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プロローグ

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「ぅん……ク、クロぉ……これ、な……に……?」

必要最低限の家具だけが置いてあるマンションの一室。僕は20も歳の離れた青年に押し倒され、身に着けていたYシャツに向かってどこから持ってきたのか分からない小瓶から、琥珀色の液体をタラタラと垂らされていた。

部屋中に漂う甘く、どこか懐かしい香り。その正体には覚えがある。

「――ぁんッ!!」

しかし、すぐに答えを聞き出すことは叶わない。目の前の青年が“待ちきれない”と言わんばかりに、ぬめり気のある液体によって汚されたYシャツ上から僕の弱い部分……胸の小さな突起を探し当て、グリグリと刺激してきたのだ。下のインナーまで染み込んだ液体は、何十年も前から繰り返される男の開発により、赤黒く熟してしまった乳頭を浮かび上がらせていることだろう。

紘汰こうた……どう、気持ちイイ?俺、本で読んで――行儀悪いかもしんねぇけど、お前と試してみたくてさぁ……。紘汰も感じてんだな?乳首こんなに硬くして……」
「ん、あっ……ちょ、ちょっと待ってぇ……!!」

クロはこちらの言葉に耳など貸さず、Yシャツのボタンを外すと、インナーから透ける乳首を指先で弾いたり、カリカリと優しく掻いては僕を翻弄する。そして、すっかり形を成した部分に歯を当て、甘噛みした。

「ぁっ……ぅんっ――!!」

こんな行為、“おじさん”となった今では恥ずかしくて耐えられず、悪知恵ばかり学習する彼を嫌いになりそうだ。『昨日は酷くして悪かったな。朝飯作ってやるから、紘汰は大人しく寝てろよ』と40過ぎの僕の額にキスを落し、ブランケットを掛けてくれた姿にすっかり気を許してしまっていたというのに。

「クロったら酷いよ!!昨日は僕、シャワーだって浴びてなかったのに……」

昨晩の情事を思い起こし、身体中が熱くなる。元はと言えば僕が悪いのだけれど……職場である彩雨さいう保育園で、新任保育士の歓迎会があることを忘れていたのだ。慌てて家で夕食の準備をしていたクロに連絡を入れたまでは良かった。だって彼は度が過ぎるくらいの心配性で、僕が帰宅するまで一睡もしない。毎回のように『浮気してねぇよな?』と眉を釣り上げて睨みを利かせてくるものだから、僕は彼が可愛いくて仕方がなかった。

春先のクロは以前の名残なのか、ヤケに熱っぽく僕を求めてくる。散々シた後でも物足りないのか、彼が初めてのバイトで貯めたお金を如何わしいお店の商品――“大人のオモチャ”の類に費やしていることも、僕は知っていた。

「だからってさ……酔っぱらった“おじさん”押し倒して無理矢理挿入する人間がどこにいるの?クロにはもう、発情期がないハズでしょ」

我ながら年不相応な口調だとは思いながらも、彼を目の前にするとあの頃にタイムスリップした感覚に陥り、甘ったれてしまう。

「はぁ?好きな奴に年齢なんか関係ねぇだろ。それに紘汰は“おっさん”じゃねぇから。俺がバランス良く食わせてやってるし、身なりも整えてやってる。お前は学生の頃から童顔だし、筋肉もねぇひ弱だからな――いつまで経っても可愛いよ」

最後の方はもう、悪口ではないだろうか。けれどクロの言葉通り、僕は実際の年齢より若く見られることが多い。いや、ただ頼りないだけなのかもしれないが。

「でもさ、お風呂だけ……せめてシャワーくらいは浴びさせて欲しいのに、クロってば勢い任せでがっつくんだもん」

首から鼠径部そけいぶ……そしてインナーに隠れて見えない秘部にまで、問題児だった頃の面影を残す青年は吸い付き、僕の身体に赤い痕を付けた。このままでは休日明けの明後日、どのように出勤したら良いのか分からない。軟膏でも塗っておけば、治りは早いだろうか。

「悪かったって言ってるだろ?俺が丁度仕事を終えたトコに、お前がイイ匂いで帰ってきたモンだから……つい、な……」
「“仕事”ねぇ……?」

俯く彼の向こう側。フローリングの隅には、僕が衣替えの時期に処分した記憶のあるTシャツや下着、靴下なんかが一箇所にまとめられており、その上には何故か何枚ものティッシュが丸まった状態で散乱していた。きっと僕が仕事で家を留守にしている間、どこかに隠し持っていた衣類を引っ張り出してきたのだろう。これには、『俺がゴミに出しといてやるよ』の言葉なんて信じなければよかったと後悔する。

「クロが『そんなボロイ服、捨てちまえ!』って言ったんじゃない。その靴下だって、穴が空いてたから捨てたのに……」
「そ、それは……!!紘汰の匂いが染みついてるから、巣作りに必要なんだ。頼むから捨てないでくれ……お前が居ないときにだけにスるから……」

涙目でこちらに訴えかけてくる男に呆れてしまう。彼――クロは、僕の服を使った自慰行為を止められず、衣類を積み重ねては巣を作り、そこに顔を埋めて性的興奮を高める節がある。最初は干し終わった洗濯物を畳んでいる最中に盛り、こっそり抜いていたようなのだが……再び洗濯槽に投げ込まれたシャツに纏わりついた乳白色の粘液と、独特な香りに僕が気付かない訳がない。彼を問い詰めると自身の精液であることを認めたので、二度と同じ過ちを繰り返さないように、週1ペースだったセックスを金曜と土曜の2回に増やし、満足させた気でいた。とはいえ、年度末や異動時期なんかは飲み会が重なり、彼は寂しさを募らせていたのだと思う。昨晩だって本当は定時に帰宅し、彼の若い身体に蓄積されていく性欲を、僕の身体を使って処理してやるつもりだったのだから。

人間の身体――それも青年期の身体に慣れないクロは、性欲を上手くコントロール出来ない。それは僕が一番分かっていることだから、自分の身を挺してでも、なんとかしてあげたかった。

僕と彼がこうして一緒に居られること自体が奇跡なのだから。
「お前の話も聞かないで、俺……自分のことばっか考えちまって……本当に悪かった!!」

クロは目に涙を溜め、頭を下げた。帰宅直後、僕は欲求不満な彼に襲われるように抱かれ、激しい情事と酔いとでソファ上で意識を失っていたのだ。彼はきっと反省しているのだろう。懐かしい香りはホットケーキのようで、手にしている小瓶は推測するに、メープルシロップなのだろう。今では何でもそつなくこなせるクロが、朝食にホットケーキを焼いてくれたということは、“仲直りしたい”という意志の表れなのだ。

「――しょうがないなぁ……もう許してるよ。僕の方こそ、昨日は満足させてあげられなくてごめん。ちゃんとお風呂に入ってナカまで綺麗にしてくるからさ……そしたら続きをしようよ」

こう誘い文句を述べながら、クロの悪戯によって塗りたくられたメープルシロップを拭き取ろうと、布巾を探す。ようやく見つけたそれに手を伸ばそうとしたとき、彼によって腕を掴まれた。

(ク……ロ……?)

クロはじっと僕を見つめたかと思うと『このままでいい』とボソリ、呟いた。

「え?――んぅ…ちょ、ちょっとク……んんっ!!」

彼は自分自身の身体までもヌラヌラとしたシロップで汚れていくのにも構わず、僕を引き寄せ、顎下を押さえては恭しくキスを落した。それだけでは足りないのか、頬に垂れていたシロップを指で絡めとると、僕の口に含ませ――それを舐めるように激しいキスを繰り返す。彼のザラついた舌が上顎や歯をなぞり、唾液を混ぜ合わせる度にピチャピチャと言う音が室内に反響する。こんな音、恥ずかしくて堪らないのに……お互い失っていた時間を取り戻そうとしているように思えて、なんだか幸せな気分になってしまう。

「んちゅ……んん――あっ……はぁっ……」

クロにしがみつく恰好で貪られるようなキスに耐え、“苦しいから離して”の意味合いで、彼の背をポカポカと叩いているとようやく唇が離され、呼吸が楽になる。しかし、舌同士が透明な糸で繋がっているのが見えれば、下半身が熱を持ち始めてしまった。昨晩散々Hしたというのに、ちょっと弄られ、キスされた程度で盛ってしまうなんて――クロに負けないくらい理性を失っているようで情けない。今の僕は彼より20も年上なのだから、クロの行為を戒めなければならない立場なのに。

「く、クロ!苦しいから止めてよ……僕がキス下手だって知っているくせに、意地悪しないでよ!」

慌てて拳で口の端を拭い、こう喚く。また年齢にそぐわない発言をしてしまったと反省しながら。

どうして彼と一緒にいると、20年前にタイムスリップしたような感情になるのだろう。クロは僕の悩みなんかお構いなしにクスリと笑うと、『お前はヤケに歳に拘るけどさ、俺にとっちゃ関係のねぇことだから……昔からお前は可愛いし、唆られる匂いがすんだ。間違いなく俺を誘ってるだろ。お前の気を紛らわしてやったんだから、このままもう1回挿れさせてくれよ』なんて懇願してきた。

(そんなこと言われたって……)

僕だってもっとシたい――クロが好きだ。後にも先にも相手にするのはこの青年……僕の童貞どころか、処女まで奪ったクロしかいないだろう。だが、何年経っても慣れというものは訪れず、身体は正直に反応してしまう。どうにかしてピンッとテントの張った股間を鎮めようとこの身を小刻みに揺らしたのだが、クロはその光景を見逃さなかった。

「なんだ紘汰。さっきのキスで勃っちまったんじゃねぇか」
「クロがえっちなキス……するからでしょ……」

一言一言、言葉を選び、彼を刺激しないように諭すつもりだった。でなければ彼はまた執着に駆られた淫らなセックスをするに違いない。

「ふーん……“キスだけ”でこんなにねぇ……」
「へっ!?」

クロは形がハッキリと分かる程、膨れ上がった僕の陰部を下着上から片手で覆うと、そのまま先端を上下に扱きだした。他人よりもずっと短小で、包皮に覆われたそれも彼にとっては最高の獲物らしい。
追加のシロップが注がれ、瓶が空になる頃には、赤く色付いた包皮が手慣れた指使いによって捲られ……天井に向かって反り立つ亀頭を見せつけるかのように、パンツを引き下ろされてしまう。

(バカッ!!バカバカバカ!!クロのバカ――!!!)

あの頃とは異なり、かすれくぐもった声をこれ以上彼に聞かれたくなくて、唇を噛む。それでもクロはその行為が“普通”だと言わんばかりに僕の鈴口にも軽く口づけを落し、そのまま一気に咥え込んできた。

「――なぁ……声出せって、紘汰。我慢しちゃ身体に毒だって教えてやったろ?」
「んぅ……だ、だって……僕、もう――――ッ!!!」

『“おじさん”なんだってば』そう告げようとするのを制するかのように、余った包皮を唇によって動かされると……裸になったり隠れたりを繰り返す亀頭が、耐え切れない快感に襲われる。

「んくっ……あ、あぁっ!!や、いやだ!!クロに嫌われちゃう……!!」
「――嫌う訳、ねぇだろ」

脳内の考えを隠す余裕すらなく、ソファからガクガクと腰が浮いてしまえば、待ってましたと言わんばかりに相手の手が差し込まれ――蕾の周りをなぞられた。

「なぁ紘汰。咥えたまま後ろも弄ってやるからさ……俺の口の中に出しちまえよ。“餌やり”してんだと思えば、恥ずかしかぁないだろ」
「そ、そんなこと言ったってぇ――んあっ!!」
大腿を伝い落ちるぬめり気のあるシロップは、蕾周りまですっかり濡らしてしまっていて、彼の指を拒もうと力を入れようにも、第二間接まですんなり受け入れてしまう。僕を煽るようにちゅぽちゅぽと蕾から出し入れされる彼の指と、舐め回され続ける亀頭への熱で、身体は弓なりになって痙攣する。

「あ、あぁあ!!――――……イッ――――!!!」

視界が霞むのと同時にクロの喉が動く。彼が僕の出した白濁液を飲み込んだのだと察した。しかし、まだ何かを求めているのか、介抱のつもりなのか……亀頭に啄むようなキスをする男を、僕は本気で嫌いにはなれなかった。

クロ。現世での名前を“羽野 翼はの つばさ”として生きる彼は、僕が21年前に出会ったある動物の生まれ変わりなのである。

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