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episode16-1

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「Japan Android Fes?」

 プライベートが辛かろうが大変だろうが仕事は進むもので、インターン含め第一の社員は全員会議室に集められていた。
 壁吊りのモニターに表示されているのは、広大な展示場に様々な企業がブースを作り自社の製品をアピールするイベントの様子だ。
 出展はアンドロイド関連全般で必ずしも開発ではない。
 企業ブースに多いのはメンテナンスやサブスクリプションの紹介で、アンドロイド本体の開発で出展している企業は美作を含めて十社程度だ。
 一般からの出展ブースには個人開発事務所が自作のアンドロイドを並べている。だが大企業が提供する高性能・高品質なアンドロイドを前にして、カスタムだけが魅力の高額機体を購入契約をする客はほぼいない。
 それでも来場者数は毎年三十万人近くに上り、アンドロイド関連イベントとしては世界最大規模と言って良いだろう。

「日程は九月十日から十二日の全三日。一日目は企業限定で二日目と三日目は一般客が入る。基本的に販売部が出店をやるが今年は俺も入る」
「今回は登壇インタビューやらないんですか?」
「ああ。第一の出店に専念する」
「あの、第一でってこの全員でって事ですか?」

 イベントの目的は製品のアピールだから開発者が表に出る事は無い。
 漆原のようにタレント活動で表に出る開発者が稀なのだ。当然第一の社員は自分にそんな役割が回ってくるとは思っていないし、そんなつもりもない。
 社員全員で顔を見合わせきょとんと首を傾げたが、漆原はにやりと笑って床に置いていた大きな紙袋を机の上に置いた。
 そして中から何か取り出すと、それは黒いワンピースにエプロンというウェイトレスのような服だった。美咲は思わずそれを手に取りじとっと漆原を睨んだ。

「……女装がご趣味で?」
「アホか。出店で使うんだよ」
「これをですか? メイドカフェでもやるんですか?」
「惜しい。アンドロイドカフェだ。動物カフェのアンドロイド版をやる」
「ああ、漆原さんがやる新規事業ですね」
「また新規事業やるんですか?」
「新しくてよく分からない事業はとりあえず漆原さんにやらせるんだよ、うちの会社」
「あー。何か色々やってますよねー」

 美咲がインターンを始めて驚いたのは漆原の持っている仕事の多さだ。
 アンドロイドファッション事業をやっているのは知っていたが、その他にもアクセサリーやらメイク用品やら、多数の事業立ち上げをやっている。立ち上げ後は他の社員に引き継がれる事も多いらしいが、第一の開発現場よりもそういった会議に参加している事の方が多い。

「でも珍しいですね、こういう現場の事を漆原さん自らやるって」
「今回は色々特殊だからな」

 漆原は新規に限らず女性向けの事業には特に多く参加させられている。その理由は優秀さもあるが最も大きいのはスポンサーが獲得しやすいからだ。
 ネームバリューを生かしたタレント活動は会社としては欠かせない広告塔になっているが、本人は不満だというのは第一の全員知っている。それなのに率先してやるというならば何かしら理由があるのだろう。

「みんなに頼みたいのはスタッフ用アンドロイドの制作だ。当日までに全員一機持ってこい」
「え!? 個人製作を出せるんですか!?」
「ああ。製品も出すけど、メインは個人製作機。そこでぽかんとしてるインターンもだぞ」
「お、俺達も!? まだインターンですよ!?」
「インターンでも俺の部下だ。できるだろ、美作第三」
「……俺達のアンドロイドがあんな大きいイベントに出れるんですか」
「俺らが出さないで誰が出すんだよ。新規で作っても良いし今までに作ったのでも良い。最低でも一人一機な」
「は、はい!」
「安西は最低三機」
「え!?」
「NICOLAの手持ち出してくれよ。メインで出したい。あとは好きに追加で作れ」
「……はいっ!」

 フロアの全社員がざわざわし始めた。
 やる気を出させる意図はあるだろうが、それにしても具体的なシリーズを指定しピックアップするというは相当評価をされている証拠だ。
 社員の中には眉をひそめている者もいて、美咲は無関係だがすんなり喜んでいいか戸惑われた。
 だがインターンとて引き下がりたくはないだろう。何しろアンドロイドを個人製作して発表するというのはアマチュアのイベントか大学の文化祭がいいところだ。
 企業の名を冠して個人製作アンドロイドを人前に出すチャンスなどまずない。企業には企業のブランドがあり、それを損なう事はできないからだ。
 滅多に無い最大のチャンスに社員は盛り上がっているが、その中で美咲だけは黙り込んでいた。

(……やばい。私作れない)

 美咲が大学で学んだのは開発の基礎だ。一人でアンドロイドを作った事など無い。

(これはもう辞退するっきゃないな)

 どんよりと落ち込んでいると、漆原にぎゅむっと頭を押さえつけられた。
 ぶしゃっと潰され、わあ、と机に張り付いてしまう。

「何ですかっ!」
「お前には運営の仕切りを任せる」
「運営?」
「出展の準備からスタッフの手配、当日のセッティング諸々。こいつらは当日アンドロイド持って来ればよしの状態まで作れ」
「へ!? 無理ですよそんなの!」
「アンドロイド作るか?」
「ぐうっ……」

 作ります、という意気込みを期待されていない事くらいは美咲でも分かった。
 けれどイベンターなどやった事は無いし、スタッフなんて誰に頼むのかセッティングは何を用意するのかなど想像もつかない。

(こういうのって普通プロがやるんじゃ……)

 少なくとも新卒一人にやらせる事とは思えなかった。
 何しろ三十万人が訪れる世界的にも名の知れたイベントだ。開発が出来なくて可哀そうだから何かやらせてあげよう、のレベルではないのだ。
 じゃあこれで終わりと会議は終了となり、インターンは勤務時間を開発時間に使って良いとなった。社員は皆笑顔で盛り上がったが、美咲は背負うものが大きすぎて顔をぐにゃりと歪ませた。

「何アホ面してんだ」
「だって! 何ですかこの無茶ぶり!」
「無茶ぶりじゃない。お前にしかできない方法があるから任せるんだ」
「私にしか?」
「お前美作グループ大学の合同文化祭の運営やってたろ」
「ああ……」

 美作には大学がいくつかある。
 開発専門の第一と第二、第三。そして中央だ。この全部が一緒に文化祭をやるのだが、規模が大きすぎて運営は毎年人手不足の経験値不足だ。
 しかも開発は忙しいからと中央が運営の全てを担う事になり不平等だと文句を言う生徒も多い。
 だが文化祭には芸能人を招待してイベントをする団体も多く、ミーハー心溢れる美咲は率先して足を突っ込んでいた。

「やってましたけど、何でそんなこと知ってるんですか」
「履歴書に書いてあった。あの規模を運営したんならこの程度軽いだろ」
「いや、一人でやったわけじゃないし……」
「今回だって同じだ。一人でやる必要は無い。誰かの力を借りてやれ」
「業者を手配するって事ですか?」
「それが最善ならそれでもいい。とりあえず明後日までにどうするか考えて報告しろ。プランがアホ過ぎたらさすがに助けてやっから」
「はぁい……」
「んじゃ今日は帰って良し。家で考えろ」
「家? 会社じゃ駄目なんですか?」
「家が最適だから。これだけヒントやったんだからちゃんと考えろよ」
「え~……無理~……」
「やる前から無理とかいうな。祖母ちゃんの居場所教えてやらねえぞ」
「え!? 分かったんですか!?」
「もうちょいってとこだな。けどまあ、目星は付いた」
「……ほんとに?」
「だーけーど! それはこのイベントの成功報酬だ!」
「そんなあ! ずるい!」
「どこがだ! 業務に関係無い祖母ちゃん探ししてもらえてるだけ有難く思え! 最低限の仕事はしろ!」
「ぐぅっ……」
「つーわけで。イベントやり切れよ。それまでには手も揃えておく」
「手?」
「手。ほら、もう帰れ」
「はあい……」

 そして美咲だけは本当に家に帰され、まだ十五時過ぎだというのに自室のベッドに転がった。
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