21 / 45
episode13-2
しおりを挟む網状に組まれた糸が、クロードが示した先に向けて駆け巡る。彼を通りすぎて、さらにその奥に進んでいく。
糸は白く透き通り、蜘蛛の糸のようにも見える。だけどすべてを絡み取る蜘蛛の糸とは違い、クロードの足元を通りすぎてもその足がくっついていない。
「それは……?」
はるか遠くで、糸が縦横無尽に広がっていくのが見える。
フロラン様の魔術は、糸や紐を魔力で構成させることが多い。無人の馬車も、紐のように編まれた魔力が手綱を操作している。だから網状のこれも、糸の形をしているのならフロラン様が考えた魔術なのだろう。
そこまではわかるのだけど、これからどうなるのか。何をするのかがわからない。
「もう少し待っていてください」
ノエルの目は糸の先、はるか遠くに向けられている。水面のような瞳にはあいかわらず波ひとつ立たず、何を見ているのか、何を考えているのかわからない。
だけど広範囲に渡る魔術を展開しているのなら、それだけの集中力と魔力が必要なはずなので、おとなしく事の次第を見守ることにした。
案内しようとしていたクロードも足を止めて、ノエルと自分が向かおうと思っていた方角を交互に身ながら黙っている。お父様も困惑したように視線をさまよわせ、アニエスは不満そうな顔をノエルに向けていた。
そうしてどのくらい経ったのか。
「終わりました」
ノエルが静かな声で言うと、足元から広がっていた糸を掴み、引っ張った。
わずかな動作に反して、糸が勢いよくノエルの手元に集まっていく。最初は、陽の光を受けて輝く糸しか見えなかった。網目が変わっている以外はとくに変化がなく、それがなければ糸が動いていることにすら気づけなかったかもしれない。
変化が現れたのは、少ししてからだった。
ちらほらと糸の中に、潰れたなめくじのような形をした人の頭よりも一回り大きな軟体生物がまぎれはじめた。半透明のそれの中に、生きるために必要な器官は見当たらない。それでも絡み取られた糸から逃げようとうごめく姿が、それが生きているのだと物語っている。
「今回の魔物が固まって生活するタイプで助かりました」
するすると縮んでいく糸と、集められた魔物。その数は優に二十を超えている。山のようにつまれた魔物の周りを糸が覆う。魔力で組まれた魔術を破壊することは容易ではない。魔物の持つ魔力次第ではあるけど、これだけ広範囲の魔術を展開できるノエルなら、力負けするということはないだろう。
「今回依頼いただいた魔物はこれですべて回収しました。もし見落としがあった場合は、無償で討伐するので安心してください」
ごろりとボールのようになった魔物の山をぽんと叩いて言うノエルに、お父様がなんとも言えない顔で頷いた。
「……ノエル。それは、どうするの?」
糸が不規則に揺れているので、ボールの中で魔物がうごめいているのが外からでもわかる。
「持って帰ろうかと。生きた検体にどうですか?」
ちらりと、ボールを見上げる。ノエルよりも大きなそれの中に、何匹もの魔物が入っているのだと思うと、寒気がした。せめて、一匹か二匹。いや、それでも分裂型の魔物だから、すぐにその数を増やすだろう。
「分裂型は……研究には向いていないので、いりません」
「そうですか。わかりました」
ノエルが頷くと、轟と音がして、ボールが燃えた。大きな火の山に、ひぇっとお父様の口から悲鳴が出て来た。
灰だけが地面に広がるようになってようやく、燃え盛る火が消える。ちらりと地面を見下ろすと、そこにある草には燃えた跡すらない。
「これが、魔術師の力です。あなたに同じことができますか?」
いまだ口を閉ざされているアニエスに、淡々とした声が向けられる。いつもと変わらない声色なのに、何故か挑発しているようにも聞こえるのだから、不思議なものだ。
「まあ、三日もかかっているのですから……答えるまでもありませんよね」
そもそも口を封じられているから答えられないというのは抜きにしても、あれだけ簡単に討伐できる人はほとんどいない。魔術師を除いて。
ジルなら生息していそうな範囲を一度に潰すだろうし、他の魔術師も一匹一匹対処するのは面倒だからと、一網打尽する。それだけの術と魔力を、彼らは持っている。
「それを踏まえたうえで、もう一度聞きます。魔術師全員を敵に回す覚悟が、あなたにありますか?」
静かな問いに、アニエスが顔を歪める。口を閉ざされていなければ、歯噛みし呻いていたことだろう。
「め、め、め、滅相もございません! あなた方を敵に回すなんて、そんなつもりは毛頭なく。ええと、だからつまり、アニエスも大切な姉を取られたような思いで、思わず心にもないことを言ってしまったのでしょう。だからここはひとつ、魔術師様の広い御心に免じて許してはいただけないでしょうか」
代わりに答えたのは、お父様だった。
魔術師に広い心を期待するのは間違っていると思うけど、ノエルの心の広さがどのぐらいかはわからないので、黙っておこう。
少なくとも、ジルよりは心が広そうだ。
「それでは、これで失礼いたします。次にお会いするのは僕たちの結婚式になるでしょう。招待状を送りますので、是非とも祝福しに来てください」
自然な動作で私の手を取って、馬車に乗りこむ。御者が一瞬とまどうような気配を見せたけど、一連の流れを見たからか、何も言わず出発した。
お父様とクロードとアニエスを置いて。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

I my me mine
如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。
お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。
ある日、駅で知らない女性とぶつかった。
まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて!
振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。
「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。
本当に振り回しているのは誰だ?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
カフェぱんどらの逝けない面々
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。
大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。
就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。
ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる