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20.明石の頼み事
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「折り入って、頼みたいことがあるんだ」
平日の昼食時を過ぎた頃、明石が来店した。
明石は夜に訪れることが多い。お酒を飲みながら千里の料理をゆっくり味わっていく。
「何かお困り事ですか?」
年配の明石から相談される事があるなんて、考えた事もなかった。何か困った事でもあったのかと、心配になる。
「いや、困っているわけではなくてね。孫娘を土日の昼間だけ雇ってもらえないかと思って」
「お孫さんをですか?」
千里は驚いて、目をみはった。
明石の自宅は晧月から内陸側へ徒歩十五分ほど。二世帯住宅で三世帯が住んでいる。
明石と妻、息子夫婦と孫の姉妹。
今回の頼み事は、高校二年生の上のお姉さんがアルバイトをしたいと言っているのに、高校生ならまだ働かなくてもいいという両親の許可が得られない。でも知り合いのお店なら安心できるからいいよ、との事だった。
「どうして反対しておられるのですか?」
「うちの息子夫婦は、子供たちを溺愛していて、過保護なところがあってね。心配しているんだよ。アルバイトくらいさせてやればいいじゃないかと私たちで説得しているんだけどね。子供の事に関しては聞き耳を持ってくれなくて」
「それで、私の所ならばという理由がわからないのですが。ご家族様とお会いしたことはないですよね」
「それが一度だけ家族で来たらしい。私が通う飲食店がどんな所か見たかったそうだ」
「さようでしたか。ご安心頂けたという事でしょうか」
「実は、恥ずかしい話、あなたとの浮気を疑われましてね。あなたの働き方を見て、食事をして、疑いは晴れました。それで、あなたからなら、良い勉強をさせてもらえるのではと思って」
「褒めて頂けるのは光栄ですが、私はそんな大それた人間ではありません。大切なお嬢様を一時とはいえお任せ頂けるほどではとても」
「ご面倒をお願いしているのは、重々承知しています。金銭的なご負担がと仰るなら、これ以上は言いませんが、面接だけでもしてやってもらえないだろうか」
「面接をして、お断りをすれば、お孫さんが傷つきますよ」
「それも社会経験のうちです。どうかお願いします」
明石に頭を下げられてしまうと、無下にはできない。ついこの間助けてもらったばかりだし。
「わかりました」
千里は明石の頼みを引き受けることにした。
※ ※ ※
明石に連れられて、制服姿で来店した優紀は、愛想の良い女の子だった。
「明石優紀です。よろしくお願いします」
ポニーテールをぴょこんと跳ねさせて、頭を下げる。
にこにこ笑顔とはきはきした話し方に、この子なら何の心配もないでしょうと感じた。
「上月千里です。お祖父様には、お世話になっております」
「祖父はいつも女将さんの料理を褒めています。どれを食べても美味しいって」
「ありがとうございます。ご両親からはまだアルバイトはしなくてもいいと言われたと伺いました」
「うちの両親は心配症で。中学生になるまで、外出時はずっと手を繋がれていました。私、幼稚園児の頃に迷子になったことがあって、それ以来暑くてもずっと。私は頼りない子と思われているみたいで。そんな両親から少し離れるために、アルバイトをしたいと言ってみたんです。反対されるのは予想していました。祖父が間に入ってくれて、顔見知りの所ならと許可が下りて。それもだいぶ渋々でしたけど」
「親御さんが心配なさるお気持ちは理解できます。うちにも高校一年生の女の子がいますから」
「やっぱり反対ですか?」
「親としては、苦労させたくないと思ってしまいます。でも社会経験は必要だとも思います。いずれ一人立ちするわけですから」
「ですよね。高二って、早くはないですよね」
「来年には成人するわけですものね」
千里に反対されなくて、ほっとしたというように、にっこりと笑みを浮かべた。
「女将、どうだろう。うちの孫を雇ってもらえるだろうか」
「そうですね。優紀さんは笑顔がステキですし、はきはきと話せていますから、接客業には向いているかもしれません」
「本当ですか? 嬉しいです」
優紀が嬉しそうな声を上げた。
「土日の昼営業のみでよろしいですね」
「ありがとうございます」
「世話をかけます。よろしくお願いします」
同じ位置にある二人のつむじを見つめながら、千里は初めて、しかも高校生を雇う責任感に、身を引き締めた。
平日の昼食時を過ぎた頃、明石が来店した。
明石は夜に訪れることが多い。お酒を飲みながら千里の料理をゆっくり味わっていく。
「何かお困り事ですか?」
年配の明石から相談される事があるなんて、考えた事もなかった。何か困った事でもあったのかと、心配になる。
「いや、困っているわけではなくてね。孫娘を土日の昼間だけ雇ってもらえないかと思って」
「お孫さんをですか?」
千里は驚いて、目をみはった。
明石の自宅は晧月から内陸側へ徒歩十五分ほど。二世帯住宅で三世帯が住んでいる。
明石と妻、息子夫婦と孫の姉妹。
今回の頼み事は、高校二年生の上のお姉さんがアルバイトをしたいと言っているのに、高校生ならまだ働かなくてもいいという両親の許可が得られない。でも知り合いのお店なら安心できるからいいよ、との事だった。
「どうして反対しておられるのですか?」
「うちの息子夫婦は、子供たちを溺愛していて、過保護なところがあってね。心配しているんだよ。アルバイトくらいさせてやればいいじゃないかと私たちで説得しているんだけどね。子供の事に関しては聞き耳を持ってくれなくて」
「それで、私の所ならばという理由がわからないのですが。ご家族様とお会いしたことはないですよね」
「それが一度だけ家族で来たらしい。私が通う飲食店がどんな所か見たかったそうだ」
「さようでしたか。ご安心頂けたという事でしょうか」
「実は、恥ずかしい話、あなたとの浮気を疑われましてね。あなたの働き方を見て、食事をして、疑いは晴れました。それで、あなたからなら、良い勉強をさせてもらえるのではと思って」
「褒めて頂けるのは光栄ですが、私はそんな大それた人間ではありません。大切なお嬢様を一時とはいえお任せ頂けるほどではとても」
「ご面倒をお願いしているのは、重々承知しています。金銭的なご負担がと仰るなら、これ以上は言いませんが、面接だけでもしてやってもらえないだろうか」
「面接をして、お断りをすれば、お孫さんが傷つきますよ」
「それも社会経験のうちです。どうかお願いします」
明石に頭を下げられてしまうと、無下にはできない。ついこの間助けてもらったばかりだし。
「わかりました」
千里は明石の頼みを引き受けることにした。
※ ※ ※
明石に連れられて、制服姿で来店した優紀は、愛想の良い女の子だった。
「明石優紀です。よろしくお願いします」
ポニーテールをぴょこんと跳ねさせて、頭を下げる。
にこにこ笑顔とはきはきした話し方に、この子なら何の心配もないでしょうと感じた。
「上月千里です。お祖父様には、お世話になっております」
「祖父はいつも女将さんの料理を褒めています。どれを食べても美味しいって」
「ありがとうございます。ご両親からはまだアルバイトはしなくてもいいと言われたと伺いました」
「うちの両親は心配症で。中学生になるまで、外出時はずっと手を繋がれていました。私、幼稚園児の頃に迷子になったことがあって、それ以来暑くてもずっと。私は頼りない子と思われているみたいで。そんな両親から少し離れるために、アルバイトをしたいと言ってみたんです。反対されるのは予想していました。祖父が間に入ってくれて、顔見知りの所ならと許可が下りて。それもだいぶ渋々でしたけど」
「親御さんが心配なさるお気持ちは理解できます。うちにも高校一年生の女の子がいますから」
「やっぱり反対ですか?」
「親としては、苦労させたくないと思ってしまいます。でも社会経験は必要だとも思います。いずれ一人立ちするわけですから」
「ですよね。高二って、早くはないですよね」
「来年には成人するわけですものね」
千里に反対されなくて、ほっとしたというように、にっこりと笑みを浮かべた。
「女将、どうだろう。うちの孫を雇ってもらえるだろうか」
「そうですね。優紀さんは笑顔がステキですし、はきはきと話せていますから、接客業には向いているかもしれません」
「本当ですか? 嬉しいです」
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「土日の昼営業のみでよろしいですね」
「ありがとうございます」
「世話をかけます。よろしくお願いします」
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