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三章 過去の行い

4.宮前母

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「宮前亜澄は、カメラ慣れしているようだな」
「お祖父さんがプロですもんね。思春期になって恥ずかしくなったんでしょうか」

 亜澄の家族の情報をかなり入手できた。量としてはまだまだだが、一歩前進できた。
 外村との情報共有と整理をして、今後の取材方針の相談をしよう。
 ICレコーダーを止めて考えていると、美智琉から声をかけられる。

「今日はこれでもう終わり?」
「そうですね。今日の取材内容をまとめたいので、ここで別れましょう」

「駅まで行かないのか?」
「どこかでお店を見つけて、仕事をします」

「お茶でもしたいところだけど、今日は帰る。明日も同行していいか?」
 美智琉が伺いを立てながらも、同行する気満々なのが見てとれた。

「明日は日曜ですけど、ついてくるんですか。今後の予定はどうなるか決まってませんけど」
「まだ一日じゃないか。もう少し付き合わせてくれよ」
「わかりました」

 タクシーに乗る美智琉を溜め息と共に見送り、芙季子はもう一度、宮前宅に向かった。

 外村に一家の写真を添付してメールをし、宮前母の顔がわかったから宮前家のマンションをしばらく張るとメッセージを出した。

 すぐに返信が届き、車で行くので、合流しましょうとの事。

 自販機でアイスティーを買い、建物に隠れてマンションを見張っていると、1時間ほどして外村から連絡があった。車を止めている所に移動し、四駆の助手席に乗り込む。

 芙季子は今日録音したデータをノートPCに保存する作業をしながら、車外の様子を窺う。
 外村は杏子の写真を画像検索して、出演作品を調べていた。

 3時間ほどが経った。人通りはあるものの、暗くなって人の顔の判別はつきにくい。
 マンションに向かっていく人にだけ注意を向けるしかなくなった。
 ついさっき一人が件のマンションに入って行ったが、男性でしかも1階の電気がついた。

「病院の面会時間はもう終わってますよね」

 外村の呟きに、芙季子は左手の腕時計をちらっと見る。8時半。

「そうね。ぎりぎりまでいてまっすぐに帰宅してくれたら、そろそろじゃないかと思うんだけど」

 マンションの真向いの道から自転車が現れた。
 左右の確認をした後道路を渡り、マンションの敷地内に入って、駐輪場に自転車を止めた。
 女性の姿だとわかるが、顔はわからない。
 芙季子と外村が注視している中、女性はオートロックの扉を開けて、マンションに入った。

 6軒あるうちの、部屋に明かりが灯っているのは半分。1階にしては時間がかかっている。
 2階は両方ついている。
 3階だとすれば納得のいく時間のかかり方だった。

「点いた」
 明かりが点いたのは3階の左側の部屋。
 宮前宅がどちらなのかわからないが、突撃してみることにした芙季子は、車を降りた。

 歩きながら何と声を掛けようか考える。
 週刊成倫の記者だと名乗ると、得られるものはきっとない。どの面下げてと怒らせるだけだろう。
 怒らせて相手の本性を見るという手段もあるにはあるが、悪人でもない亜矢にそんな手段は使いたくない。
 芙季子はただ知りたいだけなのだ。
 宮前亜澄の置かれていた状況を。

 山岸由依との関係性を知るためには、背景を知らないと何も見えてこない。
 亜澄が純粋な被害者であることがわかれば、前回の記事を謝罪し、真相を書き直さなければならない。
 そのためには知らなければいけない。

 芙季子は宮前宅のインターホンを鳴らした。

 訝しむような声色で「はい」と返事があった。

「宮前さんでいらっしゃいますか」
 確認を取ると、肯定した。
 あちらの画面に芙季子の顔が写っているはずだ。芙季子はぺこんと一度頭を下げた。

「雑誌社の記者で大村と申します。亜澄さんについて詳しく教えて頂きたく、取材の申し込みに参りました。亜澄さんのご容体はいかがでしょうか。快方に向かわれていらっしゃいますか」

 言葉を切って返答を待ったが、亜矢は沈黙している。
 だがインターホンの向こうにいる気配は感じられた。
 こちらの様子を窺っているのか、取材を迷っているのか。
 少し突っ込んでみようか。芙季子は返事を待たず、口を開いた。

「Bさんについて、学校から詳しい説明はありましたか? 中学時代のお友達と同一人物であることはご存じですよね」

「……本当なんでしょうか? あたしは別人だと思っていたので、飲み込めなくて」

 亜矢の動揺が伝わってくる。

 亜矢は動画とテレビで亜澄と友達だった山岸由依に感謝の言葉を述べた後、少女Bに対して攻撃の言葉を口にした。
 あの地点では同一人物だと気がついていなかったはずだ。

 だが芙季子の記事を読んだのだから、同一人物だとわかっているはずなのに、2回目の動画では触れていなかった。
 自分が非難されたと頭に血が上がり、理解していないのではないかと思っていた。

「確かな情報です」
「あの子について教えてもらえるなら、少しの時間でしたら取材に応じます」

「ありがとうございます。では、ご都合の良いお時間をご指定ください」
「今からでもいいですよ」

「今から? わかりました。準備をしまして、上がらせて頂きます」
 芙季子は急いで車に戻り、外村に取材を取り付けたことを伝えた。

「週刊成倫だと伝えたんですか」
「言ってない」

「身バレしたら危ないですよ。俺も行きます」
「車はどうするの?」

「コインパーキングを見つけてあります。少しだけ待っていてください」

 マンションの玄関先で5分ほど待っていると、外村が走って戻ってきた。

 外村に指摘されるまで危険性など考えていなかったが、週刊成倫を恨んでいるだろうから、逆上する可能性もあった。
 柔道経験者の外村がいてくれると、心強い。
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