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第一章
最後の仕事
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甚五郎の決意を聞いた霞は、ひとつ大きくうなずいた。
「あんたにはいい仕事をたんとしてもらったからね。分かったよ。ならこれを最後の仕事ってことにしよう」
霞が甚五郎にあてがった最後の仕事は、武蔵野の森の野盗狩りの仕事だった。町に大きな被害は出ていないが、旅人が襲われて金品を奪われたという届けがこのところしばしば番屋に入るようになっていた。被害は小さく限定的で、あまり手荒なことをする輩でもないことから、日々何かと忙しい岡っ引き連中が森まで出向いていくのを面倒くさがっているらしい。野盗というものは例え全滅させたところで、また必ず湧いて出て来るものだ。番屋の中には、害の小さな野盗を生かさず殺さずの状態にしておく方が、治安維持の為にはむしろ良いと考えるものさえいた。よって、この仕事も皆殺しをするような血なまぐさいものではなく、増長しないように適当に懲らしめてくれば良いとされている。
情報によれば、野盗の規模は10名足らず。頭領を締め上げて睨みを利かせる程度のことならば、甚五郎にはほんの朝飯前だ。
「2,3日で帰る。旅の準備をしておけよ」
りんどうにそう言い残すと、甚五郎は西に向かった。
野盗の一味は翌日には甚五郎の捜索の網に引っ掛かった。野盗たちは、旅芸人の夫婦に化けた甚五郎の仲間に山の茶店で因縁を付けて来たのだ。囮は成功した。甚五郎は、労少なく小金を奪った野党たちの後を追った。街道からは外れたが、整備された道を進んだ野党たちが行き着いた先は山寺だった。10名足らずのケチな野盗と聞いていたので、アジトと言っても小さな山小屋か掘っ建て小屋をイメージしていたのだが、それがかなり立派な寺社であったことを甚五郎は意外に感じた。野盗が寺に巣食っているのか、それとも寺の住職が噛んでいるのか。まずはその辺を洗う必要がありそうだ。
茶店に戻って仲間2人と次の行動を打ち合わせ、甚五郎も早速情報収集に動いた。翌日、再び茶店で落ち合った3人は持ち寄った話を組み立て、野盗の概要を明らかにした。それは幕府が掴んでいた内容とかなり異なった内容だった。
寺の住職の才蔵という若い僧侶だった。子供の頃から手の付けられない悪党で、噂では父親を殺めて住職の座を継いだという物騒な話もあった。自ら野盗を率いて手を下すようなことはしていないようだが、アジトの山寺の主となればこの住職が黒幕であると見て間違いない。
番頭格は、江戸から流れてきた元地方藩の指南役だったという男で、名を伴三郎と言った。伴三郎が流れて来た1年ほど前から、このあたりで野盗が蔓延り出したということから見ても、この男と才蔵が手を組んで山賊どもを組織したのだろう。大きな事件を起こして江戸から睨まれることのないように、あくまでもコソ泥風情を装っているが、実際のところ泣き寝入りの数は表立ったものの何十倍もあるようだ。話を総合すると野盗の人数も20名は下らない。この街道を通る者をほとんど片っ端から毒牙に掛けていると言っても良さそうだ。そうでもなければこうもアッサリと囮に引っ掛かるはずもなかろう。
想定の倍以上の人数に加えて手練れもいるとなると、今回の3人の仲間だけで動くのは少々危険かも知れない。甚五郎もそう考えたが、あくまでも組織壊滅や皆殺しの命を受けているわけではないのだ。その才蔵と伴三郎をちょっと懲らしめてやれば良いのであれば、造作もないことだ。何よりも甚五郎は、さっさとこの仕事を終わらせて、りんどうの元に帰ってやりたかった。
「なあに。大したことはあるまい。この辺りを旅芸人風情で歩いていれば、向こうの方からすぐにやってくるだろう。そこでちょっと抵抗してやれば伴三郎が話を付けに出て来るはずだ。そいつを締め上げれば、才蔵も慌てて顔を出すに違いない」
「まあ、あんたの腕なら心配には及ばんだろう」
この2人とは、3ケ月間の仕事でもっともっと危ない橋を共に渡った。2人の腕も確かだったが、全ての敵を圧倒的な力で薙ぎ倒して来た甚五郎の槍術は圧巻だった。20名やそこらの山賊など恐れるに足らず。こうして3人は改めて旅芸人を装い、野盗をおびき寄せることにした。
(続く)
「あんたにはいい仕事をたんとしてもらったからね。分かったよ。ならこれを最後の仕事ってことにしよう」
霞が甚五郎にあてがった最後の仕事は、武蔵野の森の野盗狩りの仕事だった。町に大きな被害は出ていないが、旅人が襲われて金品を奪われたという届けがこのところしばしば番屋に入るようになっていた。被害は小さく限定的で、あまり手荒なことをする輩でもないことから、日々何かと忙しい岡っ引き連中が森まで出向いていくのを面倒くさがっているらしい。野盗というものは例え全滅させたところで、また必ず湧いて出て来るものだ。番屋の中には、害の小さな野盗を生かさず殺さずの状態にしておく方が、治安維持の為にはむしろ良いと考えるものさえいた。よって、この仕事も皆殺しをするような血なまぐさいものではなく、増長しないように適当に懲らしめてくれば良いとされている。
情報によれば、野盗の規模は10名足らず。頭領を締め上げて睨みを利かせる程度のことならば、甚五郎にはほんの朝飯前だ。
「2,3日で帰る。旅の準備をしておけよ」
りんどうにそう言い残すと、甚五郎は西に向かった。
野盗の一味は翌日には甚五郎の捜索の網に引っ掛かった。野盗たちは、旅芸人の夫婦に化けた甚五郎の仲間に山の茶店で因縁を付けて来たのだ。囮は成功した。甚五郎は、労少なく小金を奪った野党たちの後を追った。街道からは外れたが、整備された道を進んだ野党たちが行き着いた先は山寺だった。10名足らずのケチな野盗と聞いていたので、アジトと言っても小さな山小屋か掘っ建て小屋をイメージしていたのだが、それがかなり立派な寺社であったことを甚五郎は意外に感じた。野盗が寺に巣食っているのか、それとも寺の住職が噛んでいるのか。まずはその辺を洗う必要がありそうだ。
茶店に戻って仲間2人と次の行動を打ち合わせ、甚五郎も早速情報収集に動いた。翌日、再び茶店で落ち合った3人は持ち寄った話を組み立て、野盗の概要を明らかにした。それは幕府が掴んでいた内容とかなり異なった内容だった。
寺の住職の才蔵という若い僧侶だった。子供の頃から手の付けられない悪党で、噂では父親を殺めて住職の座を継いだという物騒な話もあった。自ら野盗を率いて手を下すようなことはしていないようだが、アジトの山寺の主となればこの住職が黒幕であると見て間違いない。
番頭格は、江戸から流れてきた元地方藩の指南役だったという男で、名を伴三郎と言った。伴三郎が流れて来た1年ほど前から、このあたりで野盗が蔓延り出したということから見ても、この男と才蔵が手を組んで山賊どもを組織したのだろう。大きな事件を起こして江戸から睨まれることのないように、あくまでもコソ泥風情を装っているが、実際のところ泣き寝入りの数は表立ったものの何十倍もあるようだ。話を総合すると野盗の人数も20名は下らない。この街道を通る者をほとんど片っ端から毒牙に掛けていると言っても良さそうだ。そうでもなければこうもアッサリと囮に引っ掛かるはずもなかろう。
想定の倍以上の人数に加えて手練れもいるとなると、今回の3人の仲間だけで動くのは少々危険かも知れない。甚五郎もそう考えたが、あくまでも組織壊滅や皆殺しの命を受けているわけではないのだ。その才蔵と伴三郎をちょっと懲らしめてやれば良いのであれば、造作もないことだ。何よりも甚五郎は、さっさとこの仕事を終わらせて、りんどうの元に帰ってやりたかった。
「なあに。大したことはあるまい。この辺りを旅芸人風情で歩いていれば、向こうの方からすぐにやってくるだろう。そこでちょっと抵抗してやれば伴三郎が話を付けに出て来るはずだ。そいつを締め上げれば、才蔵も慌てて顔を出すに違いない」
「まあ、あんたの腕なら心配には及ばんだろう」
この2人とは、3ケ月間の仕事でもっともっと危ない橋を共に渡った。2人の腕も確かだったが、全ての敵を圧倒的な力で薙ぎ倒して来た甚五郎の槍術は圧巻だった。20名やそこらの山賊など恐れるに足らず。こうして3人は改めて旅芸人を装い、野盗をおびき寄せることにした。
(続く)
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