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四章 前を向いて

⒋見通しの甘さ

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「実際にお仕事を始めてみて、わかりました。私がどれだけ甘い考えで入ったのか」

「嫌なことでもありましたか。撮影がつらかったとか」

「いえ。撮影中に嫌な思いをしたことは幸いありません。カメラマンさんから、カメラや撮影のコツとか照明の事を教えてもらって、たくさん勉強になりました。でも、私には、肌の露出の多い状況でみんなのように笑顔になることが出来ませんでした」

「いくつか拝見しました。服を着ての写真は可愛らしい笑顔なのに、水着や下着だと、笑顔がなくなり、恥ずかしさでいっぱいな表情でしたね」

「母にも叱られました。どうして笑顔になれないのと。周囲が服を着ている状況で、私だけは裸に近い姿でいることがどうしても慣れなくて。お仕事だからちゃんとしなきゃって分かってはいるんです。でもダメでした」

「そのギャップが人気に繋がり始めましたよね。亜澄さんがやってきたことを認めてもらえるようになってきたということですよね」

「はい。続けていると、嬉しい声を届けてもらえるようになりました。でも、学校では何も変わりませんでした。それどころか、卑猥なことを直接言われるようになりました。カメラマンに触らせるの? もうしたの? とか。以前みたいに陰でこそこそじゃないんです。仕事にしたことで逆に遠慮しなくていいんだと思われたみたいで。逆効果だったんです。私がバカでした」

「好き勝手にいろんな事を言う人なんてたくさんいるわ。亜澄さんが誇りを持ってしているなら、胸を張っていれば良かったのに。と言いたいけれど、やはりつらいですよね」

「はい。つらいです。気にしなければいいと思おうとしましたが、できませんでした。生半可な考えでできる仕事じゃなかったんです。男性からは性の対象として見られ、女性からは蔑視される。そこが分かっていませんでした。それに、誇りなんてなかったです。アルバイト感覚でしたから」

「さきほど本当の願いと仰いましたが、つまり、グラビアのお仕事を辞めたいと考えていたということですか」

「はい」

「いつ頃からですか」

「最初の雑誌が発売されて、しばらくしてからです」

「10月発売の雑誌ですね」

「発売直後はクラスメイトの誰も気づいていなくて。ほんの少し寂しいなって思いましたけど、このままバレなくていいとも思っていました。やっぱり恥ずかしくて。それが1ヶ月ぐらいして、男子が雑誌を学校に持ってきたんです。お兄さんの部屋で見つけた、これ宮前だろって」

「どんな気持ちでした」

「どきどきしました。芸能人になったんだ。すごいなって言ってくれるかなって」

「違っていたんですね」

「はい。目の前で私が載っているページを広げられて、ホルスタインじゃんって。頭真っ白になりました」
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