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1話 生贄にされた少年

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 はぁはぁはぁはぁ

 拙く絶え絶えな吐息が、薄暗く鬱蒼とした森の中に絶え間なく聞こえていた。

(苦しい……早く死にたい)

 少年の思考は既に死んでいた。
 両腕を縛られ、綺麗な白い肌はボロボロに引き裂かれていた。

 目元は大きな火傷痕があり、かなり痛々しい。
 髪の色は漆喰のような艶やかな黒色からは想像もできないほど、白く変色している。
 完全に色が抜けていた。

 白髪になり、目の奥は真っ赤に腫れ上がった少年。
 僕は自分が本の中の悲劇の主人公のような気分だった。

 この後、誰かが助けてくれるなんて夢物語だ。
 僕の心は体と一緒でボロボロに壊れていた。

 早く休みたい。
 早く楽になりたい。
 そんなどうしようもない考えが頭の奥底から溢れてくる。

 ただ果てしない終わりだけを求め、彷徨い、森の中を駆けていた。

 如何してこうなったのか。
 そんなの知らない。
 まだ五歳の。子供の僕には、これは村のための役割だ。

 僕の暮らす村では定期的に人がいなくなる。
 数年に一度、村のために人が一人いなくなる。
 それが僕だっただけだ。

 お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも、僕のことを優しく見送ってくれた。
 昨夜まであんなに楽しく笑って暮らしていたのに。
 本当は目の奥は悲痛な気持ちでいっぱいだったんだ。

 だけど違った。
 蓋を開けてみれば、僕に待っていたのは家族からの同情じゃなかった。
 聞こえちゃったんだ。

「これは村のため。村のためにあの子は生贄にならなくちゃいけないの」
「俺たちは止めることはできない。止めたら俺たちが殺される」
「私死にたくないよ。そのためだったら、あんな弟、いなくなっちゃえばいいんだ!」

 子供でもわかる。
 皆んな僕のことが嫌いだったんだ。
 僕がいなくなることで村が救われるんじゃない。
 僕がいなくなることで、皆んな喜ぶんだ。

 あの村の人たちは皆んな人間じゃない。
 皆んな狂気を持った怪物だ。

 それじゃあ僕は何なの。
 僕も化け物なのかな。
 きっとそうだ。きっと僕が間違っているんだ。

 僕はいなくなった方がいい。
 僕なんていたら駄目なんだ。
 きっと皆んなを不幸にする。
 だから僕は生贄にされたんだ。

 村のためは建前で、駄目な子は殺される。
 きっとそれで世界は回っているんだ。

 そうでも思わないと生きてきた意味がない。
 いやちょっと待って。
 僕は何で今走っているの。
 如何して生きようとしているの。

 死にたいのに。
 早く楽になりたいのに。
 眠りたいのに。

 痛いのが嫌だから?
 それとも村の人たちに復讐がしたいから?
 いやどっちも違う。
 僕が走っているのは人間としての本能がそうさせているんだ。

 だから僕は走っている。
 走っているのは生きようとするから。
 生きようとするのは生きたいから。
 そうだ、僕は……

「生きたいんだ。死にたくないんだ!」

 心の奥からそう叫んでいた。
 だけど誰も助けてはくれない。
 それから真っ赤な発光体が落ちてくる。
 火だ。火の矢だ。

「あの方向、あっちは村がある……」

 本気で僕を殺そうとしていた。
 そう言えば昔から花火と称して火の矢が飛んでいた。

 あれは村の人たちが、生贄にした人を殺すためにやっていたんだ。
 冗談じゃない。
 僕は絶対に死なないぞ。

 たとえ足の骨が折れても走る。
 たとえ腕の骨が折れても棒切れを振るう。
 たとえ目が耳が使えなくても感覚で危険を察知する。

 そうさせる本能のまま、ぎりぎり保っている思考のまま、僕は僕は……

「バウっ!」
「痛いっ!」

 腕を噛まれた。
 黒いブルドッグのような犬が、僕の左腕を噛みぶんぶん振り回す。

「このっ! 離せっての!」

 棒切れを叩きつけた。
 すると犬は逃げ出した。
 助かった。だけど脈々と血が滴る。

 痛い。痛すぎる。
 だけど誰も助けてくれない。

 僕は泣きそうだった。
 いや、もう泣いていた。
 空からは火の矢が降り注ぎ、雨のようだった。

 泣いても仕方ない。
 生きないと。生きて自分いるべき理由を見つけないと。
 そうでないと。
 だから僕は、

「生きたい。死にたくない! 誰か、誰か助けてよ!」

 叫んでいた。
 空を貫き、僕の声が響く。
 すると森がざわめきだし、何かが寄せ集まる。

 草むらの影から覗いていたのは銀色の狼。
 しかも何匹もいる。
 十匹以上に取り囲まれ、腰を抜かした。

 それでも木の枝は離さない。
 だけど子供の僕に牙を剥き、狼は襲ってきた。

 死を覚悟した。
 深く目を瞑っていた。
 しかし死んでいなかった。

「えっ!?」

 目を開けるとそこには狼たちが倒れていた。
 それだけじゃない。
 三人の人影がある。
 しかしそのどれもが異質で、僕の目は奪われていた。

「生きたいと願いましたね。その心意気、素晴らしいです」
「なぁに、大丈夫。君は強くなれるよ」
「さぁ、立って。諦めてはいけない」

 優しい女の人の声。
 目の奥から涙が流れる。
 滝のようで勢いがある。
 それから熱い。

 僕を助けてくれた人たち。
 それは人間のようで人間ではなかったけど、あの村の人たちよりはよっぽど人間で、僕はかっこいいと思い、目を奪われてしまった。
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