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三章 過去の行い
6.四十九法要の日
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外村に大井町駅まで送ってもらう頃には、濡れた髪は乾いていた。
礼を言って車を降りる。
自宅マンションまでは徒歩5分。
駅近のはずなのに、その道のりが遠いと感じたことはなかった。単純に足が疲れているからだけとは思えなかった。
「おかえり」
先に帰宅していた崇史が、台所から声をかけてきた。
政治家の贈賄事件は議員が辞職したことで騒動は収まり、通常の勤務体制に戻っている。
「パスタ、食べる?」
フライパンにレトルトではないミートパスタのルーが入っていた。隣のコンロでお湯が沸いていた。
「半分だけちょうだい」
食欲はあまりなかったが、せっかく作ってくれた崇史に悪い気がして、少しだけ食べることにした。
シャワーを浴びたくて風呂場に行くと、すでにお湯が張られていた。
裸になると、ブラジャーに挟んでいるパッドが目についた。
死産とはいえ、出産はしたので母乳がでる。仕事中は忘れていられる息子のことが頭を過った。
出産から1ヶ月半が経つ。『まだ』1ヶ月半だ。
息子との思い出は妊娠中のことしかないけれど、大切な思い出だ。
一日中考えているとつらい気持ちに蝕われるけれど、ほんの一時ならば暗く沈み込むほどは落ちない。
母子手帳を見返してみるのもいいかもしれない。
湯船に浸かって考えていると、四十九日はいつだろうとふと疑問が沸き上がった。
風呂から上がって、リビングに向かった。壁のカレンダーを見て数える。
「芙季子、どうした?」
「あの子の四十九日っていつ?」
「17日」
「5日後じゃない。法要とかどうなってるの? わたし何も聞いてないよね」
パスタを盛り付けていた崇史が手を止めた。
「今日の昼に終わった」
「え……?」
今日の昼と言われて、松木ねねの顔が浮かんだ。
取材をしている頃に息子の法要が行われていたということか。
「まだ日にち、あるじゃない」
「平日は何があるかわからないから。過ぎるよりは早い方がいいからって」
「うちの親は来たの?」
「出席してもらったよ」
「どうしてわたしだけ外されたの?」
「まだつらいだろうと。仕事をしていた方が落ち込まずにいられるんじゃないかと思って」
「あなたの判断?」
「俺の判断」
「わたしの息子の、大切な、法要にどうして……どうしてわたしだけが蚊帳の外なの」
声が震えた。怒りの気持ちより、孤独感が強かった。
崇史の顔を見る。何も言わず、じっと芙季子を見つめてくる崇史が、何を考えているのか読めなかった。
「つらいよ。誰よりも、きっとわたしが一番つらい。だからこそ、きちんと送りたかったのに。相談もしてくれないなんて。疲れているだろう、つらいだろう。そんな気の使い方されたくない。息子を悼む権利をわたしにもちょうだいよ!」
崇史は傷ついたような顔をした。
どうして? 傷ついたのはわたしなのに。
崇史の表情が許せなかった。
「ごめん。ご飯いらない」
芙季子は自室に駆け込んだ。
礼を言って車を降りる。
自宅マンションまでは徒歩5分。
駅近のはずなのに、その道のりが遠いと感じたことはなかった。単純に足が疲れているからだけとは思えなかった。
「おかえり」
先に帰宅していた崇史が、台所から声をかけてきた。
政治家の贈賄事件は議員が辞職したことで騒動は収まり、通常の勤務体制に戻っている。
「パスタ、食べる?」
フライパンにレトルトではないミートパスタのルーが入っていた。隣のコンロでお湯が沸いていた。
「半分だけちょうだい」
食欲はあまりなかったが、せっかく作ってくれた崇史に悪い気がして、少しだけ食べることにした。
シャワーを浴びたくて風呂場に行くと、すでにお湯が張られていた。
裸になると、ブラジャーに挟んでいるパッドが目についた。
死産とはいえ、出産はしたので母乳がでる。仕事中は忘れていられる息子のことが頭を過った。
出産から1ヶ月半が経つ。『まだ』1ヶ月半だ。
息子との思い出は妊娠中のことしかないけれど、大切な思い出だ。
一日中考えているとつらい気持ちに蝕われるけれど、ほんの一時ならば暗く沈み込むほどは落ちない。
母子手帳を見返してみるのもいいかもしれない。
湯船に浸かって考えていると、四十九日はいつだろうとふと疑問が沸き上がった。
風呂から上がって、リビングに向かった。壁のカレンダーを見て数える。
「芙季子、どうした?」
「あの子の四十九日っていつ?」
「17日」
「5日後じゃない。法要とかどうなってるの? わたし何も聞いてないよね」
パスタを盛り付けていた崇史が手を止めた。
「今日の昼に終わった」
「え……?」
今日の昼と言われて、松木ねねの顔が浮かんだ。
取材をしている頃に息子の法要が行われていたということか。
「まだ日にち、あるじゃない」
「平日は何があるかわからないから。過ぎるよりは早い方がいいからって」
「うちの親は来たの?」
「出席してもらったよ」
「どうしてわたしだけ外されたの?」
「まだつらいだろうと。仕事をしていた方が落ち込まずにいられるんじゃないかと思って」
「あなたの判断?」
「俺の判断」
「わたしの息子の、大切な、法要にどうして……どうしてわたしだけが蚊帳の外なの」
声が震えた。怒りの気持ちより、孤独感が強かった。
崇史の顔を見る。何も言わず、じっと芙季子を見つめてくる崇史が、何を考えているのか読めなかった。
「つらいよ。誰よりも、きっとわたしが一番つらい。だからこそ、きちんと送りたかったのに。相談もしてくれないなんて。疲れているだろう、つらいだろう。そんな気の使い方されたくない。息子を悼む権利をわたしにもちょうだいよ!」
崇史は傷ついたような顔をした。
どうして? 傷ついたのはわたしなのに。
崇史の表情が許せなかった。
「ごめん。ご飯いらない」
芙季子は自室に駆け込んだ。
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