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episode16-2
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このイベントは美咲にとっても憧れだった。入場は抽選で一度も入れた事は無いし、企業側で参加できるなんて美作の中でも一握りだ。憧れるのは美咲だけじゃない。
それなのにその場所を作るというのはあまりにも大きな仕事だ。それをやるのに自分が相応しいと思えるかというと全く思えない。きっと経験もあり適任といえる人物は美作程の会社ならごろごろいるだろう。
「……でも漆原さんが無駄な事するはずない。ヒント何だっけ」
自分に自信はないけれど、漆原朔也は凄い人間だという事には自信がある。
美咲はむくりと身を起こしパソコンデスクの椅子に座りノートパソコンを開いた。
「まずお金は使っちゃ駄目。でも誰かの力を借りるのは良い。業者は不正解って事だよね、あの言い方は。で、第一のみんなはできないけど私はできる。考える場所は家がベスト。しかも明後日までって結構すぐ――……そっか。私が即相談できる相手ってことだ」
何だろうと悩んでいると、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
普段は仕事中だというのに一体誰だとドアホンのモニターを見ると、そこには見覚えのある女性が映っていた。A-RGRYを発見し美咲におしつけたあの女性だった。またかとげんなりしながらも、それでも管理人としては無視する事もできなずトボトボとドアを開けた。
「ああ、ごめんなさいね。いてくれてよかったわぁ」
「今度は何でしょう……」
「アンドロイド充電室の電源が落ちてるんですけど、どうしたらいいのか分からなくて」
「え? ああ、はいはい」
ここはアンドロイド対応マンションというだけあり、施工自体がアンドロイドの様々な行動に耐えうるよう作られている。
共用部にはアンドロイド用の設備が幾つか備わっていて、その内の一つに自由に充電できる場所がある。自由にといっても無料という訳ではない。あくまでも充電用の装置があるというだけで、費用は各自に請求される。スマートフォンで言えば充電器だけ置いてあるようなイメージだ。
美咲は女性と共に充電室へ行くと、特に何かが壊れてるわけでは無く単に電源がオフになっているだけだった。スイッチをオンにするとウイイ、と起動する音が聞こえてきた。数秒するとすぐに電源ランプがオンを意味する緑色に点灯した。
「はい、これでいいですよ。オフになってる時はオンにして下さい。ここに使い方書いてあるんで」
「あらほんと。ごめんなさいね。アンドロイド対応マンションって初めてだから壊しちゃわないか不安で」
「アンドロイドと暮らすってのは色々大変ですからね」
「そうなのよお。自宅に全部の設備整えるよりは安いから助かるんだけどね」
充電用装置というのは一台十数万円と高額だ。その上アンドロイド本体とは別売りで補償も全く別のため、壊れたら修理か買い直す必要がある。そのうえアンドロイド一体を寝かせるので場所を取る。精密機器のため温度調整も必要となり、もはや日焼けサロンを一室設けるようなものなのだ。そしてこれがアンドロイドの購入を控えてしまう理由第一位でもある。
だがここならその装置は無料で使えるので、アンドロイド所有者には有難いマンションなのだ。こういった不動産の開発も進められているものの、不動産会社にしてみれば未知の領域のためその数はまだ少ない。
「お家賃高いから迷ったけど、やっぱりここにして良かったわ。モデルルームも素敵だったし」
「モデルルーム?」
「ええ。いきなり入居はできないわよ。体験しないと」
「……そっか……そっか! 分かった!」
「え? 何が?」
「有難うございます!」
「はあ」
美咲はがしっと女性の両手を握りしめお礼を言うと走って部屋へ戻った。
そしていそいそとオンラインビデオ通話アプリを立ち上げて通信を繋げた。その相手は――
「あ、お父さん? ちょっと相談があるんだけど」
『お祖母ちゃん見つかったか!?』
「え? あ、ううん。ごめん。全然別件」
美咲が連絡をした相手は父だった。
先日祖母を探すという話をして以来で、その報告を期待していたようでがくりと肩を落とした。
「もうちょっと待ってね。漆原さんも私も今カフェの準備で忙しくて」
『カフェ? 何だ、会社辞めるのか』
「ちがーう。イベントでカフェ作るの。でね、お父さん出展の準備助けてくれないかなーって」
『俺が? お前の仕事だろ』
「知恵だけでも貸してよ。お父さんの会社ってモデルルームやってたよね」
漆原が言っていたのは『動物カフェのアンドロイド版』だ。
つまり目的はアンドロイドの販売ではなく、アンドロイドとの生活を疑似体験させてあげる事ということになる。ならば美咲のアンドロイド対応マンションはその参考になるだろう。
しかも父親だから企業としてアポイントを取る必要も無いく、即相談ができるというわけだ。
『それはスポンサーとしてうちのモデルルームを提供するって事か?』
「スポンサー? あ、そっか。え? それってタダでやってくれるって事?」
『条件によるな。例えば漆原朔也が表に立つかどうかで大きく変わる』
「立つよ! だってうちの部署の出展だもん! むしろ出ずっぱり!」
『そりゃ良い。喜んでやらせてもらうよ。けど何でカフェなんだ? 展示だけでも十分だろう』
「新しい事やりたいからじゃない?」
『何でカフェなのかって話だ。新しけりゃいいならオンラインだけでできる楽なことだってあるだろ。でもカフェにこだわるなら何かあるはずだ。カフェ内で他のサービスとかサブスクリプションとか、なんかないのか』
「え? いや、何だろ。知らない」
『聞いておけ。それによって用意する物が違うだろ。カフェなら飲食のメニューも調理師もホールスタッフも制服も必要じゃないのか』
「そういやそうだ……」
『まあ漆原朔也はコーヒーショップのCMもやってたからそっちもスポンサーになってくれるだろうけどな』
「あ、そっか。そうだそうだ。制服なら漆原さんのアンドロイドファッションがあるし」
『その辺は聞いておけ。もし本当にやるなら責任者から俺に連絡をくれ。お前が仲介でいいから』
「うん、分かった。ありがとう!」
よしよし、と美咲は父の会社情報を調べ漆原に提出するようにまとめ始めた。
モデルルームや動物カフェ、そこからアンドロイドカフェに必要な物をピックアップしていく。ほとんど父が言った事を書き出しただけではあるが、とりあえず提案するにはなかなか充実した内容だ。
「楽しくなってきた。オフィスに籠るより外に出る方が楽し――」
はたと自分の言葉が引っかかり、キーを叩く手を止めた。
「……オフィスの外でやることか」
じっと考え込んでから、よし、と美咲は再びキーをたたき始めた。
そして二日後、美咲は自信満々に漆原に向き合った。
「出来たか?」
「バッチリ」
美咲はまとめてきた資料をモニターに映した。
そこには父の会社である北條不動産と漆原のスポンサーであるいくつかの企業の写真が並んでいる。
「北條不動産をスポンサーにしてアンドロイドカフェのモデルルームを出してもらいます。飲食メニューとスタッフは漆原さんのスポンサーにお願いする」
「お、スポンサーに頼むのは正解。でも北條はどっからきたんだよ。繋がりが無いぞ」
「うちの父がやってくれます! 漆原さんがいるならタダでいいって!」
「は? 何で親父さんが出てくんだよ」
「北條の役員なんですよ。あれ? 知ってて家で考えろって言ったんじゃないんですか?」
「いや、アンドロイド対応マンションなら参考になるとこあると思っただけ。つーかそれ本当に?」
「はい。というわけでお店の設営はクリア! で、もう一個! メンテナンスサービスを併設!」
「んあ? 何だって?」
「カフェでメンテできればアンドロイド持ってる人が来ますよね! あとアンドロイドファッションの販売もどうかなって。カフェで試着できたら楽しいですよ!」
「そりゃまあそうだけど……お前それ一人で考えたの?」
「はい! と言いたいところですけど、父です」
美咲はどうですどうです、と目を輝かせた。
自分で考えた事ではないけれど、これが漆原の狙いを捕らえてイベントの成功に繋がるなら父というコネクションを提供できたのは一つの功績でもある。
所詮ミーハーで入っただけであることを考えればこの程度でも大きな一歩だ。
「親父さんの言う通りだ。カフェの目的はアンドロイド関連サービスの広告」
「正解! やったー!」
「それじゃお前は北條とアポ取ってくれ。責任者は俺」
「はいっ!!」
やったぁ、と喜び美咲は即座に父へ電話を掛けた。
漆原ははしゃぐ美咲を見送り、そして嬉しそうにクスリと笑っていた。
それなのにその場所を作るというのはあまりにも大きな仕事だ。それをやるのに自分が相応しいと思えるかというと全く思えない。きっと経験もあり適任といえる人物は美作程の会社ならごろごろいるだろう。
「……でも漆原さんが無駄な事するはずない。ヒント何だっけ」
自分に自信はないけれど、漆原朔也は凄い人間だという事には自信がある。
美咲はむくりと身を起こしパソコンデスクの椅子に座りノートパソコンを開いた。
「まずお金は使っちゃ駄目。でも誰かの力を借りるのは良い。業者は不正解って事だよね、あの言い方は。で、第一のみんなはできないけど私はできる。考える場所は家がベスト。しかも明後日までって結構すぐ――……そっか。私が即相談できる相手ってことだ」
何だろうと悩んでいると、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
普段は仕事中だというのに一体誰だとドアホンのモニターを見ると、そこには見覚えのある女性が映っていた。A-RGRYを発見し美咲におしつけたあの女性だった。またかとげんなりしながらも、それでも管理人としては無視する事もできなずトボトボとドアを開けた。
「ああ、ごめんなさいね。いてくれてよかったわぁ」
「今度は何でしょう……」
「アンドロイド充電室の電源が落ちてるんですけど、どうしたらいいのか分からなくて」
「え? ああ、はいはい」
ここはアンドロイド対応マンションというだけあり、施工自体がアンドロイドの様々な行動に耐えうるよう作られている。
共用部にはアンドロイド用の設備が幾つか備わっていて、その内の一つに自由に充電できる場所がある。自由にといっても無料という訳ではない。あくまでも充電用の装置があるというだけで、費用は各自に請求される。スマートフォンで言えば充電器だけ置いてあるようなイメージだ。
美咲は女性と共に充電室へ行くと、特に何かが壊れてるわけでは無く単に電源がオフになっているだけだった。スイッチをオンにするとウイイ、と起動する音が聞こえてきた。数秒するとすぐに電源ランプがオンを意味する緑色に点灯した。
「はい、これでいいですよ。オフになってる時はオンにして下さい。ここに使い方書いてあるんで」
「あらほんと。ごめんなさいね。アンドロイド対応マンションって初めてだから壊しちゃわないか不安で」
「アンドロイドと暮らすってのは色々大変ですからね」
「そうなのよお。自宅に全部の設備整えるよりは安いから助かるんだけどね」
充電用装置というのは一台十数万円と高額だ。その上アンドロイド本体とは別売りで補償も全く別のため、壊れたら修理か買い直す必要がある。そのうえアンドロイド一体を寝かせるので場所を取る。精密機器のため温度調整も必要となり、もはや日焼けサロンを一室設けるようなものなのだ。そしてこれがアンドロイドの購入を控えてしまう理由第一位でもある。
だがここならその装置は無料で使えるので、アンドロイド所有者には有難いマンションなのだ。こういった不動産の開発も進められているものの、不動産会社にしてみれば未知の領域のためその数はまだ少ない。
「お家賃高いから迷ったけど、やっぱりここにして良かったわ。モデルルームも素敵だったし」
「モデルルーム?」
「ええ。いきなり入居はできないわよ。体験しないと」
「……そっか……そっか! 分かった!」
「え? 何が?」
「有難うございます!」
「はあ」
美咲はがしっと女性の両手を握りしめお礼を言うと走って部屋へ戻った。
そしていそいそとオンラインビデオ通話アプリを立ち上げて通信を繋げた。その相手は――
「あ、お父さん? ちょっと相談があるんだけど」
『お祖母ちゃん見つかったか!?』
「え? あ、ううん。ごめん。全然別件」
美咲が連絡をした相手は父だった。
先日祖母を探すという話をして以来で、その報告を期待していたようでがくりと肩を落とした。
「もうちょっと待ってね。漆原さんも私も今カフェの準備で忙しくて」
『カフェ? 何だ、会社辞めるのか』
「ちがーう。イベントでカフェ作るの。でね、お父さん出展の準備助けてくれないかなーって」
『俺が? お前の仕事だろ』
「知恵だけでも貸してよ。お父さんの会社ってモデルルームやってたよね」
漆原が言っていたのは『動物カフェのアンドロイド版』だ。
つまり目的はアンドロイドの販売ではなく、アンドロイドとの生活を疑似体験させてあげる事ということになる。ならば美咲のアンドロイド対応マンションはその参考になるだろう。
しかも父親だから企業としてアポイントを取る必要も無いく、即相談ができるというわけだ。
『それはスポンサーとしてうちのモデルルームを提供するって事か?』
「スポンサー? あ、そっか。え? それってタダでやってくれるって事?」
『条件によるな。例えば漆原朔也が表に立つかどうかで大きく変わる』
「立つよ! だってうちの部署の出展だもん! むしろ出ずっぱり!」
『そりゃ良い。喜んでやらせてもらうよ。けど何でカフェなんだ? 展示だけでも十分だろう』
「新しい事やりたいからじゃない?」
『何でカフェなのかって話だ。新しけりゃいいならオンラインだけでできる楽なことだってあるだろ。でもカフェにこだわるなら何かあるはずだ。カフェ内で他のサービスとかサブスクリプションとか、なんかないのか』
「え? いや、何だろ。知らない」
『聞いておけ。それによって用意する物が違うだろ。カフェなら飲食のメニューも調理師もホールスタッフも制服も必要じゃないのか』
「そういやそうだ……」
『まあ漆原朔也はコーヒーショップのCMもやってたからそっちもスポンサーになってくれるだろうけどな』
「あ、そっか。そうだそうだ。制服なら漆原さんのアンドロイドファッションがあるし」
『その辺は聞いておけ。もし本当にやるなら責任者から俺に連絡をくれ。お前が仲介でいいから』
「うん、分かった。ありがとう!」
よしよし、と美咲は父の会社情報を調べ漆原に提出するようにまとめ始めた。
モデルルームや動物カフェ、そこからアンドロイドカフェに必要な物をピックアップしていく。ほとんど父が言った事を書き出しただけではあるが、とりあえず提案するにはなかなか充実した内容だ。
「楽しくなってきた。オフィスに籠るより外に出る方が楽し――」
はたと自分の言葉が引っかかり、キーを叩く手を止めた。
「……オフィスの外でやることか」
じっと考え込んでから、よし、と美咲は再びキーをたたき始めた。
そして二日後、美咲は自信満々に漆原に向き合った。
「出来たか?」
「バッチリ」
美咲はまとめてきた資料をモニターに映した。
そこには父の会社である北條不動産と漆原のスポンサーであるいくつかの企業の写真が並んでいる。
「北條不動産をスポンサーにしてアンドロイドカフェのモデルルームを出してもらいます。飲食メニューとスタッフは漆原さんのスポンサーにお願いする」
「お、スポンサーに頼むのは正解。でも北條はどっからきたんだよ。繋がりが無いぞ」
「うちの父がやってくれます! 漆原さんがいるならタダでいいって!」
「は? 何で親父さんが出てくんだよ」
「北條の役員なんですよ。あれ? 知ってて家で考えろって言ったんじゃないんですか?」
「いや、アンドロイド対応マンションなら参考になるとこあると思っただけ。つーかそれ本当に?」
「はい。というわけでお店の設営はクリア! で、もう一個! メンテナンスサービスを併設!」
「んあ? 何だって?」
「カフェでメンテできればアンドロイド持ってる人が来ますよね! あとアンドロイドファッションの販売もどうかなって。カフェで試着できたら楽しいですよ!」
「そりゃまあそうだけど……お前それ一人で考えたの?」
「はい! と言いたいところですけど、父です」
美咲はどうですどうです、と目を輝かせた。
自分で考えた事ではないけれど、これが漆原の狙いを捕らえてイベントの成功に繋がるなら父というコネクションを提供できたのは一つの功績でもある。
所詮ミーハーで入っただけであることを考えればこの程度でも大きな一歩だ。
「親父さんの言う通りだ。カフェの目的はアンドロイド関連サービスの広告」
「正解! やったー!」
「それじゃお前は北條とアポ取ってくれ。責任者は俺」
「はいっ!!」
やったぁ、と喜び美咲は即座に父へ電話を掛けた。
漆原ははしゃぐ美咲を見送り、そして嬉しそうにクスリと笑っていた。
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