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引きこもり聖女、王都へ その3

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「あの、本当に私たちが?」
「うん、気にしないで、気楽にね。」
エルザは、目の前で恐縮している二人に明るく声をかける。
やや背が高いアッシュブロンドの方がレミア・アリーマ。
レミアと同じ様ではあるが、やや幼さが残る顔立ちでストロベリーブロンドなのが、妹のラミア・アリーマ。
二人は姉妹で、昔から領主の一族に使えくれているアリーマ家の出身であり、エルザがエルリーゼだった頃には身の回りの世話をしてくれていた。
その二人が、なぜこんなに緊張し恐縮しているかというと、二人がこの館エルとユウの愛の巣の管理を任されたからだ。

管理とはいっても、エルザとユウは、これから王都に行ってしまうため、実質主不在なので、掃除などの日々の手入れぐらいしか仕事はない。
たまに、領主のエメロードやその妻のミリアルドが遊びに来ることもあるが、普段から領主一族の世話をしているため負担にはならない。むしろ主人の目が届かず、仕事は少なく、お風呂は入り放題、こんな好条件なのに何をそんなに困った顔をしているのだろう?とエルザは思う。

「大丈夫、周りはゴーレムがいるから不審者も魔物も入ってこれないし、その装備ならたいていの事は何とかなるから。」
ユウがそう言って楽し気に二人を見る。
しかし、二人が緊張し恐縮しているのは、まさしく、そのが原因だった。
レミアとラミアが着ているのは、ユウお手製のメイド服だ。
スカートが短いことを除けば、一見して普通のメイド服と変わりはない。ユウの作る衣装は、スカート丈が一貫して短いのだが、何かこだわりがあるのだろうか。
そんな、見た目は普通のメイド服なのだが、掛けられている効果が普通ではなかった。
耐刃・耐寒・耐熱に加えて、高い防御力と魔力抵抗、耐汚染に自動洗浄までついている。更に言えば自動修復も付いているため、1着あれば代え要らずと言う優れもの。
そしてヘッドドレスには、レミアがキツネ、ラミアがタヌキの耳がついていて、スカートからはそれぞれキツネとタヌキのしっぽがのぞいている。
これもただの飾りではなく、尻尾はエルザのと同じく、高い耐状態異常効果があり、耳は転移装置を使用するための認証効果がある。
まさしく、普通ではありえないぐらいの、全身神話級のロストテクノロジーの塊である。
国王ですら目にしたことのない物を、普段の作業着だとぽんっと渡されて、これで平静でいられる方がおかしい。

(お姉ちゃん、私達生きてお屋敷を出れるかしら?)
(…………人生、諦めも必要よ。)
レミアとラミアが小声でそんな会話を交わしているのがエルザには聞こえたが、敢えてスルーする。
ユウと関わったからには、すべてを受け入れて慣れて貰うしかないのだ。
そう言う意味では、我が両親ながら、その順応さには感心するしかない、と横にいる両親をみる。

領都にある領主の館とこの教会を自由に往き来するためにユウがちゃんとした転移装置を設置したのだが、流石に誰も彼もと言うわけにはいかず、許可を得ている者だけが使用できるようにしてある。その許可の有無を管理する認証装置が、エルザやユウの頭装備であり、レミアやラミアのヘッドドレスにも付いている「ケモミミ」だった。
そして………。

「んー、若い子なら良いかもしれないけど、少し恥ずかしいわね。」
「そんなことない。エルたんママ、よく似合っている。」
少し恥ずかしそうにしながらも、ユウに褒められて悪い気はしていないミリアルド。
「エルちゃん、どう?似合ってる?」
そう問いかけてくる母の姿をエルザは改めて見る。
頭のうえにはウサ耳、これはまだいい、転送装置認証のための物なのだから。まぁ、なぜケモミミ?と言う疑問は「ユウのことだから」の一言で解決するとして、問題は母が着ている衣装だ。
頭のウサミミに併せて用意されたその衣装……つまりバニースーツ。
身体のラインが浮き出るようなピッチリとしたその布地は、胸元から腰までを覆っているだけで、鎖骨から上は剥き出しで生肌をさらけ出し、脚は網タイツで覆われているものの、生足をさらけ出しているのと何ら代わりがない。
普段のゆったりとした衣装ではわからなかったが、エルザの将来を約束するような、見事なまでのボディラインを強調しているその姿は、実の娘であっても直視するのが躊躇われる程の艶めかしさがある。

エルザがなんとコメントしようかと悩んでいると、くぐもった声が聞こえる。
「視界が悪い、何とかならぬか?」
「エルたんパパ、似合ってるからそのままで良い。」
どうでも良いような声でそう言うユウの前には、馬面のゴーレム………ではなく、馬の頭の被り物をしたエメロードが立っている。
「耐状態異常だけでなく、状態異常を治し、体力を回復させる、リカバリーとリフレッシュの効果が付与されているから、その状態なら疲れ知らず。………エルたんママもきっと満足。」
「いや、それはありがたいが、何というか見た目がね、…………。」
エメロードの言いたいことはよくわかる。貴族特有の豪奢な衣装に馬の頭は余りにも浮きすぎている。
まだゴーレム達みたいに上半身裸でブーメランパンツのみと言う方がマシに思えるあたり、エルザの感覚も麻痺している。
まぁ、エメロードも若い頃はそれなりに鍛えていたから、服を脱いで庭に立っていれば、他のゴーレム達と区別がつかないぐらいには見劣りもしないだろうが、さすがに領主がゴーレムと同じというのは、有り体に言って世間体が悪かった。

「端末の素材もうない。どうせここには誰も来ないから問題ない。嫌なら来なければいい。」
ユウがそう言ったときの表情を見て、エルザは理解する。
……………嫌がらせなのね。そんなに来てほしくなかったんだね。
ユウがその気になれば、排除する事なんて簡単なはず。それでも、ちょっとした嫌がらせだけで、来ることを許しちゃうあたり、根が優しいんだから。
エルザはユウの背後に回り、背中からそっと抱きしめる。
「エルたん、甘えた?」
「甘えたはユウでしょ?お昼はハンバーグでいい?」
「作ってくれるの?」
「うん……ラミアがね。」
別に作っても構わなかったが、どうせ明日から作ることになるのだ。だから今日ぐらいは楽させて貰いたい。
「ラミアはね、私に料理を教えてくれたんだよ。」
「エルたんの師匠!?それは期待大。」
「そう言うことだから、お願いね。先にお父様達をあっちに送って行くから、その間に準備をお願いね。」
エルザはそう言ってラミア達に退出を促す。
レミアとラミアは、どこかホッとした表情を浮かべ、一礼した後、そそくさと部屋を出ていった。


「それで、すぐ出発するのか?」
領都の屋敷の中の執務室で、エメロードが訊ねてくる。
馬の頭はすでに外しており、隣に控える母も今は普段通りの姿だ。
「王都への転送装置の調整が後1刻程で終わるから、そうしたら向こうに戻って食事して、それから向かうことになりますわ。」
王都にある領主屋敷には、先日エメロードが王都へ行った際に転移に必要な簡易魔法陣を置いてきてもらったらしい。
ユウは今、その魔法陣を使って王都の屋敷へ行き、ここの転移装置と繋ぐ調整をしている。
調整が終われば認証された者……つまりユウ特製のケモミミを着けた者ならば、王都とこの領都、そしてユウとエルザの家でもある国境の教会を自由に往き来する事が出来るようになる。
最も、現在その恩恵にあずかれるのは、ユウとエルザを除けば、領主夫妻とメイド二人のみなのだが。
尚、領主一族であり、次期領主予定のエトルシャンが省かれていることについては、誰も何も言わない辺り、彼の普段の扱いが計り知れる。

一応何かあったときのために、と予備の認証装置《ケモミミカチューシャ》をいくつか用意して、ミリアルドに渡していたが、領主ではなく、その妻に渡す所がユウらしかった。

「そうか。俺から詳しいことは言えぬが……くれぐれも無理しないように、気をつけてな。」
そう言うエメロードの顔が僅かに歪む。
その表情から、父は国王がエルザ達に告げる内容を知っているのだろうと推測する。そしてその内容が、この状況であっても言えないほどの重要で機密性の高いものだと言うことも理解してしまうエルザだった。
「私は大丈夫です………が、もし国王様が無茶を言うようなら、この国が無くなることを覚悟しておいて下さいね。」
むしろ、その方が心配だ、とエルザは告げる。
大袈裟でも何でもなく、状況によってはかなりの確率であり得るので笑えない。
「兄上には、内密に俺の知る限りの情報を伝えてある………ユウ殿の正体も含めてな。その状況で国を滅ぼすような無茶振りをするほど愚かではない………といいな。」
「……お父様、そこはハッキリと断言して欲しかったです。」
父親の消極的な言葉にガックリと肩を落とすエルザ。
「そこは、まぁ、………兄上だからな。」
エメロードも肩を落とす。
暴君というわけではないが、時々、趣味とノリで暴走をする癖を知っているだけに、断言できないところが辛いところだった。



「着いたよ。これからすぐおーさまに会いに行くの?」
転移装置のある部屋に入って、一瞬後には周りの景色が変わる。
あの一瞬で王都へ来たのだと思うと、改めてロストテクノロジーの偉大さを思い知る。
………こんなのが当たり前の世界って想像できないわ。
その時代に生きていたユウを見ながらそう思うエルザ。
「ううん、取り合えずは当面の宿探しよ。この屋敷を出たら、私はエルリーゼ・フォンブラウじゃなく、ただの冒険者のエルザだからね。」
一応この王都では、領主の娘という立場を隠しておいた方が余計なトラブルはなくて済むと考えた結果だった。
つまり今までと何ら変わりなく……。
そこまで考えて、今までも結構トラブルにあってきたことに思い当たるエルザ。
結局、何があっても、ユウと一緒にいればトラブルに巻き込まれることに変わりはなかった。

「とにかく、初心に戻って、ここで1から始めるのよ。一応軍資金は銀貨100枚あるけど、出来る限り手を着けないつもりでね。」
銀貨100枚もあれば、いくら物価の高い王都といえども、贅沢をしなければ4-5年は遊んで暮らせる。
反面、冒険者を続けていくならば、装備の新調であっと言う間になくなる金額でもある。
幸いにもエルザ達はユウのおかげで余り装備にお金を掛けずに済むので、その分宿は妥協しないでおこうと考えていた。

「あ、ここはどう?」
そんなことを言いながら街の案内を確認していると、ユウが良さそうな物件を見つける。
「えーと、ルームチャージ、10日で銀貨1枚、食事別ね。………少し高めだけど悪くないかもね。行ってみようか?」
ルームチャージと言うのは、部屋を一定期間借り切るシステムだ。
2-3日程度の宿泊には向かないが、そこを拠点として活動しようと、長期に泊まりたい者にとっては好評だったりする。
今回見つけた宿は、10日で銀貨一枚………1泊辺り銅貨10枚と言う計算になる。エルザ達の場合、二人で利用するので、一人一泊銅貨5枚と言うことだ。
領都の宿の平均宿泊料が、1泊銅貨3枚と言うところから見れば、少し割高ではあるが、王都だと言うことを考えれば、高すぎる、と言うこともない。
他にも見て回るつもりではあるが、指標とするには丁度いいかも、と思い見に行ったのだが、部屋の説明を聞くなり、1ヶ月分の契約をその場で結ぶ事になる。

そう、部屋にお風呂が付いていたことが即決の決め手だった。
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