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第二章 宮藤喜左衛門
第026話 婿入り話
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数日が経ち、喜左衛門は鬼無里での役目を無事終えて、松代への帰路についた。
城下では、喜左衛門が小菅小助を退治したという話が、早くも広まっていた。
どういうわけかと訝しむと、宮藤家から蒔田家へと派遣された使いの者が、喜左衛門の鬼無里での雄姿を、小者から女中に至るまで誰彼構わず言いふらしたからだという。
喜左衛門は、好奇の眼に居心地の悪い思いをしながら家の門を潜ると、そこでは父の喜内と長兄の清之進が、神妙な面持ちをして待っていた。
「これはこれは二人そろってどうなされました?」
喜左衛門はおどけて誤魔化そうとしたが、これから何が起こるかは大体察しがついている。
「いいからそこへ座れ」
兄の清之進が笑わずに言ったあと、
「鬼無里で何があったか話してくれ」
父も無表情で続けた。
「鬼無里で?既にお耳には入っているとは思いますが、咎人を一名捕縛いたしました。人を殺め牢から逃げ出した不届きな輩でございます」
喜左衛門は引き攣った笑顔で答えた。
「本当にそれだけか?」
清之進の眼はさらに吊り上がっている。
「……」
喜左衛門には、これ以上答え得なかった。
しばらくの沈黙が流れた後、
「武兵衛どのより、そなたを婿に取りたいと申入れが来ておる。そなたは何と心得る?」
兄の視線は厳しいままだった。
武士の家に生まれたならば、まずは家のことを第一に考えるのが筋である。
だが喜左衛門は、次男であるのをいいことに、これまで気ままに暮らしてきた。
縁組に関して言えば、いつかどこかの家に婿入りするのだろうくらいに考えていた。
蒔田家は微禄であるから、大身の家に入ることは難しい。
むしろ喜左衛門としては、良家に入って気を遣って生きるより、のんびりと暮らしていきたいと、漠然と思っていた。
それが、降って湧いた宮藤家への婿入り話である。
宮藤家に婿入りするということは、即ちあやめと結ばれるということになる。
しかし喜左衛門は、松厳寺で坐禅を組んだあの夜、あやめへの想いを断ち切っていたはずだった。
久安に警策で打たれて導き出したのは、己の私心を捨て、武士らしく家のために生きようということであった。
なのに、武兵衛が話を切り出した時、喜左衛門の頭に真先に浮かんだのは、あやめの麗しい姿であった。
いくら坐禅を組んで無心になってみてたとて、心の奥底では、やはりあやめに対する想いを捨てきれないでいたのである。
城下では、喜左衛門が小菅小助を退治したという話が、早くも広まっていた。
どういうわけかと訝しむと、宮藤家から蒔田家へと派遣された使いの者が、喜左衛門の鬼無里での雄姿を、小者から女中に至るまで誰彼構わず言いふらしたからだという。
喜左衛門は、好奇の眼に居心地の悪い思いをしながら家の門を潜ると、そこでは父の喜内と長兄の清之進が、神妙な面持ちをして待っていた。
「これはこれは二人そろってどうなされました?」
喜左衛門はおどけて誤魔化そうとしたが、これから何が起こるかは大体察しがついている。
「いいからそこへ座れ」
兄の清之進が笑わずに言ったあと、
「鬼無里で何があったか話してくれ」
父も無表情で続けた。
「鬼無里で?既にお耳には入っているとは思いますが、咎人を一名捕縛いたしました。人を殺め牢から逃げ出した不届きな輩でございます」
喜左衛門は引き攣った笑顔で答えた。
「本当にそれだけか?」
清之進の眼はさらに吊り上がっている。
「……」
喜左衛門には、これ以上答え得なかった。
しばらくの沈黙が流れた後、
「武兵衛どのより、そなたを婿に取りたいと申入れが来ておる。そなたは何と心得る?」
兄の視線は厳しいままだった。
武士の家に生まれたならば、まずは家のことを第一に考えるのが筋である。
だが喜左衛門は、次男であるのをいいことに、これまで気ままに暮らしてきた。
縁組に関して言えば、いつかどこかの家に婿入りするのだろうくらいに考えていた。
蒔田家は微禄であるから、大身の家に入ることは難しい。
むしろ喜左衛門としては、良家に入って気を遣って生きるより、のんびりと暮らしていきたいと、漠然と思っていた。
それが、降って湧いた宮藤家への婿入り話である。
宮藤家に婿入りするということは、即ちあやめと結ばれるということになる。
しかし喜左衛門は、松厳寺で坐禅を組んだあの夜、あやめへの想いを断ち切っていたはずだった。
久安に警策で打たれて導き出したのは、己の私心を捨て、武士らしく家のために生きようということであった。
なのに、武兵衛が話を切り出した時、喜左衛門の頭に真先に浮かんだのは、あやめの麗しい姿であった。
いくら坐禅を組んで無心になってみてたとて、心の奥底では、やはりあやめに対する想いを捨てきれないでいたのである。
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