【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
35 / 45

episode21

しおりを挟む
 祖母に帰宅も同居も断られ、祖父への怒りを抑える事ができず美咲は祖父の元へと乗り込んだ。
 インターフォンの代わりにどかどかと足音を鳴らし、家族の集まる和室へ飛び込む。するとそこには祖父を中心に据え、父と母も揃っていた。
 連絡も無く急にやってきた娘に二人は驚いたが、祖父は横目で見るとのん気にお茶を啜った。

「仕事は辞めて来たか」

 アンドロイドから手を引くまで帰ってくるなと言われていたが、そもそも美咲は帰る気がなかったし進路を変えるつもりもない。
 母とは連絡を取っているから父にも様子は伝わっているだろうと気にも留めていなかったし、祖父の事など気にもしていなかった。
 けれど祖母を死んだと見せかけ世間から隔離したとなれば話は別だ。美咲は我関せず我に従えという横暴を繰り返す祖父の横に立ち見下ろした。

「話があるなら座れ。目上の者への礼儀も知」
「お祖母ちゃんに会ったよ」

 美咲は祖父の小言を遮り言い放ち、祖父がの眉がピクリと揺れるのを見た。
 ちょっとやそっとじゃしかめっ面を崩さない祖父の動揺にざまあみろと心の中で蔑んだけれど、美咲の言葉に声を上げたのは祖父ではなく狼狽する父だった。
 実を言えば父もグルなのではないかと美咲は疑っていた。
 死んでなどいないという事実を言わない理由は美咲にだって想像はついても、それでも隠していた事には変わりがない。
 だが珍しく破顔して、祖父よりはよっぽど人間らしい反応をする父に安心感を覚えた。

「漆原さんが見つけてくれた。お祖母ちゃん元気だったよ」
「そうか! 母さんは今何処にい」
「何故お前が知っている!」

 祖父は美咲の胸倉を掴んで恐慌をきたした。
 父の嬉しそうな笑顔は珍しかったが、祖父がこれほどまでに冷静さを失ったのは初めてだった。
 それは父が唖然茫然としている事からも非常に珍しい事だと分かる。
 だが、どうせ自分の罪が再び白日に晒されないよう釘を打つつもりなのだろうと分かっている美咲はその手を振り払った。 

「捕まえて何しようっての!? 私が悪かったです~って謝罪会見でもさせるつもり!? 自分のメンツのために!!」
「あいつから何を聞いた! まさかまだアンドロイドなんかと暮らしてるのか!?」
「人を支えるのがアンドロイドの役目よ! あの子はそれを立派に果たしてるわ! 暴力オンリーの誰かさんと違ってね!」
「黙れ!! 何も知らない子供が!!」
「知らないわよ! でもお祖父ちゃんが浮気して失脚してお祖母ちゃんが失踪したって記事は知ってるわ!」
「お前っ……!!」

 感情のままに暴言を吐く美咲に、祖父はまたも手を振り上げた。
 バチンと音がさせて美咲の頬を叩き、その勢いで倒れる美咲を父がなんとか受け止めた。
 母はあまりの事にわああ、と声を上げて泣き出したけれど、美咲は負けじと祖父を睨んだ。
 しかし頬が真っ赤に腫れた孫を見ても傷つきも驚きもしていない。
 「出ていけ!! 二度と帰って来るな!!」
 子供の頃、美咲は祖父が恐ろしくて母の背に隠れてばかりだった。
 けれど、殴って背を向け逃げ去るしかできない祖父の姿はひどく滑稽に見えた。

 その翌日、父が母を連れて美咲と同じマンションに一時避難したと連絡があった。
 骨折させられた時ですら祖父を見限るような事は駄目だと言った母も美咲に二度も手を上げられた事で逃げる覚悟を決めたらしい。
 結局、妻も子供も孫も、全てを権力と暴力で従わせようとした男の元には金で買った家しか残らなかったのだ。
 痛む頬は名誉の勲章だとして、孤独になった祖父との離別を喜ぶ美咲は意気揚々と出勤した。
 両親ですらどこかスッキリした顔をしていけれど、それに渋い顔をしたのは漆原だった。

「ん~……」
「ざまあみろですよ。あんな奴にお祖母ちゃんの居場所教えてやるもんか!」
「え? じいさんは居場所知らなかったの?」
「そう! 追い出してハイさよなら~」
「……お前の母さんも殴られたって言ってたよな。それは何で殴られたの」
「片付けてただけですよ。写真とかボールペンとかハンカチとか、そんなのばっかり。ごみ捨てようと思ったら殴ったらしいです。最低」

 ふうん、と漆原は考え込んでいた。
 しばらく難しい顔をしていたが、ちらりと美咲を見てようやく口を開いた。

「お前祖母ちゃんと暮らしたい?」
「そりゃそうですよ。一人で暮らすならクソジジイが一人で暮らせです」
 そう、とため息を吐くと漆原はメモ帳に何かを書いて美咲に手渡す。
「これ調べて来い」
「はい?」

 メモを見て、その内容の意図が掴めず美咲は首を傾げた。

「こんなのどうするんですか?」
「祖母ちゃんと暮らすための説得材料だよ」
「え!? 説得できるんですか!?」

 祖父の事などどうでも良いけれど、祖母と一緒に暮らすための説得をどうするかは難題だった。
 例え祖父がいなくても、その息子や孫には関わりたくないから同居を断ったのだろう。
 けれど今までアンドロイドとたった二人で暮らしている祖母を放っておく事もできない。
 しかしやはり美咲には説得する自信はないしどうしていいかも分からない。しかも祖母に辿り着く事ができたのは美咲の力ではなく漆原の力だ。
 美咲がじいっと見つめると、漆原はにやりと笑った。

「助けてやっから言う通りにしろよ」
「は、はいっ!!」

 美咲は漆原のメモを持って走り出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

I my me mine

如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。 お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。 ある日、駅で知らない女性とぶつかった。 まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて! 振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。 「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。 本当に振り回しているのは誰だ?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...