【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
17 / 45

episode10

しおりを挟む
「はいもしもし!」
『やだ~、どうしたのぉ? 怒ってるの~?』

 怒り任せな美咲の声に驚いて、美咲の母はのろのろとした口調ながら驚いた。

「あ、ううん。ごめん。どしたの?」
『あのね、お母さんお片付け中に骨折しちゃってね、ちょっとお手伝いに来てくれないかしら~』
「骨折!?」
『大した事無いのよ。でも不便でね、来てもらえると助かるんだけどな~』
「すぐ行くよ! 一時間、あ~……二時間以内には行くから!」

 美咲は漆原がまだ後ろにいるのに気付かず大慌てで部屋へ駆け込んだ。
 しわくちゃの服を着替えて実家へ向かおうと思ったが、実家までは少し距離がある。二時間はかからないが電車なら一時間半はかかるだろう。

「これなら漆原さんの家から行った方が速かったよー! タイミング悪い!」
「なら乗っけてやろうか」
「え!? あれ!? まだいたんですか!?」
「骨折って言ってたから親のとこ行くだろうと思って。家どこ?」
「……川崎の方です。あの、いいんですか?」
「帰るついでだよ。ほら、乗れ」
「は、はい! 有難う御座います!」

 そして、漆原は本当に美咲の実家まで送り届けてくれた。
 美咲は漆原の自宅前で降ろしてくれればそれでも十分だったのだが、ついでだと言ってここまで連れて来てくれた。

「でっか! おま、こんな家住んでたの!? お前こそお嬢様じゃん!!」
「祖父が建てたんでうちのお金じゃないですよ。ほら、表札」 
「久世裕太、香織。それと久世大河……四人?」
「はい。お祖母ちゃんはずっと前に亡くなったらしいです。あの、本当に有難う御座いました!」
「どーいたしまして。ああ、付き添い必要なら無理して出社しなくていいからな」
「はい! 有難う御座います!」

 美咲はぺこっと頭を下げると家に飛び込んだ。
 漆原の車が出発した音が聞こえて見送るべきだったかと慌てたが、同時にぱたぱたとスリッパで歩く音が聞こえてきた。

「お母さん!!」
「来てくれたの~? あら、美咲ちゃんオレンジの良い香り。アロマ?」
「え? あ、ええと、いやそれより! 骨折ってどうし――わあっ!」

 漆原のベッドルームのアロマが身体に染みついてたのを誤魔化そうとしていると、家の奥から男二人の怒号が飛び交っているのが聴こえてきた。
 母はあらまあ、とのほほんとしているが困ったように笑い、静かにね、と美咲を連れて叫び声の響くリビングをちらりと覗いた。

「どんな理由だろうが暴力を振るって良い理由にはならないだろ!」
「嫁風情が勝手な事をするのが悪い」
「その嫁に世話をされてるくせに何を偉そうに!」
「嫁が嫁ぎ先のために働くのは当然だ。そのくせ外で仕事なんぞしおって」
「時代錯誤もいい加減にしろ! 父さんがどんな価値観持とうが勝手だ。だが謝罪しないのなら傷害罪で訴える!」

 喧嘩しているのは美咲の父と祖父だった。
 父は顔を真っ赤に憤慨しているが、祖父は座卓で腰かけたままぴくりとも動こうとしない。それどころかのん気にお茶を啜っていた。

「生涯って、まさかこの怪我お祖父ちゃんがやったの!?」
「うーん。でもお母さんが勝手に捨てたのもいけな」
「ちょっとクソジジイ! どういう事よ!」
「あらあら、美咲ちゃんまで」

 事情を知っては大人しくなどできるわけもなく、美咲はガンガンと足を踏み鳴らして声を張り上げ父に並んだ。

「どういうつもりよ! いくら身内でも犯罪には警察呼ぶわよ!」
「会社を辞めるまで帰って来るなと言ったはずだが」
「私の人生をお祖父ちゃんに決められる覚え無いわよ!」
「成人したばかりの子供が己を見極められるわけがない。レールを敷いてもらえる事に感謝するんだな」
「今時アンドロイド毛嫌いとか馬鹿みたい。自分が嫌いだからって人にもそれを押し付けるとか最低!」

 美咲の祖父はアンドロイドが嫌いで、それを好んで大学まで選んだ美咲を罵倒し続けてきた。
 その上母には暴力を振るったともなれば美咲も折れるつもりはない。
 祖父に罵声で返したが、アンドロイド、と聞いた途端に祖父は立ち上がり美咲に手を上げた。そしてそれは美咲の頬を強く殴り、その勢いで転んで戸棚に頭をぶつけてしまった。

「美咲!!」
「美咲ちゃん!!」
「……父さん! なんてことを!」
「ふん。軟弱者が」

 父が美咲を抱き起こすと美咲の額にはだらりと血が流れていて、母は顔を真っ青にしていた。
 けれど祖父は驚く事も慌てる事も無く、ただ不愉快そうに居間を出ていった。
 父は声を上げて追いかけて行ったが、母は救急箱を持って美咲に駆け寄り手当をしてくれた。傷は対したことではなかったようで、大きめの絆創膏をぺたりと貼っておけば大丈夫なようだった。

「クソジジイめ~」
「お祖父ちゃんの事はお父さんに任せましょ。それよりあっちのお片付け手伝ってちょうだい」
「何片付けてたの?」
「あの辺の棚を整理してたんだけどね」

 母に連れられて行った先では荷物が散乱していた。
 ここで母と祖父はもみ合ったのだろうか、棚に入っていたであろう物が床に散らばっている。
 一体何がそんなに気に食わなかったのか美咲には分からないが、落ちているのはどれも大した事の無い物に見える。

「ボールペンにハンカチ? 何これ。怒るほどの物なの?」
「どうなんでしょー。あ、こっちは写真みたいよ。随分古いけど」

 それはすっかり黄色く変色していて、明らかに古い時代の物だと分かる。
 映っているのは険しい顔つきをした若い男と女性、それに小さな男の子だ。何枚もあるが、どれも映っているのはその三人だった。

「これってお祖父ちゃんとお父さんと……もしかしてお祖母ちゃん?」
「ん~? どうかしら~。そうかしら~。結婚した時もうお亡くなりになってたから分からないわ~」
「お祖父ちゃんもお父さんも、お祖母ちゃんの話ってしないもんね」

 美咲の祖母は生まれた時既に他界しており、美咲は全く知らない。何しろこの家には写真や動画が全くと言っていいほど残っていないからだ。
 アンドロイドを受け入れない人間は少なからずいるが、だからといってデジタルを嫌う事には直結しない。
 実際美咲の祖父はパソコンを使うしスマホも使う。一昔前の古い型から変えようとしないが、それでも使う事は使うから記録が残らないなんて事はないだろう。
 それなのに、どういう訳か美咲は祖母の情報を与えてはもらえなかった。
 祖母らしき女性と子供の頃の父が映っている写真を一枚拾って何とは無しに裏返すと、そこにインクで文字が書かれていた。

「裕太、裕子……」

 写真は誕生日祝いの場面のようで、気まずそうな顔をした裕太少年と笑顔で寄り添う女性の姿があった。
 顔立ちはあまり似ていないが、その名前は血縁者である事を思わせる。しかしそれ以上に美咲の目を引いたのは幼い父の後ろに立っている人物だった。

「……A-RGRY?」

 そこには美咲が拾ったアンドロイドと同じ顔をしたアンドロイドがいた。
 市販のアンドロイドは一様に同じ顔をしているので不思議ではない。だがアンドロイド嫌いの祖父と父と共にラバーズなどという問題児が同居していたとはとても思えない。

(もしかして昔アンドロイドで何かあったんじゃ……)

 ふんわりと柔らかく微笑む祖母はとても優しそうで、幸せな家庭である事が伝わって来た。
 けれどその日、祖父の怒号と父の口汚い罵り合いは止む事が無かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

I my me mine

如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。 お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。 ある日、駅で知らない女性とぶつかった。 まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて! 振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。 「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。 本当に振り回しているのは誰だ?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...