずっとお気持ちは変わられていなかったのですね。」

メイド長は悲しそうに眉を下げる。

変わるものか。

キルシュに思う気持ちは何年も変わらない。

例え私自身が変えたいと願った時さえ。

「キルシュが恋をしているのなら私だって応援したいと思っている。キルシュには恋愛結婚をして欲しいと思っているからな。」

「キルシュ様への婚約の話が来ないのはそういうことですか。」

勿論。打診に来たものは全部暖炉の薪として使わせてもらった。

しかしわざわざその事を教える必要も無い。

私はそれに答えず書類と向き合う。

「私は...。」

そこで言葉を切ったメイド長は下を向く。

そしてそのまま私を見ることなく、スカートの端をつまみ、頭を下げた。

「私の伝えたいこと、聞きたいことはそれだけです。」

「そうか。部屋でゆっくり休め。」

その言葉を聞き、メイド長は執務室を出ていった。

執事は私を見て、口を開く。

「今日はもうおやすみになられては。」

私はゆっくり1回瞬きをして、手に持っていた書類を置く。

「...ああ、そうさせてもらう。」

私は席を立ち、マントと帽子を被る。

「お前も程々にしろ。」

私が執事にそう声をかけると、執事は少し微笑んだ。

あの様子じゃ私の言うことを聞かないだろう。

しかしそれをどうすることも出来ない。

ここで強く言ったところで、執事の罪悪感を大きくするだけだ。

私は執務室から出て、部屋に戻った。

部屋に戻ったら帽子やマントを掛け、軍服を脱ぎ、シャツだけを着た状態になる。

今日は早いからシャワーも浴びれそうだ。

私は部屋についている脱衣場で服を脱ぎ、浴室に入る。

浴室、シャンプー、濡れた髪。

私は今日のキルシュを思い出し、下半身に熱が集まるのがわかる。

駄目だ、こんなこと。

弟だぞ。

頭から追い出そうとしても追い出せない。

腕を引かれた感覚。

頭を撫でた感触。

やめてくれ、駄目なんだ。

嬉しそうにこちらを見てくる金色の目。

風に靡く黒い髪。


ーーー淡い色の薄いくちびる。


「...んっ。」

私は自分のそれに手を這わせていた。

快楽と罪悪感が襲ってくる。

「はぁっ、あっ。」

段々快楽が大きくなっていき、罪悪感は消えないはずなのに手の動きは早くなっていく。

「ごめん、ごめんっ。」


『おやすみなさい、兄上。』


そうはにかんだキルシュ。



ーーー好きだ。



私は熱を吐き出した。

息を整えている私の頭には1つの言葉が思い浮かんでいた。

『では、恋ですかね。』

どうしようもない。

キルシュには恋をして、好きな相手と結婚して欲しいと思ってる。

しかし今までキルシュにそういう話は無かった。

だから想像がつかなかったのだ。

「キルシュ...。」

心には穴がぽっかり空いている。なのに私は諦められそうにはなかった。

こんなに悲しいのにまだキルシュが幸せな家庭を築くことを願っている。

「私も大概、メイド長と同じだな。」

私は手早く身体を洗った。
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