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6章

第57話 森の中は物騒です

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 俺とエクレアは今朝来た森の中をもう一度歩いていた。
 しかし今度は今朝方とはわけが違う。
 異様にピリピリした雰囲気が立ち込めていた。
 俺はギュッと心に紐を結んだ。

「何だかピリピリしてるね」
「そうだな。どうやら俺達の存在を快く思っていないらしい」
「やっぱり? じゃあどうしよっか」
「どうしよっかじゃないだろ。俺たちは進むしかないんだ」

 俺はやけに物語の主人公っぽいことを言ってしまった。
 本当は【勇者】がこのポジションに相応しいんだろうが、今ここに【勇者】はいない。
 そこでエクレアは俺のことをちゃかしてきた。

「よっ、ノリノリだね! 流石主人公!」
「茶化すな」
「えー、でもかっこいいでしょ?」
「俺からしてみたらお前の方が主人公っぽいけどな。むしろヒロイン兼任のタイプだ」
「私が主人公? うーん、別に引き受けてもいいけど、今はいいかな」

 エクレアはこんな状況でさえ楽しさで飲み込んでいた。
 どうやらピリピリとした空気を変えようと必死で笑顔を振り撒いているらしい。
 あまり無茶をされて途中でばてられても困るのだが、その心配は一応なさそうだった。
 俺は安心して何故か口元が緩んでしまう。
 するとエクレアはにんまり笑って、俺の頬に人差し指を食い込む。

「おお、いいねいいねー」
「ウザい」
「ウザいって言わないでよ! でも、うん、私は間違ってない!」
「その強情さがお前のポジティブに繋がっているんだな」

 完全にウザ絡みだった。
 普通ならエクレアのことなど放って置くだろうが、コイツのヤバいところはその圧倒的な目立ち性能だ。
 コミュ力お化けなエクレアの前ではどんな行為も全て無力である。

「全く、大した奴……止まれ!」
「えっ、なになに!」

 俺はエクレアの腕を掴んで行かせないようにした。
 すると急に視線を感じ出す。誰かに見られている。
 しかも後ろから殺気を感じたので、先制攻撃を食らわせに掛かった。

「そりゃぁ!」

 俺はベルトに刺さっていた短剣を投げつけた。
 綺麗な直線を描くと草むらの中に飛び込んでいき、「グギャァー!」と悲鳴が上がる。
 どうやらゴブリンが1匹息絶えたらしく、魔石が転がってくる。

「よし、この調子で騒ぎを起こして全滅させるぞ」
「カイ君って結構怖いね」
「これが一番楽だ。無駄に動いて敵の罠に飛び込むより、力ある者は少し甘えて敵を呼びつける餌になった方が効率がいい」
「うーん、何だかなー」

 エクレアは否定派のようだ。
 けれど俺はエクレアを待つ気はない。勝手に進めようとしたが、ぼそりと口にしたエクレアは俺にこう答える。

「うん、その案乗ったよ!」

 何だか意外と素直なエクレアに奇妙ささえ覚えた。
 けれどエクレアは俺の目をジッと見て何かを確信したらしい。
 確信されても俺にできることなど限られている。
 そこで罠を適当に張り巡らせて対策を打つことにした。

「この変に罠を張ればいいのかな?」
「そうだ。適当に気の下とか、ゴブリンが通りそうな場所に張ってくれ」

 俺とエレクレアは気の幹の下にワイヤーを通してその先に罠を張ることにした。
 掛かるかどうかは正直微妙なところだ。
 けれどワイヤーはピンと張っていて、もしかしたらゴブリンが掛かるかもしれない。

「とは言え、肝はお前だ」
「私なの?」
「そうだ。お前の魔法が今回の肝になる」

 黄昏の陽射しを使えるエクレアがいるからこそ、今回の無茶な罠は起動できる。
 その理由は至ってシンプル。

「《黄昏の陽射し》は光を熱エネルギーに変化させることができる。それをお経過して放置しておくこともできるなら、お前の魔法は最高だ」
「えっ? 普通にできるよ」
「できるのは当たり前だ」
「当たり前じゃないでしょ!」

 エクレアの黄昏の陽射しは光を熱エネルギーの変化することができる。
 それができる上に固形化したりできるのは、流石にチート過ぎるんじゃないだろうか?

「だったらどれだけ爆発する」
「うーん、とりあえずドカーンって感じかな?」
「それは凄いな。少し出力を抑えろ」
「それは無理だよ。だってもう作ってるもん」

 エクレアは手に白いキューブを持っていた。
 俺はエクレアからキューブを受け取ると、強烈な熱を受けて手が晴れ上がりそうになった。
 しかし間一髪で手から離すと、すぐに水筒の水をぶっかける。危く火傷するところだった。

「ふぅ。とりあえずこれでオッケーだな」
「大丈夫、カイ君?」
「誰のせいだと思っているんだ」

 俺はエクレアに怒鳴りつけてしまった。
 しかしエクレアはいつも以上にポカーンとしていて、俺は首を傾げた。

「うーん。ごめんね。まさかこんなことになるなんて」
「お前な。もう少し出力を落とす練習をしろ」
「はーい! じゃあとりあえずこの森の地面だけが熱で吹き飛ぶようにしておくね」
「おい、それは流石にやりすぎだろ!」

 しかしエクレアは既に仕掛けを終えていた。
 完全に罠のやり方がかなりパワー系だった。
 これは放置していいものなのか、俺は呆れてものも言えず、他の人が巻き込まれないように祈るのみだった。とりあえず、エクレアは解除する気はないらしい。
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