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episode26-1
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あれから、美咲と美咲の祖母は久世の家に戻った。
美咲はそのまま一人暮らしをしてても良いと祖母は言ってくれたが、せっかく戻って来た祖母と暮らしたくて戻る事にしたのだ。
それから一週間ほど経った今日、出勤していた美咲は漆原に呼ばれていた。
「あー! 洸君綺麗になってる! 凄い!」
「当然。俺を誰だと思ってる」
「これならお祖母ちゃんも喜びますよー! 有難うございます!」
「いや、おそらく喜べない」
「え? 何でですか? 綺麗じゃないですか」
漆原は珍しく困ったように笑い、そっと洸の髪を梳くように撫でた。
「アンドロイドが依存症患者を忘れたら症状は急速に悪化する」
「でも直ったんですよね?」
「ボディはな。けどログとメモリ、こっちは復旧できなそうなんだ」
「……記憶が無くなるって事ですか!?」
「分からん。メモリに繋ぐ周辺パーツが熔解してて接続できないんだ。ここまで来たら解体して取り換えるしかない」
漆原はデスクトップパソコンのモニターをぐるりと美咲へ見せると、そこには図面が広がっていた。
図面のファイル名は洸の機種名である『Alife-Remedy Gene Resemble Yourself』となっている。
カチカチと図面を拡大し、大きく表示されたのは首の正面と後ろ部分だった。最新機種を始め、現在流通しているアンドロイドは皮膚に繋ぎ目など無いかのように人工皮膚が張り巡らされている。関節やアタッチメント換装部は多少残るものの、首は決して開いてはいけない繊細な個所のため強固にガードがされている。
しかしA-RGRYはかなり型が古いからか首の両脇にケーブルジャックがあり、しかも側面が全て開閉できるようになっていてくっきりと接合部分が見えている。これを隠すためにハイネックの服を着せる人間が多く、熱がこもって熱暴走するケース少なからず報告された。
そして記憶回路となるメモリパーツが埋め込まれているのは首の中央という、なんとも取り出しにくい場所に封印されている。衣服や装飾品により熱がこもり続ければ内部から焼けていく事も多く、洸はまさにそれだった。
「ほ、他に方法無いんですか」
「やるとしたら再起動だ。起動してエラーになればセキュリティコードに引っかかってリモート操作ができるようになる。そしたらこっちから取り出せるけど、エラーにならない場合がある」
「どんな場合ですか?」
「初期化だ。起動と同時に初期化が始まる」
「……記憶、全部無くなるんですよね……」
「ああ」
美咲は洸の顔を覗き込むようにして床に膝を付いた。
目を瞑り口を横一文字にして、それは静かに眠っているだけに見える。それはまるで商品パッケージされるのを待つ新機種のように美しい。
「……身を削って奇跡を起こしてくれたんだね……」
「奇跡? 何が?」
「私の所に来たじゃないですか。お祖母ちゃんと私を引き合わせたかったんです、この子」
「アホか」
「いたっ! 何ですか!」
漆原は呆れ果ててデコピンをした。
そしてノートパソコンのキーボードを叩いて何かの一覧を表示させると、それは洸に登録されている所有者情報だった。
登録者の欄には久世大河の名前があり、二十年ばかり前に情報更新がされている。
そして、ここ見ろ、と漆原が指差したのは所有者住所の欄だ。そこには藤堂小夜子邸の住所と、もう一件は美咲の住んでいたあのマンションの住所が入力されていた。
「こいつはお前の所に行ったんじゃない。自宅に帰ったんだよ」
「あそこはこの子の家じゃないですよ」
「登録されてるから家だよ。そこにたまたまお前がいただけで、お前がいなくてもあそこに行った」
「それならお祖母ちゃんの家に帰るのが普通です。でもわざわざあのマンションに来たのはやっぱり私に」
「ハイ、じゃあ問題。単独行動時にエネルギー切れが予測されるアンドロイドはどういう自立行動を取る?」
「登録されてる一番近い自宅かショップに行く――……」
アンドロイドは充電と内蔵バッテリーで稼働するが、当然それが尽きる時がある。
性能が上がるとともに一人で行動させられる事も増え、同時に外で充電が尽きて動けなくなるアンドロイドもいた。それを防ぐために、付近に所有者がいない場合は常に稼働可能時間がカウントされ、現状の目的達成までに充電が足りないというアラート出るとアンドロイドは自宅、もしくはメンテナンスや充電が可能な施設へと自動で向かうようになっている。
洸の場合は登録されている二件の住所がそれに該当するのだ。
「ようするに、充電切れそうな時に一番近かった自宅があのマンションだっただけ。以上」
「でも動画送ってくれたじゃないですか! 所有者の許可無くメール送信はできないはずです! きっと漆原さんが助けてくれるって思ったんですよ!」
「アホ! イベントの時教えたろ! エラーが起きたらエラーアラートのメールが飛ぶんだよ!」
「へ?」
漆原はぺんっと美咲の頭を軽く叩くと、業務マニュアルとして渡されたセキュリティ関連のテキストデータをモニターに表示させた。
美咲はそのまま一人暮らしをしてても良いと祖母は言ってくれたが、せっかく戻って来た祖母と暮らしたくて戻る事にしたのだ。
それから一週間ほど経った今日、出勤していた美咲は漆原に呼ばれていた。
「あー! 洸君綺麗になってる! 凄い!」
「当然。俺を誰だと思ってる」
「これならお祖母ちゃんも喜びますよー! 有難うございます!」
「いや、おそらく喜べない」
「え? 何でですか? 綺麗じゃないですか」
漆原は珍しく困ったように笑い、そっと洸の髪を梳くように撫でた。
「アンドロイドが依存症患者を忘れたら症状は急速に悪化する」
「でも直ったんですよね?」
「ボディはな。けどログとメモリ、こっちは復旧できなそうなんだ」
「……記憶が無くなるって事ですか!?」
「分からん。メモリに繋ぐ周辺パーツが熔解してて接続できないんだ。ここまで来たら解体して取り換えるしかない」
漆原はデスクトップパソコンのモニターをぐるりと美咲へ見せると、そこには図面が広がっていた。
図面のファイル名は洸の機種名である『Alife-Remedy Gene Resemble Yourself』となっている。
カチカチと図面を拡大し、大きく表示されたのは首の正面と後ろ部分だった。最新機種を始め、現在流通しているアンドロイドは皮膚に繋ぎ目など無いかのように人工皮膚が張り巡らされている。関節やアタッチメント換装部は多少残るものの、首は決して開いてはいけない繊細な個所のため強固にガードがされている。
しかしA-RGRYはかなり型が古いからか首の両脇にケーブルジャックがあり、しかも側面が全て開閉できるようになっていてくっきりと接合部分が見えている。これを隠すためにハイネックの服を着せる人間が多く、熱がこもって熱暴走するケース少なからず報告された。
そして記憶回路となるメモリパーツが埋め込まれているのは首の中央という、なんとも取り出しにくい場所に封印されている。衣服や装飾品により熱がこもり続ければ内部から焼けていく事も多く、洸はまさにそれだった。
「ほ、他に方法無いんですか」
「やるとしたら再起動だ。起動してエラーになればセキュリティコードに引っかかってリモート操作ができるようになる。そしたらこっちから取り出せるけど、エラーにならない場合がある」
「どんな場合ですか?」
「初期化だ。起動と同時に初期化が始まる」
「……記憶、全部無くなるんですよね……」
「ああ」
美咲は洸の顔を覗き込むようにして床に膝を付いた。
目を瞑り口を横一文字にして、それは静かに眠っているだけに見える。それはまるで商品パッケージされるのを待つ新機種のように美しい。
「……身を削って奇跡を起こしてくれたんだね……」
「奇跡? 何が?」
「私の所に来たじゃないですか。お祖母ちゃんと私を引き合わせたかったんです、この子」
「アホか」
「いたっ! 何ですか!」
漆原は呆れ果ててデコピンをした。
そしてノートパソコンのキーボードを叩いて何かの一覧を表示させると、それは洸に登録されている所有者情報だった。
登録者の欄には久世大河の名前があり、二十年ばかり前に情報更新がされている。
そして、ここ見ろ、と漆原が指差したのは所有者住所の欄だ。そこには藤堂小夜子邸の住所と、もう一件は美咲の住んでいたあのマンションの住所が入力されていた。
「こいつはお前の所に行ったんじゃない。自宅に帰ったんだよ」
「あそこはこの子の家じゃないですよ」
「登録されてるから家だよ。そこにたまたまお前がいただけで、お前がいなくてもあそこに行った」
「それならお祖母ちゃんの家に帰るのが普通です。でもわざわざあのマンションに来たのはやっぱり私に」
「ハイ、じゃあ問題。単独行動時にエネルギー切れが予測されるアンドロイドはどういう自立行動を取る?」
「登録されてる一番近い自宅かショップに行く――……」
アンドロイドは充電と内蔵バッテリーで稼働するが、当然それが尽きる時がある。
性能が上がるとともに一人で行動させられる事も増え、同時に外で充電が尽きて動けなくなるアンドロイドもいた。それを防ぐために、付近に所有者がいない場合は常に稼働可能時間がカウントされ、現状の目的達成までに充電が足りないというアラート出るとアンドロイドは自宅、もしくはメンテナンスや充電が可能な施設へと自動で向かうようになっている。
洸の場合は登録されている二件の住所がそれに該当するのだ。
「ようするに、充電切れそうな時に一番近かった自宅があのマンションだっただけ。以上」
「でも動画送ってくれたじゃないですか! 所有者の許可無くメール送信はできないはずです! きっと漆原さんが助けてくれるって思ったんですよ!」
「アホ! イベントの時教えたろ! エラーが起きたらエラーアラートのメールが飛ぶんだよ!」
「へ?」
漆原はぺんっと美咲の頭を軽く叩くと、業務マニュアルとして渡されたセキュリティ関連のテキストデータをモニターに表示させた。
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