山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第二章 宮藤喜左衛門

第014話 原小隼人

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 原家は元々知行ちぎょう百五十石の中身ちゅうしんであったが、小隼人は幼少のころから容姿端麗にして才能もひいで、初め藩主真田信安の近習役きんじゅうやくを勤め、間もなく五十石の加増かぞうを受け、御側御納戸役おそばおなんどやくという重役へと進んだ。

 小隼人は、生まれながらにして頭が切れたのみならず、文武両道兼備けんびの誉れあり、諸芸に通じ、中でも剣術は最も得意とするところであった。
 若年じゃくねんの頃より新当流道場へと足しげく通い、美麗びれい容貌ようぼうに似ず、荒々しい凄絶そうぜつの剣をつかったそうである。

 藩の記録には、
「原小隼人は性質怜悧せいしつれいりにして手跡しゅせきも相応に修業し、武芸に於いては極意を受けて長尺ちょうじゃくの刀を用い、さま竹枹たけばちを振るうが如くなり」
 との記述がある。

 小隼人は、試合ともなれば三尺に迫ろうかという木太刀きだちで、上段から一刀にして敵をぎ払うのを常とし、打ち込んだ相手を不具ふぐにしても、気にも留めない冷淡な性格だったという。

 だがそんな小隼人も、喜左衛門の精妙せいみょうな技の前には手も足も出なかった。
 それだけに、喜左衛門への嫉妬や敵愾心てきがいしんには、相当なものがあったようである。
 道場で喜左衛門に打ち込まれた翌日には、意趣いしゅ返しに喜左衛門の父喜内へ、ネチネチと職務上の難癖を付けるのが日課となっていた。

 父からは、度々たびたび苦笑交じりに小隼人の愚痴ぐちを聞かされてはいたが、「武芸の上での出来事ならば上役とて手加減は無用」として、喜左衛門は取り合わなかった。

 父は、武芸一徹いってつで世渡りの上手くない喜左衛門のことを常に案じていた。
 せがれの器量は誰もが認めるところなので、どこか良い家に婿入りができれば、蒔田家の家名も上がると考えていた。

 しかし、当の喜左衛門は気まま暮らしで、父や兄の勧めがあっても一向に身を固めようとはしない。
 いい縁談を持ってきても、今は剣の修業を専一せんいつにしたいと断るばかりであった。

 そんな喜左衛門が、ある日突然婚姻こんいんを結ぶことになった。
 そのいきさつは、次の通りである。
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