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 知らない単語が飛び出して、キョトンと首を傾げる。
 正確には単語の意味がわからないのではなく、殿下と精霊に何か関係あるのかな、という疑問だった。
 そんな私に気づいた聖女様が、首を傾げて尋ねてくる。

「あら? 聞いてないの? 彼は精霊使いよ」
「……え?」
「言ってないの?」
「秘密にしていたからな、今の瞬間までは」
「あら、ごめんなさい」
「わざとだろ……」

 呆れる殿下と、得意げに笑う聖女様。
 その横で、驚いて口をポカーンと開けている私が、窓ガラスに反射して映っている。

 殿下が精霊使い?
 本当に?

「せ、精霊使いってあの、精霊使いですか?」
「他の精霊使いがあるのかしら?」
「さぁ、俺は知らないな」
「そういう意味じゃなくてですね!」
「わかってるよ。ルミナは相変わらず反応がいいな」

 殿下は笑う。
 少し恥ずかしくて、頬が赤くなる。

「黙っていて悪かったな。俺は大気の精霊に好かれているんだよ」
「大気の……風……」
「そう。気流を読んだり、風を操ったり、空気の振動で遠くの音を聞いたり、いろいろ便利だぞ」

 ふと思い出した。
 私がピンチな時、殿下は必ず駆けつけてくれた。
 その時に口していた印象的な言葉。
 風の噂――
 あれは比喩ではなく、本当に風から聞いていたのだ。
 疑問の一つが解消され、パズルのピースが埋まったような感動がある。

「その力で女の子のプライベートを覗いていたわけね」
「人聞き悪いことを言うな。俺が直接見ているわけじゃない。見ているのはあくまで風の精霊たちで、俺は彼らから教えられるだけだ」
「似たようなものじゃない」
「俺を覗き魔と一緒にしないでくれ」

 殿下は呆れたようにため息をこぼす。
 聖女様は本気で言っているわけじゃなくて、単にからかっているだけみたいだ。
 いたずらな笑みを見せて、聖女様が私に尋ねる。

「ルミナさんも怒っていいのよ? 変態な王子様に見つかって大変ね」
「おい」
「ふふっ、怒ることなんてありませんよ」
「あら? そう?」
「はい」

 何一つない。
 私は殿下に、笑顔で伝える。

「いつも、私のことを見守ってくれていたんですね」
「――! 見ていたのは俺じゃなくて、風の精霊たちだぞ」
「はい。精霊さんたちにも感謝しています。私が危ない時、殿下に知らせてくれていたんですね」

 風の精霊たちが見守り、何かあれば殿下に伝わる。
 そのおかげで、私は今も怪我なく生きている。
 どんな時でも駆けつけてくれる。
 まるで、私にとってのヒーローのように。
 嬉しくないはずがないよ。

「ありがとうございます。私を見つけてくれたのが殿下で、本当によかったです」
「……そうか」

 私が感謝を伝えると、殿下は目を逸らしてしまった。
 ちゃんと伝わらなかっただろうか?
 それとも重かっただろうか。

「あら? 珍しいわね。照れているの?」
「ほっといてくれ」
 
 なんてことはなくて、殿下は頬をほんの少し赤くしていた。
 それが嬉しくて、私は笑う。
 殿下でよかった。
 本当に、心からそう思う。
 願わくは、この先もずっと……。
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