39 / 110
第三章 紅葉伝説
第039話 過去
しおりを挟む
「この小屋は昔からあるんかい?」
「……いやそんなに昔からじゃねえ」
「そうか。でもこんな立派な小屋は誰が普請したんだろか?」
「……おれが建てたんだ」
「へえ五郎兵衛さんは小屋も建てられるんかい。すげえんだなあ」
噂では、五郎兵衛が本格的に木地師になったのは、ほんの十数年前だと聞いている。
にもかかわらず、山にある木材で一通りの居小屋を拵えるというのは、鬼助にとっては驚きだった。
一方五郎兵衛は、鬼助の感嘆にも無関心で、返事もせずに火の入った炉に榾木をくべている。
その顔を明々とした炎が照らして、小屋の内部には五郎兵衛の影が大きく揺れた。
再び沈黙が続いて、鬼助はやはり多少気詰まりな思いでいた。
することもなくぼんやりとしていると、
「おめえ、今日喜左衛門様のところでなにがあったんだ?」
と、今度は五郎兵衛のほうから話しかけてきた。
「和尚から預かった書付を渡しに行ったんだ」
「書付…?どんなだ?」
「なんだか名主様の名前がずらっと輪になって書かれてた」
「……」
何かを知っているのか、或いは何も知らないのか、五郎兵衛は黙って炉の火を見つめている。
それから、
「それでおめえ喜左衛門様のところには泊まらなかったのか?」
「泊まれって言われたけんど、迷惑かと思って断った」
「…迷惑なわけあるものか。遠慮せずに泊ればこんなことにはならなかったんだ」
五郎兵衛はやや怒ったような気配を見せ、鬼助を横目で睨みつけた。
鬼助は一瞬怯んだが、五郎兵衛としては助言のつもりで言っているのだろう。
ひどく不愛想ではあるものの、里で言われているほど気難しい人間には見えない。
少なくとも鬼助には、他の村人と違って、偏見を持たず自然に接してくれる。
そんな五郎兵衛に対して、鬼助はいつしか興味を抱き始めていた。
「五郎兵衛さん、ひとつ聞いてもいいかい?」
無視して榾を折り続ける五郎兵衛の背中に、鬼助は聞いた。
「五郎兵衛さんは昔喜左衛門様と一緒に働いてたというんは本当なんかい?」
「なに?」
五郎兵衛の眼は一層鋭くなって、鬼助を凝視した。
「あ、いや前に和尚がそんな話をチラとしていたから…。今日たまたま喜左衛門様のところへ行ったもんだから気になっただけで、もし癇に障ったなら気にしねえでくれよ」
鬼助は慌てて取り繕った。
誰にだって触れられたくない過去はある。
己の興味本位で穿鑿したのは拙かったと反省したが、
「おれがこの村で何をしていたか、いずれおめえにも分かることだ。いい機会だから今夜少しだけ話してやるとしよう」
五郎兵衛は髭だらけの顔に皮肉な笑いを浮かべ、静かに語り始めた。
「……いやそんなに昔からじゃねえ」
「そうか。でもこんな立派な小屋は誰が普請したんだろか?」
「……おれが建てたんだ」
「へえ五郎兵衛さんは小屋も建てられるんかい。すげえんだなあ」
噂では、五郎兵衛が本格的に木地師になったのは、ほんの十数年前だと聞いている。
にもかかわらず、山にある木材で一通りの居小屋を拵えるというのは、鬼助にとっては驚きだった。
一方五郎兵衛は、鬼助の感嘆にも無関心で、返事もせずに火の入った炉に榾木をくべている。
その顔を明々とした炎が照らして、小屋の内部には五郎兵衛の影が大きく揺れた。
再び沈黙が続いて、鬼助はやはり多少気詰まりな思いでいた。
することもなくぼんやりとしていると、
「おめえ、今日喜左衛門様のところでなにがあったんだ?」
と、今度は五郎兵衛のほうから話しかけてきた。
「和尚から預かった書付を渡しに行ったんだ」
「書付…?どんなだ?」
「なんだか名主様の名前がずらっと輪になって書かれてた」
「……」
何かを知っているのか、或いは何も知らないのか、五郎兵衛は黙って炉の火を見つめている。
それから、
「それでおめえ喜左衛門様のところには泊まらなかったのか?」
「泊まれって言われたけんど、迷惑かと思って断った」
「…迷惑なわけあるものか。遠慮せずに泊ればこんなことにはならなかったんだ」
五郎兵衛はやや怒ったような気配を見せ、鬼助を横目で睨みつけた。
鬼助は一瞬怯んだが、五郎兵衛としては助言のつもりで言っているのだろう。
ひどく不愛想ではあるものの、里で言われているほど気難しい人間には見えない。
少なくとも鬼助には、他の村人と違って、偏見を持たず自然に接してくれる。
そんな五郎兵衛に対して、鬼助はいつしか興味を抱き始めていた。
「五郎兵衛さん、ひとつ聞いてもいいかい?」
無視して榾を折り続ける五郎兵衛の背中に、鬼助は聞いた。
「五郎兵衛さんは昔喜左衛門様と一緒に働いてたというんは本当なんかい?」
「なに?」
五郎兵衛の眼は一層鋭くなって、鬼助を凝視した。
「あ、いや前に和尚がそんな話をチラとしていたから…。今日たまたま喜左衛門様のところへ行ったもんだから気になっただけで、もし癇に障ったなら気にしねえでくれよ」
鬼助は慌てて取り繕った。
誰にだって触れられたくない過去はある。
己の興味本位で穿鑿したのは拙かったと反省したが、
「おれがこの村で何をしていたか、いずれおめえにも分かることだ。いい機会だから今夜少しだけ話してやるとしよう」
五郎兵衛は髭だらけの顔に皮肉な笑いを浮かべ、静かに語り始めた。
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
17
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる