無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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エトワーテル辺境伯領

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21時。

勉強をやめなきゃ。

僕はペンを置いて席を立つ。

明日はいよいよ試験だ。

僕は歯を磨く。

明日は遅くても6時に起きて、着替えて、ご飯を食べて、少し勉強して...。

この部屋に試験官をお招きする。

「もう寝る。魔力を切ってくれ。」

メイドにそういうと部屋が暗くなる。

「今日はもう休んでくれ。」

僕が髪を解き、ベッドに入りながらそういうと、メイドはおやすみなさいませ、と言って空になった紅茶のカップを持って部屋を出ていった。

僕は暗い部屋で白い天蓋を見つめる。

この国を作ったのが...で。

そのための戦いが...で。

そうそう、無機物が主語の時は言葉の最後に...が付いて。

魔力をこの世界に生み出した神の名前が...で、魔力を安定させたのが...。

えーっとよく使うのが...定理と...法則とあとあと。

駄目だ、寝れない。

僕は目を瞑って何も考えないようにする。

水の神...に仕えているのは天使...で。

ああいや何も考えないようにしなくては。

あれ?火の神に仕えているのは、ああ天使...様か。

火と言えば王国の北にあった火山の名前は...で。

僕はぎゅっと目を瞑る。

ちゃんと苦手なところはやったし、大丈夫。

大丈夫。大丈夫。



全然寝れない...。



目を開けて時計を見ればもう22時だ。

1時間も寝れずにごろごろしている。

寝なきゃ。寝なきゃ。

焦る気持ちを抑えられない。

そうこうしてるうちに30分が経った。

ソワソワして落ち着かない。

いつもこういう日はどうしていただろう。

いつも、そうだいつもは。

僕はベッドから出る。

あの見張り台に行こう。

この時間ではきっと兄上には会えない。

それでも良かった。あそこから夜景を見れば心も落ち着くはず。

僕は部屋の外から音がしないことを確認してドアを開けた。

はずだ。

ドアを開けるとそこに兄上がいた。

兄上は少し目を見開いている。

僕もきっと目を見開いているだろうが、そんな兄上にびっくりする。

「あに...。」

僕が兄上を呼ぼうとしたら口を手で塞がれた。

自分ではない手が唇に触れている。
兄上の手だ。やましいことなんてないのに、予想だにしない状況に心臓がばくばく言っている。

兄上の金色の目が周りを確認している。

その様子に1番最初の疑問が勘違いだったのではないかと思う。

もしかして兄上が僕を遠ざけていたのではなく、誰かが僕から兄上を遠ざけていたのか?

状況はよく分からないが、僕と兄上が一緒にいるのはなにか良くないのかもしれない。

もしそうならば。

僕は兄上の手を掴んで唇から離し、その手をそのまま引いた。

兄上を強引に僕の部屋の中に入れ、僕は音が立たないようにドアを閉める。

鍵も閉めておこう。

これで大丈夫なはず。

すると兄上は僕の後ろに立った。

僕は兄上とドアに挟まれ、困惑する。

兄上の方を振り向けない。振り向いたらあの綺麗な顔が目の前にあるのだろう。

兄上の手が顔の横のドアに触った。

これは、本当に、どういうーーー。

僕が困惑していると、兄上の魔力がドアや壁全体を巡った。

もしや、これは

「防音結界...。」

「よくわかったな。」

兄上の声がすぐ後ろで聞こえた。

その声に反応して指がぴくっと動くが、気づかれなかったようだ。

兄上は防音結界を貼ると、そんな僕の困惑などいざ知らず、腕を下げ1歩引いた。

僕はそれを背中で感じて兄上の方を向くが、されど1歩。

兄上の顔も体も全てが近くて居心地が悪い。
それ以前に兄上が僕の部屋にいるというのがとても不自然だ。

心を落ち着かせるどころか、頭はフル回転だ。

「明日は試験だろう。もう寝たのだと思っていた。」

そういう兄上も困惑しているのだろう。
いつもと違って少しだけ目が合わない。

威厳のある雰囲気でも無ければ、見張り台で会うときのようにリラックスしているようにも見えない。

それは兄上が人であることを見せつけてくるようだった。

今まで兄上は兄上だと思っていたのだ。
見張り台のときでさえ、息抜きさえ完璧にこなす兄上だった。

兄上は僕にとって尊敬する対象で、叶わない相手で。

決して嫉妬をするような相手じゃなかったはずだ。

目の前で僕と目を合わせることも出来ず居づらそうにしている兄上が、領地を発展させた凄腕領主で、学園を飛び級卒業、貴族間で有名な冷徹なサイコパス?

僕は兄上の質問に答えることなく、兄上の人差し指を掴む。

以前は触れることさえおこがましく感じたのに、今はこんな近くにいる。

兄上の手に僕の指が触れると指がぴくっと動いた。
そして兄上と僕の視線が交差する。

この人をもっと困らせたい。

嫉妬から生まれた初めての欲望に僕は翻弄される。

僕は人を困らせるようなことをわざわざした覚えはないし、次男と言えど貴族として振舞ってきたつもりだ。

なのに今、僕はどうしたらこの人を困らせられるか考えている。

指が触れただけでこの反応だ。

このまま手を繋ぐか?駄目だ、もっと突拍子もないことがいい。

では頭を撫でてもらう...のは躊躇しないことがわかっている。


では、ハグ...とか?


「キルシュ...?」

兄上は聞いたことの無い声音で、僕の名前を呼ぶ。

それだけで少し満たされた僕は悪い人なのかもしれない。

いや、尊敬する人をこれから困らそうというのだから僕は悪い人なのだろう。

僕は暗闇の中で兄上の金色の瞳を捉える。

「兄上、抱きしめて貰えませんか。」

どこか冷静な理性が、子供のようだと兄上に見限られたらどうする、と言ってくるがそんなものは視線を逸らした兄上を見れば吹き飛んだ。

瞳を揺らす兄上は確実に困っていた。
しかし何故かあまり満たされない。

兄上に触れている指を握り返され、指が離れた。

僕は兄上が何を言うのかと興味が湧く。

大人になれと言われるのだろうか。

もしかすると兄上が避けている、もしくは兄上と僕が会わないようにされている理由を聞けるかもしれない。

何故そんなことを、と言われたらこう答えるのだ。

ばあやが兄上は小さいころ、僕をよく抱きしめてくれたと言っていたの、でーーー

僕は目を見開く。

思考は強制的に停止させられた。


これは、どういう。


兄上の爽やかな匂いと紙とインクの匂いが鼻腔を掠める。

僕の腕の上から兄上の腕が腰に回っている。

もう1つの腕は僕の肩を抱き、僕は全身が兄上にくっ付いていた。


抱きしめられてる。


変な気持ちだ。
息をする度に非日常な香りがするし、後ろはドアで引くに引けない。

居心地は悪いし、兄上の鍛えられた体はやはり尊敬に値するものだ。

なのに、少しだけ。落ち着く。

僕の頭はまさに真っ白だ。

「落ち着いたか?」

頭の横が少し動き、兄上の少し強ばった声音が上から降ってくる。
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