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第一部 海野麻帆

14 海で

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 途中、何度も信号に引っかかった。
 早く行きたいのに、車が邪魔をする。
 車が途切れたタイミングで、信号を無視して渡った。
 鳴らされたクラクションに、イライラした。ちっと舌打ち。
 うるさい! あたしの邪魔をするな!

 自分勝手な行為だとわかっていながらも、苛立ちを抑えることができなかった。
 イライラを他人にぶつけても、解消なんてされなくて、もっとムカついた。
 去年までは大好きだった潮の匂い。それにすら、苛立った。

 いらないいらない!
 全部いらない!
 あたしもいらない!
 全部消えちゃえばいい!
 消えちゃえ!

 砂浜に自転車を投げ出して飛び降り、真っ暗闇の中にうごめく波に向かった。
 月が出ていない海は、黒くて不気味。
 普段なら近づくことも怖くてできないのに、今日はぜんぜん怖くない。

 波が足に触れた。冷たい。その冷たさですら、あたしの怒りを鎮めることができない。
 吸い込まれるように足を動かす。
 波が腰に達すると、水圧で思うように進めなくなった。
 押し戻されては波を掻き分け進む。

「麻帆! 戻って!」
 お姉ちゃんの声がまた聞こえた。
「ほっといてよー!」

 あたしの声は、波音にすぐ消える。
「ダメ! お願い、やめて。戻って!」
 お姉ちゃんの必死な声は消えない。
 あたしの横を、前を、うろちょろして。まるでうっとおしい虫のように、飛び回る。

「止めたかったら――ゲホッ」
 水が口に入った。塩辛くてむせる。
「――生き返ってよ!」

 波が胸の高さにまで届く。

「触って、止めてよ!」

「できないの! 私の体はもうないの。触れるなら、羽交い締めにして、連れ戻すよ。でも、お姉ちゃんは、麻帆に触れないの!」
「だったら! あたしの体をあげる!」

 そうだ。それが一番いい。
 お姉ちゃんが生き返れないのなら、あたしの体をあげればいい。
 あたしの体で、お姉ちゃんが生きればいいんだ。

「お姉ちゃんが、麻帆として生きなよー!」
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