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21.優紀の初仕事

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「いらっしゃいませ!」
 優紀の初めての声掛けは、力が込められ過ぎていて、来店した男女二人組の年配のお客様が少々面食らった顔をしたが、相手が若々しいお嬢さんだとわかると、表情を崩した。
「こんにちは」
「こんにちは。お好きなお席へどうぞ」

 千里が教えた通りに声を掛け、席に付いたお客様のテーブルにおしぼりとお水を持っていく。
「お決まりですか?」
「もう少し待ってください」
「はい」

 にこにこと愛想良く対応して、すっとテーブルから離れる。
 教える事がないんじゃない? 
 初めてとは思えないほど、しっかりと接客ができている。
 緊張はしているようだが、がちがちではない。

「すみません」
「はい」
 声を掛けられて、テーブルに向かいオーダーを聞く。
「今日の焼き魚は何ですか?」
「サバになります」
「じゃ、焼き魚定食と、刺し身定食をお願いします」
「かしこまりました」
 きちんとオーダーを繰り返して間違いがないか確認を取ると、厨房にいる千里の所へ来て、オーダーを告げる。

 今のところ心配になるような言動はない。
 これから忙しくなってくると慌ててしまうかもしれないが、急がなくていい、ゆっくり進めるように伝えてある。
 お客様にご迷惑をおかけすることは、特に気を付け欲しいとお願いした。
 オーダーミスや、配膳ミス、料理を零してしまうなど、気を付けていても出てしまうものだから、丁寧に対応するように。困った事があればどういう状況でも必ず千里に声を掛けるよう念を押した。

 千里がサバを焼いている間に二組のお客様が来店した。
 常連の丸井明は、父、豊の友人で、たまに食べに来てくれる。いつもカウンターに座って、料理が出来上がっていくのを楽しそうに見ている。

「アルバイト、雇ったんだ」
「今日からなんです。知り合いの子供さんをお預かりして。わたしの方が緊張しちゃってます」
 丸井から海鮮丼定食の注文を受け、順番に作り上げていく間にも、席がすべて埋まった。

「いらっしゃいませ。あ、お父さんお母さん」
 昼営業終了の三十分ほど前に、優紀の両親が来店した。

「優紀の父です。この度はお世話をおかけしまして、申し訳ございません」
 千里と同年代ぐらいだろうか、男女が頭を下げた。
 千里も名乗って挨拶を交わす。

「どうして来たの?」
「どうしてって、優紀ちゃんが心配で。それにご挨拶もしないと」
「来るなら来るって言っておいてよ」

 小さな声量で母親と会話をする声が、千里の耳に届いた。
 優紀の声に、困惑しながらも甘える響きを感じ取る。

 優紀は心配性の両親から離れるためと、アルバイトの理由を話したが、両親を疎ましく思っているわけではないようだ。

「天ぷら定食と、生姜焼き定食お願いします」
「はい。優しそうなご両親ね」
 両親の事に触れると、優紀は照れるような顔をした。
「突然すみません」
「お客様というのは突然いらっしゃるものだから。他の方と同じように対応してくださいね」
「はい。わかりました」
 素直に頷いた優紀は、別テーブルの干物定食を運んでいった。

※ ※ ※

「優紀さん、お疲れ様でした」
 15時になり、優紀の両親を残して昼営業を終了した。
「お疲れ様でした。暖簾外してきます」
「ありがとう」

 食べ終えたご両親の膳を下げようと厨房から出ると、暖簾を持って戻ってきた優紀が慌てて駆け寄ってきた。
「私が下げます」
「わかりました。お願いします」

 千里は温かいお茶を用意して、ご両親の前に置く。
「うちの娘はいかがでしたか? ご迷惑をおかけしませんでしたか」
 心配そうに母親が訊ねてくる。
「優紀さんは、初めてとは思えないほどしっかり働いてくださいました。ご心配になるようなことはないかと思います」
 営業中の優紀にミスらしいミスはなく、丁寧に接客してくれていた。
 忙しくなっても慌てず、むしろきっちり確認をしていた。

「しっかりしているように見えて、たまに抜けた事をするので、親として心配で。今日はご挨拶を思いまして、立ち寄らせて頂きました」
 真面目そうな父親の、眼鏡の奥の瞳はとても優しい。成長する子供が愛おしいけれど、寂しくもある。複雑な心境が表情に表れていた。
「ご丁寧にありがとうございます。責任を持ってお嬢様をお預かりさせて頂きます」
「よろしくお願いいたします」

 今日は上がってくださいと告げると、
「疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
 元気に挨拶をして、優紀は両親と肩を揃えて帰って行った。
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