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第1話  一家の恥と言われている令嬢

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「リル! こんな魔法も使えないの!? まったく! あなたは本当に私達の娘なの!? この魔法は初歩の初歩なのよ!」
「こんな簡単な魔法が使えないだなんて公爵家の恥晒しだ! こんな娘を学校に通わせるわけにはいかん! 地下牢に閉じ込めて、魔法が使えるようになるまで外に出すな!」

 私達の住む国、アラーセリアは、貴族の血を引く多くの人は魔法が使えるという国です。
 遅くとも五歳になった頃には生活魔法が使えるようになるのですが、私は何一つ使うことができませんでした。

「ご、ごめんなさい……」
「謝るくらいなら魔法を使えるようになれ!」
「そうよ! 周りになんて言ったらいいの! パサードの言う通り閉じ込めましょう」

 指示された騎士は戸惑いながらも、私の手を取り歩き出しました。

 恥晒しと言われてもしょうがありません。

 そう思い、抵抗はせずに、私は騎士と共に地下牢に向かったのです。

 私、リルーリア・ベイディは公爵家の次女ではありますが、五歳の頃から二年間は地下牢の硬いベッドで毎日眠り、メイドが持ってきてくれる冷たい食事を一人で食べ、魔力が切れるまで魔法を使う練習をするのが日課でした。

 もちろん、誰かが教えてくれるわけではありません。
 魔法のことについて書かれた本を渡され、独学で勉強しなければなりませんでした。

 ですが、その頃、文字が読めない私には意味がありませんでした。

 牢屋を見張る騎士達は皆優しかったので、お父様達が私に無関心であることを知ると、文字を教えてくれたりお菓子をくれたりして仲良くなっていきました。

 三日に一度、身体を洗ってくれる男爵家の令嬢だというメイドも優しくて、表立っては私のためには動けないけれど、身体を洗ってくれる間に魔法を使うコツなどを教えてくれました。

 成長していくうちに、私は生活魔法を上手く使えるようになっていきました。

 なぜ、私が魔法を使えなかった理由がわかったからです。

 魔法のことが色々と書かれている本を魔導本というのですが、魔導本の上級者編には、このようなことが書かれていました。

『数十万人に一人の割合でしか、この魔法を使える人間は現れない』

 その魔法を自分が使えることがわかってからは、私は使ようになったのでした。

 私がとある魔法を使えると分かれば、両親は手のひらを返し私を絶賛することでしょう。

 けれど、私はこのことを絶対に両親には伝えたくありませんでした。
 今まで私にやって来た仕打ちを口だけで詫びると思ったからです。

 伝えるのであれば、家を出てからです。
 家を出て、自分の身の安全と自由が確保されてから、とある魔法が使えることを発表するつもりでおりました。

 そして、それから十年以上の月日が経ち、十七歳になった今では、なんなく生活魔法は使えるようになっておりましたが、屋敷の中で軟禁生活を強いられておりました。

 なぜなら、五歳の頃から二年間程、地下牢に閉じ込められていましたから、いきなり学校に通うようになって「今まで何をしてたの?」と聞かれた場合に困りますものね。

「地下牢に閉じ込められていました」

 なんて言おうものなら、公爵家の評判がガタ落ちですもの。

 私は世間体的には学校にも通えないくらい、身体の弱い子供として扱われておりました。

 そんなある日のことです。
 部屋で魔法のコントロールの練習をしていると、外からかけられている鍵が解錠された音が聞こえました。

「ちょっと、リル! 今日はお友達が来るから、邸の中をウロウロしないでちょうだいね」

 勝手に中に入ってきたのは、お姉様でした。

「私が部屋から出ることはほとんどありませんが……。それに、鍵は外側にしかありませんので、鍵をかけておいていただけたら大丈夫ですよ」
「うるさいわね! 誰か来たと思って、部屋から出るかもしれないじゃないの!」
「ですから、外へは出られません」
「解錠の魔法を覚えたら良いじゃないの!」
「……はあ」

 今年、十九歳になる方の発言とは思えません。
 部屋に閉じ込めている人間に解錠する魔法を覚えろと言うなんて、前々から謎発言をする人でしたが、やはり、おかしなお姉様です。

 ストレートの金色の髪を背中に流している、リローゼお姉様は、陶器のような白い肌に、くっきりした二重瞼に青色の瞳を持っておられ、鼻筋の通った、頭は残念ですが、見た目はとても美しい方です。

 お姉様の顔立ちはお母様に似ておられます。
 私も仲の良い使用人や騎士からは、お母様に似ているとよく言われるのですが、目尻の上がったお姉様やお母様に比べて、私は下がり気味なので、いつでも自信がない、大人しそうな顔に見えてしまいます。

 私の髪と瞳の色はお父様譲りのダークブルーで、年齢よりも体の成長が遅くなってしまったのか、十七歳になったというのに、未だに幼い顔立ちに小柄な状態で、使用人達からは十五歳以下に見えると言われています。

 髪を伸ばす必要はないので、令嬢にしては珍しいセミロングの長さしかありませんが、お手入れはしやすいので、とても楽です。

「ちょっと、間抜けな顔をして私を見ないでよ!」

 お姉様は手に持っていた扇を私に投げつけると、満足したのか私に背を向けました。

 カーペットも敷かれていない木の板の床に落ちた扇を、お姉様の侍女が拾う際に、私の顔を見て鼻で笑いました。

 こうやって、私を馬鹿にするとお姉様からお金がもらえるらしいです。
 侍女も貴族の娘のはずですが、お金に困っているのでしょうか?
 それとも、性格が悪いだけでしょうか。

「バーカ」

 侍女はそう言うと、笑顔でお姉様のほうに向かって走っていきます。

「さっきの悪口はどうでしたか?」
「捻りが足りないわ。でも、給金は増やしてあげる」
「ありがとうございます!」

 この邸の侍女やメイドの三分の一くらいはお姉様の信者、というより、お金の信者で、両親も私がメイド達に馬鹿にされてもしょうがないと思っているので、止めてくれる気配はありません。

 こんな生活がいつまで続くのか憂鬱になっていたある日、両親に呼び出されて応接室に向かうと、私には婚約者がいると知らされたのでした。


 
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