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引きこもり聖女の伝説 その1

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「滋養草2籠、解痺草2籠、毒草1籠、解毒草1籠、上魔草1籠……はい、OKよ。」
ギルドの受付のお姉さんはそう言って、チェックしたギルドカードと報酬の銅貨4枚を渡してくれる。
やっぱり今の私の稼ぎでは足りないなぁ。
手渡された銅貨を見つめながらそんな事を考えていると、受付のお姉さんが声をかけてくる。
「これでペナルティが消えたわ。頑張ったわねエルザちゃん。」
「ありがとうございます。それで……。」
「あ、うーん、そのことなんだけどね、やっぱり本人に一度は来てもらわないとねぇ。」
「そうですよね……。ウン、何とか説得してみます。」
エルザはそう言って、受付のお姉さんに頭を下げると、ギルドを後にする。

あの遺跡から脱出してからすでに1ヶ月、この街に戻って来てからでも、1週間は過ぎようとしている。
「エルちゃん、今日はもう帰るのかい?」
「あ、こんにちわ。えぇ、今ギルドに納品してきたので。」
エルザも、ようやく普段の生活や、街の人たちに慣れ始めたところで、こうして市場を歩いていると、顔馴染みになったお店のおばちゃん達から声を掛けられることもある。
「そうかい。ところで、今日もあのお嬢ちゃんは連れて来てないのかい?」
「その節はご迷惑をおかけしました。あれ以来怖がっちゃって、外に出ようとしないんです。」
「そうなのかい?かえって悪いことしたねぇ。ほら、持ってきな。」
人のよさそうな顔をしたおばちゃんは、エルザに赤い果実を投げてよこす。
「あの子にあげな。そして、もう怒ってないからたまには顔を見せておくれって伝えておくれ。」
「いつもいつもすみません。近いうちにギルドにも行かなきゃならないので、その時は必ず連れてきますね。」
「あぁ、楽しみに待ってるよ。」
エルザは若干顔を引きつらせながら、おばちゃんにお礼を言うと、宿への道を急ぐことにした。
おばちゃんの言う「あの子」というのはユウの事だ。
この街に戻る前とこの街について早々に、ちょっとやらかしてしまい、そのせいなのか、宿の部屋から出ようとしなくなってしまった。
気持ちは分からなくもないが、引きこもってばっかりでは健康にも良くない。明日はちょっと無理してでも外に連れ出そうと思う。
ユウのためと言うより、エルザがそうしたいのだ。
最近ようやく慣れてくれたのか、当初より柔らかく、よく喋ってくれるようになったユウと、単純にお出かけしたい、ただそれだけが今のエルザの目的だった。
「早く帰らないと。きっとお腹空かせてるよね。」
貰った果実以外に色々買って、山になった籠をアイテムボックスにしまうと、ユウの待つ宿屋へ急ぐのだった。

 ◇

「お腹空いた。」
そう呟くが返事は返ってこない。
当たり前だ。この部屋にはユウ一人しか居ないのだから。
「エル、喜んでくれるかな?」
ユウはほぼ完成に近い衣装を見ながら呟く。
遺跡で会ったときにプレゼントした衣装をアレンジしたものだ。
地上に出た後に立ち寄った村で起きた騒ぎのせいで、一度回収をしなければならなくなり、暇だったのでデザインに大幅なアレンジを加えてある。一言でいえば、ゴシックロリータ風のエプロンドレスだ。以前よりフリルマシマシ、あざとさトッピングの逸品に仕上がっている。
更に、その衣装にかかっている魔法効果も、耐熱・耐寒・耐刃・耐魔・耐衝撃に加え、物理反射、魔力吸収、速度反能アップなど以前よりパワーアップしている。
真の力を引き出すための素材が足りないので、その素材を得るまでは、少し我慢して貰う必要があるが、それでも今のエルの装備よりは数段マシなはず。
「えへっ、友達だもんね。全力で守ってあげるよ。」
守ると言いながら、エルザが外に出かけているのに自分は絶賛引き籠り中という矛盾に関して何も考えていないユウだった。
「友達、だもんね。
ユウはそう呟きながら、遺跡を脱出してからのことを思い返す……。

◇ ◇ ◇

二人が地上に出た場所は、エルザが巻き込まれる元になったメルク遺跡の入り口から10キロ離れた場所にある森の中だった。
「ここどこ?」
「知らない。地形変わってる。」
エルザの問いにユウは頭を振る。
「それもそっか。遺跡からそれほど離れてないと思うんだけどね……。」
エルザはキョロキョロと辺りを見回すと、茂みの奥からガサッという音が聞こえる。
「ユウ、気を付けて、何かいるよ。」
エルザはユウを庇う様に前に立つ。
「ん、大丈夫。ただのサーベルタイガー。」
ユウの言葉を裏付けるかのように、茂みから、大きな魔獣が姿を現す。
「サーベルタイガー……。」
サーベルタイガーは、その名が表すように、剣のような大きく鋭い牙が特徴の魔獣だ。体長は2m前後でそれほど大きな部類には入らないが、中には3mを超す個体もいるという報告が上がっている。
ギルドのランク付けでは脅威度Dランクではあるのだが、冒険者になりたてのエルザにとっては、即死級の相手だ。
「ユウ、逃げてっ!」
「何で?」
ユウはそう言いながら、盾になろうとしているエルザの脇をすり抜けて、トコトコとサーベルタイガーに向けて歩いていく。
「シャァァーーッ!」
当然、無防備に向かってくる獲物に対して飛び掛かるサーベルタイガー。
ユウは、威嚇をものともせず、徐に右手を突き出し、襲い掛かるサーベルタイガーの咢の中へ突っ込む。
『ボム!』
ユウが一言発すると、サーベルタイガーの頭部だけ残して、その身体が内側から弾け飛ぶ。
「えっ、今、何が……。」
一瞬の出来事に、理解が追い付かないエルザの前に、サーベルタイガーの頭部をぶら提げたユウが戻ってくる。
「いい素材取れた。エルも欲しい?」
サーベルタイガーの牙を追って、差し出してくるユウ。
「あ、ありがと……。」
「ん。」
色々な事柄に、頭の処理が追い付かず、どうせなら、肉と毛皮も残しておいて欲しかった……と呟くぐらいしかできなかった。
その呟きが聞こえていたのか、ユウが「大丈夫」と答える。
「えっ、大丈夫って何が?」
「お肉と毛皮、一杯来た。」
ユウの指さす方を見ると、森の奥からジェットウルフの群れが姿を現す。
「サーベルタイガーより美味しい。」
「そういう問題じゃないでしょっ!」
いきなり襲い掛かってきたジェットウルフの攻撃を躱し切れずに、腕で受け止めるエルザ。
その腕に牙を立てようとした瞬間、何かに弾き飛ばされるジェットウルフ。
「えっ?」
「その服の効果。物理反射。込めた魔力の分だけ攻撃を跳ね返す。あれぐらいの攻撃なら30回ぐらいはもつ。」
「そ、そうなの?」
呆れるぐらいの高性能な機能に、顔を引きつらせるエルザ。
「だから安心して戦う。」
「うん、わかった。」
エルザは、ユウからもらった伝説の剣を抜き、ジェットウルフの群れに向かって飛び出していった。

……体が軽い。それに長剣なのに重くない。
前から迫りくるウルフの首を刎ね、側面からの奇襲を躱しながらエルザは思う。
……軽量化の魔法とか色々掛かってるって言ったっけ?これ、全部装備のお陰だよね。
エルザは迫り来るウルフをいなしながら考える。
冒険者なりたてのエルザの戦闘術はそれほど高くない。
嗜みとして覚えさせられた護身術や、ジェイクたちから戦闘のコツなどを教わったものの、エルザ本来の実力ではジェットウルフは一対一でようやく倒せるという位のもの。ましてや、エルザはもともとショートソードをメインの武器にしているため、手にしているロングソードの間合いが今一掴めずに振り回されている。
それでもこうして戦えているのは、、服にかけられたバカみたいな防御魔法の数々と、ロングソードの性能のお陰だ。
とはいっても多勢に無勢、そろそろ押し切られそうな勢いだ。
「ユ、ユウ……。」
せめて彼女だけでも逃がさないと、と思ってユウの姿を探すと、大きな木の陰に座り込んで動かない彼女の姿が目に入る。
「ユウッ!……クッ!」
ユウの姿に気を取られた好きに飛び掛かってくるジェットウルフ。
しかし、その攻撃がエルザに届くことはなく、逆に弾き飛ばされる。
そんなジェットウルフの様子は無視してユウの元へと駆け寄るエルザ。
「ユウッ、ユウっ、大丈夫っ?、しっかりしてっ!」
ユウを抱き起し、その身体を揺さぶるエルザだったが、何か様子がおかしい。
不審に思ったエルザは、その可愛らしい口元に耳を寄せると、「すぅ、すぅ」と、その場にそぐわない可愛らしい寝息が聞こえる。
エルザはユウの身体をそっと横たえ、すぅっと息を大きく吸い込み、耳元に口を近づける。
「起きなさいっ!!」
「むにゅぁ?」
「何暢気に寝てんのよっ!取り囲まれてるんだよっ!」
「むにゅ、寝む……。」
「いいから起きてっ!あなたが起きないと逃げれないじゃないのよ。」
「逃げるの?何で?」
「これだけ取り囲まれてるのよ!それとも、アンタなんとかできるの?」
「何とか……していいの?」
「出来るなら何とかしてよっ!」
間断なく襲い掛かってくるウルフを切り払いながらユウに叫ぶ。
ジェットウルフ府は仲間を次々と呼び、今では100頭近い群れになっている。いくら何でも数が多すぎて、エルザの手に余るのだ。
「ん~、じゃぁ……『地獄の業火ヘル・インフェルノ』!」
ユウが右手を突き出し、ウルフの群れに向かって呪文を唱える。
直後、灼熱の風と轟音にその場が包み込まれ、気づけば、辺り一面火の海と化していた。
「って、やり過ぎっ!どうするのよっ、これっ!私たちも巻き込まれてるでしょっ!」
「にげる?」
「どうやってっ!辺り一面、隙間なく火の海よっ!」
「大丈夫、その装備なら耐えられる。」
「う、もういいわよっ!走るわよっ!」
エルザは駆けだそうとするが、ユウが動こうとしない。
「何やってんのよ。早くしないと巻き込まれるわよ。」
「先行って。動けない。」
「動けないって何で?」
「……大丈夫。これくらいなら耐えられる。」
ユウはエルザの問いには答えず、自分はいいから先に避難しろという。
「あー、もぅっ!とにかく今は逃げるわよっ!」
エルザは返事を待たずにユウを背負うとなるべく火の勢いの弱そうなところを選んで駆け抜けていく。
「どうして?放っておけばいいのに?」
「放っておけないでしょうがっ。」
「だからどうして?」
「友達を見捨てるような真似、出来るわけないでしょっ!」
「ともだち……友達……なの?」
「そうよっ……嫌だった?」
「いや……じゃない。」
エルザが少し不安気に尋ねると、ユウは、ボソッと呟き、そのままエルザの背中に顔を埋める。
ユウが黙り込んでしまったので、エルザも何も言わずに、ただ、森の中を駆け抜けていった。

「これからどうすればいいかなぁ。」
エルザは焚火で肉を焼きながらそう呟く。
炎から逃れて森の中を彷徨っていたら、小さな湖を見つけたので、今夜はここで野営をすることにしたのだ。
ちなみに今焼いているのはジェットウルフの肉で、エルザがジェットウルフと戦っている時に、ユウが止めを刺してアイテムボックスにしまっていたらしい。10匹ほど仕留めたところで、疲れたから寝てしまったという事なのだが、そんな余裕があったのなら、早めに逃げ出す算段をしてくれていた方が良かったとエルザは思う。
「ん、朝になったらあっちに行く。」
ユウはそう言ってまだ燃えている方角を指さす。
「何で?」
「あっちの方で、多数の生命反応があった。たぶん集落がある。」
「そういう事はもっと早く言ってよっ!」
ユウの探知魔法に、多数の人の気配が引っ掛かったそうだ。
襲われているという感じでもないので、多分村があるのだろうとユウが言う。
それが本当であれば、逆方面に走っていれば、今頃は暖かい布団で眠りにつけた筈なのに、と恨めしそうな眼で裕を睨む。
「……ちょっと怖い。」
ジェットウルフの肉を齧りながら、ユウがボソッと呟く。
その力のない声に、エルザはハッとする。
……そう言えば、ユウは、人の悪意に晒された挙句に、親友と喧嘩別れしたんだっけ。
エルザはユウの置かれた状況に思い至り、少し反省をする。そして、ユウに近づくとその背後からそっと抱きしめる。
「大丈夫、私がいるよ。ユウに怖い思いなんてさせないからね。」
「ん、何かあればメテオ落とすから、いい。」
「すなっ!私が守ってあげるから、村を殲滅しないでっ!」
「……。」
「約束だからねっ!」
黙り込んでそっぽを向くユウに、強引に約束を取り付ける。
ひょっとしたらとんでもないものを眠りから覚ましてしまったのかもしれない、とエルザは顔が引きつるのを抑えることが出来なかった。
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