山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第二章 宮藤喜左衛門

第016話 坐禅

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 それから二年後、喜左衛門が父の名代みょうだいとして鬼無里へとやって来た際、再びあやめへと相まみえた。
 二人が偶々たまたま屋敷の廊下ですれ違った時、以前とは見違えるほど大人びたあやめの姿に、喜左衛門は思わず心を奪われた。

 だが武芸一筋に生きて喜左衛門は、武士が色恋に惑わされるようではいけないと、常日頃から考えてきた。
 それゆえ、己の心に芽生えたあやめへの思慕しぼに、喜左衛門は苦悩した。

 当時、松厳寺の住職は久安であった。
 喜左衛門が巡視に訪れたその日の夜、久安が坐禅堂にて文殊菩薩像の掃除をしていると、口を真一文字に結んだ喜左衛門がやって来た。
 こんなところに何用かと問えば、

「和尚、わしは煩悩ぼんのうかたまりじゃ。斯様かようなままでは武士としての面目が立たぬ。しばし坐禅を組みたいゆえ付き合うてはくれぬか?」

 青年らしい一徹な眼差しだった。
 慧眼けいがんたる久安は、この時既に喜左衛門の煩悶はんもんを見抜いていたに違いない。

 深夜、静まり返った坐禅堂で、喜左衛門は一人坐禅を組んだ。
 座敷の広さはゆうに四十畳はある。
 その片隅で、喜左衛門は座して呼吸を整えた。
 蝋燭ろうそくが一本ゆらゆらと揺れて、若武者の影を壁に形作った。

 久安は、部屋を一周するかのように、畳のふちに沿ってゆっくりと歩いた。
 手には警策けいさくたずさえている。
 その形のまま、周回するたびに、喜左衛門の前を通り過ぎる。

 そうして何度目かを通り過ぎようとした時、久安は、喜左衛門の真ん前で、ピタリと歩みを止めた。
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