異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第25章 帝国皇后クーデターと落日の堕天戦乙女編

第5話 叛逆の堕天戦乙女

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・・5・・
 帝国軍はまさに逃避行の最中(さなか)にあった。
 各個撃破される師団、包囲されあえなく降伏を選ぶ師団は幸せなもので、降伏を拒否すればあっけなく撃滅される師団もあった。特に北部軍集団は凄惨たるもので、いつまで経っても指揮官シェーコフの消息は分からず――実際にはもうこの世にはいないのだが――、命令が下されないまま各自行動するほかなく、結果として有象無象と化した北部軍集団は統合軍の集団的軍事行動に次々と呑まれることになる。
 その点、南部軍集団は幾分かマシだった。人類諸国統合軍の攻勢を最初期に受けた師団は言うまでもなくもう存在していないが、わずかばかりに生きている通信でリシュカの命令が届いたことから辛うじて組織的行動は保てていたし、リシュカと後退を共にしていた第八軍のどれだけかの部隊は統合軍を食い止め時間稼ぎをする程度には組織の体をなしていた。
 また、前線から比較的後方にいた部隊は幸福だった。まず何より後退出来るだけの時間があったこと。最前線の明らかな異変を無傷で察知できたこと。比較的後方にいた部隊の数は多くないものの、少なくとも今死ぬか捕虜になる運命から逃れられたのは間違いなかった。
 このように帝国軍各師団の師団長が独自で判断をせざるを得ず、着実に命運が尽きかけている中で、リシュカは当初の行先であるドエニプラでは危険――偶然入った通信によると、統合軍の北部方面への侵攻速度がかなり早いとのことだった――と判断し行先をホルソフに変更。ムィトゥーラウを出発してからは最大時速に近い移動速度で東へ。一八の日の夕方には護衛の一個連隊と共にようやくホルソフから西25キーラにまで到達。どうにか再起を図ろうとしていた。

・・Φ・・
4の月18の日
午後5時過ぎ
ホルソフ市から西約25キーラ

「ホルソフに元からいる部隊と難を逃れて到着した部隊を合わせて、今ある戦力は約八○○○○と少し。明日にかけて逃げてきたのがもう少し増えるだろうけど、希望的観測は良くないからまあ、この数で考えるのが吉。となると、統合軍の連中にたったこれだけで対抗しなければならなくなる……。幸いホルソフは物資弾薬の中継と貯蔵拠点になっているからモノは揃っているけど……。ああくそ、たった数日で何もかもが足らない立場になるなんて……」

 リシュカは蒸気自動車の後部座席に座って、ああでもないこうでもないとたまたま持っていた白紙に作戦案を書きなぐっていた。昨日から強行軍かつ二度三度と統合軍戦闘機部隊によるハラスメント攻撃が行われていたからほとんど寝ていない。その為に、目の下にはクマが出来ていた。

「通信状況は昨日より少しだけマシになったけれど、それでも平時の一割ちょっと。そのせいで統合軍の連中の動向どころか自軍の状況すら断片的にしか分からない。不確定要素の多すぎる状況でどう作戦を組めばいい……」

 隣にオットーがいるのも気にせず、リシュカはブツブツと独り言を口にし続ける。回らない頭で何とか作戦を組み立てようとするものの、糸口は掴めない。しかし無抵抗でいるつもりもないから、とにかく何とか考えてみる。普段の彼女の思考回路を考えれば何とも不毛なやり方だとオットーも感じているが、目を覚ましたばかりの時よりはずっといいからと口を挟むつもりは無かった。
 とはいえ、必要事項は伝えねばならない。オットーはリシュカに声をかける。

「リシュカ閣下、あと三〇分ほどでホルソフです」

「分かった。ギリギリまでホルソフの奴らに伝える命令を考えるから邪魔しないで」

「御意に」

 余裕が無いからかリシュカの返答はかなり刺々しい。ただ、オットーも分かりきっている事だから返答を終えるとそのまま自分の仕事に移っていた。
 リシュカは作戦を考え続ける。しかし戦況をひっくり返すような案は浮かばない。そもそもが分からない要素ばかりで組んでいるのだから当たり前なのだが。
 くそ。くそ。どうしてこんなことに。
 責める先がない故に自暴自棄になりかける。
 でもこんな事したってなんの意味もない。何度も陥っている思考の落とし穴にハマっては抜け出し、やや乱暴だがリシュカは結論を出した。
 とりあえずはホルソフに着いてから得た情報で考えるしかないと。この周辺だけでなく後方予備の兵力を抽出するとか、とりあえずあるもので賄ってから後方からの支援を待つといったような感じ。
 そうしているうちに、ホルソフ市街に入っていた。司令部までもうすぐである。

「間もなく到着します」

「分かってる。身なりは……、気にしても仕方ないか」

「服は洗えばいいですが、包帯は到着後に替えましょう。頭部の怪我は他より気をつけねばなりませんし、古いままではよくありませんから」

「そうね」

 オットーの言うことに頷くリシュカ。短いやりとりはすぐ終えて、視線を窓の外に移す。
 ホルソフの市街地にいる将兵達は、リシュカが思っていたよりかは統率が取れた行動をしているように見えた。着の身着のままの状態でやっとホルソフに到着し休んでいる者も多いが、元々ホルソフかその近辺にいた将兵達と思われる部隊はリシュカが来た方角へ向かっていくなど、既に準備を始めていた。
リシュカはその様子を見て、胸を撫で下ろす。
 ホルソフとの通信が繋がったばかりの頃は、現地指揮官――親リシュカ派の中将――が全くの情報不足でまるで暗闇の中にいるみたいだとかなり気が動転していた様子が通信の文面からも垣間見られたが、どうやらその後にリシュカが送った、統合軍の攻撃に備えて防備を固め部隊をひとまずホルソフ近郊に展開しろ。という命令にしっかりと従っているらしい。最低限の立て直しは進んでいるようだった。
 情報連絡線の回復と再確立やホルソフに到着した部隊の配置については後で確認すればいいかと思っていると、蒸気自動車は停車する。司令部のある建物に到着したからだ。
 リシュカやオットーが降車すると、ホルソフにいた司令部の面々の出迎えを受ける。

「リシュカ閣下っ!  よくぞ、よくぞご無事でございました!  お怪我の加減は?   かなり痛々しい姿のようでございますが……」

「包帯は変える。幸い指揮が出来ないとか戦闘が出来ないとかそういうのではないから安心して、ドルゾフ中将」

「御意に!   ツォーホフ准将、軍医の手配をすぐに行え!」

「はっ!」

 リシュカが無事だったのを何より喜んでいたホルソフ方面の指揮官で親リシュカ派のドルゾフは副官のツォーホフに軍医の手配をするように命じる。
 彼もまた統合軍の大攻勢で上位指揮命令系統からの連絡手段を一時失ってどうすればいいのかと頭を抱えていたが、リシュカからの通信が回復したことでかなり士気を取り戻していた。その甲斐もあってリシュカが到着する前に最低限の采配と情報収集を行い、いつでもリシュカを迎えられるようにはしていたのである。
 ドルゾフの案内で軍医の診察――重傷ではないが、軽傷と言うにはやや重いとのことだった――を受けたリシュカは、連日の移動などで身が汚れていたのもあってまずは身体を清め、着ていた衣服もとりあえず泥や砂を払うだけにして再び身に纏う。
 一時間半程度経ってから、ホルソフの司令室に入った。

「ドルゾフ、状況は?   まずはそうね……、自軍はどう?」

「はっ。ホルソフ及び周辺展開部隊、さらには西から逃れてきた友軍を含めると今ここにいるのは約一〇〇〇〇〇程度です。しかし、完全充足と言えるのは元々ここにいたか近辺にいた部隊くらいのもので、そうなると実質完全に動かせるものとなると、およそ一個軍かと」

「やっぱ見立て通りか……。敵の動きは?」

「眼鏡を外した状態、と言って差し支えない状態です。断片的に入ってくる情報を分析した結果、統合軍の単位で一個方面軍が丸ごと向かってきているのではないかと……。ただこれも正確な数ではありません。多く見積って約三五〇〇〇〇から四五〇〇〇〇。少なく見積もっても約三〇〇〇〇〇程度は向かってきていると考えた方が良いかと……」

「一個軍集団程度は考えておいた方が良さそうね……」

 リシュカは大きくため息をつく。数的不利なのは分かっていたが、実際に数字で示されると頭が痛い。少なく考えても敵は三倍。多ければ四倍以上。しかもこれまで散々苦しい戦況に立たされた連中が大攻勢で士気は最高潮だろうから、精神面でも不利。
 単独ではいつまでも持たないだろうなとリシュカは早々に結論づける。

「はっ。はい、控えめにいっても、かなり不利な状況に立たされております。ただ、絶望的という程ではありません」

「理由は?   北部のドエニプラとの連絡は未だ不通なのに?」

「理由は二つあります。一つ目は、ここホルソフが兵站の一大拠点であること。確かに部隊は寄せ集めになるでしょうが、物資弾薬の類はいくらでもあります。元々がムィトゥーラウやオチャルフ方面に供給する兵站線でありますから、一個軍分の食糧や弾薬を賄うには十分すぎる位にあります」

「大体どれくらい?」

「市街戦で立てこもれと言われたら、重砲類を含め一ヶ月分は余裕に。二ヶ月程度ならば戦えます。ただ、手痛いのはソズダーニアがほぼ皆無な点でしょうか……。アレはドエニプラにまだ多少あるはずですが、ここにはせいぜいが約一〇から一五程度。タイプはトゥバです」

「二型なら……、無いよりはマシか……。対して統合軍はゴーレムをどれだけ動かしてくるか……。まあいい。二つ目は?」

「はっ。二つ目は、先程セヴァストゥーポラとの情報連絡線が回復しました。少なくとも後方連絡線は確保しております。しかし、帝都との通信は未だに回復しておりません。帝都からの通信網は、ドエニプラを経由しておりますので……」

「となると、ドエニプラでは間違いなく敵の空襲を受けたな……。連中、こちらの目を奪いに来ている。得意なやり方だから手馴れたもんだね……。しかも帝都まで状況が不明……。こっちも何かが起きたか……」

「自分もそこまでは……。とりあえずセヴァストゥーポラとの連絡が繋がっただけでも……。あそこなら鉄道での物資や兵員輸送も可能です。我々だけではいつまでも耐えられませんが、後方からの支援が得られれば希望は皆無というわけではありません」

「確かにね。最悪去年みたいにドエニプラが奪われたとしても、私達のホルソフが生きていれば統合軍は南部から圧力を受けることになる。私は連中とオチャルフで直に戦っていたからこの目で見たけれど、傷が無いわけがない。私達より乏しい予備兵力でどこまで進めるかというのもあるだろうし、何よりここホルソフは兵数的にも無視は出来ない。お前の言うように、希望が無いわけじゃないね」

「はっ。はい、中期的以降にはどうしても帝都方面の中央軍や東方軍を頼ることになりますが、それでも時間稼ぎなら出来るかと」

「分かった。ひとまず今日の内に応急策を考案して部隊を配置。統合軍に対して圧力をかけることを主眼とした作戦で」

「御意に!」

 司令部室にいた面々はリシュカの命令ですぐさま動き出す。決して諦めてはおらず命令を遂行しようとする気があるだけ十分か。と、リシュカは物事をプラスに考えて、自分も作戦の構築を始めた。
 だがしかし、リシュカは運命の女神とやらにとことん嫌われているらしい。作戦立案を始めて二時間近く経ち、日付が変わるのが近付き始めた頃に通信が入った。

「リシュカ閣下、帝都から、帝都から通信が届きました!   現在受信中です!」

「ようやくか……。復旧までにこれだけかかるって事はよっぽどだけど、どんな連絡なんだか」

 口振りの割にはリシュカは帝都からの通信に安心していた。待望の中央からの連絡が回復したからだ。通信要員も司令部の高級士官達もホッとした面持ちだった。ところが、通信要員は急に顔面蒼白に面持ちが変わる。

「いや、そんな、そんな馬鹿な……」

「どうしたのよ。とっとと読み上げて」

「は、はい……。読み上げます……」

 通信要員はリシュカの方を一度見てから唾を飲み、声を震わせて言った。

「な、内容は……、リシュカ・フィブラの傀儡となったレオニード陛下では、このままでは、帝国は滅亡しかねない。よって皇后勅令として、出血も辞さない手術を行う。各軍は戦闘行動、を停止し、と、統合軍に対して本件を伝えた上で一時停戦するように。…………です」

 通信要員が発した帝都からの通信内容に、部屋にいた全員に衝撃が走った。
 反応は二種類だった。
 一つは帝都でクーデターが起きた上に、皇后のルシュカがその首謀者であること。しかもクーデターが成功した上に理由が目の前にいるリシュカが主な原因であるという内容。そして、皇后の勅令として戦闘行動を停止しろというもの。
 これで混乱するなと言われても無理な内容だった。
 もう一つの反応は一人だけ。リシュカだった。

(私がレオニードを傀儡にしていた?   そのせいで帝国が滅亡しかねない……?    あいつ、あいつ……、あのクソアマ……)

 裏切りやがったな!!!!

 と。この通信内容にリシュカは身体を震わせる。無論、怒りで。
 帝国に寝返ってから、少なくとも自分は帝国の為になるよう行動をしてきた。軍を強くさせ、統合軍と十分戦える組織にした。『煉獄の太陽』を完成させ、連合王国王都で起爆させ、年末からの大攻勢もシェーコフと共に指揮をした。
 そこまでして、そこまでさせて、総崩れになったからなのか、帝都で何か起きたのが理由だからか、ここで私を切り捨て生贄した?

 許せない。
 許せるわけがない。
 許してはならない。
 人類諸国だけじゃない。
 貴様等まで。

 リシュカの心は冷えきった。目の光も消え失せた。

 ふざけるな。
 まだ総力戦の中盤程度でしかないこの戦争で。
 何より、復讐も果たしていないというのに。
 ここで終わってたまるか。

 と。リシュカはすぐに行動に移した。

「どうやら皇后ルシュカは乱心したようだ。その通信、皇后勅令とは言うけれど、皇帝陛下の連名になってる?」

 不気味を通り越して末恐ろしさを感じるリシュカの微笑みと言葉に、悲鳴を上げなかった通信要員は立派だ。

「い、い、いえ……。クーデターに伴い全権が移譲されている為、そのようなものは……」

「ならば皇后ルシュカの独断専行かつ乱心でしょう。私達は、皇帝陛下をお助けせねばならない。まずは、このホルソフ周辺を確保した上で守らねばならない。皇后がどの程度まで掌握しているか知らないけれど、少なくとも私達は皇帝陛下の軍であらねばならない」

「で、では我々はこの勅令には従わないと……。事と次第によっては、我々は賊軍になりますが……」

 恐る恐る尋ねるドルゾフを、リシュカは睨む。

「だからどうした?    ルシュカがどこまで掌握したか不明としても、確保出来ているのは帝都くらいでしょ?   あと、前線に戦闘停止命令を出したってことは、前線の一部も掌握。ここじゃなさそうだから……ドエニプラか。でも、少なくとも私が知らないということは、全てを掌握しきっていないはず。全てだったら絶対にどこかから漏れているもの。てことは、つまりまだ乱心した皇后から全権を取り戻すことは出来る。特に、東部方面は皇帝陛下に。南部方面は私に近しい者も多い。違う?」

「た、確かにおっしゃる通りではありますが……」

「あとよく考えてみなよ。戦闘停止したとて統合軍にそう易々と捕虜になりたい?   あっちは毒ガスを使うような奴らだし、そもそも私達は連合王国の王都にアレを落としてる。捕虜になった結末を想像してみなさいな」

「…………」

 リシュカの言うことも最もだ。捕虜の扱いが比較的優しい統合軍とて、それは『煉獄の太陽』より前の話。今となってはどうなることか、ましてやリシュカに近いともなれば……。
 要するにリシュカが行ったのは遠回しの脅迫であり、レオニードが実権を取り戻した時の拠点確保という大義名分だった。
 そして、ここにいるのは親リシュカ派が多数を占めている。
 逆らったら捕虜になる前に死ぬだろうし、捕虜になったとて五体無事である保証はどこにもない。
 であるのならば、リシュカの言うように短期的には極めて不利ではあるものの統合軍に対抗し、中期的以降にはレオニードが実権を取り戻した時の為の拠点確保をしておけば自らの地位は保証される。可能性がどれくらいかはともかく、道が全く閉ざされた訳では無い。
 実際はリシュカの洗脳に近しい派閥作りに毒された点が大きいが、彼等は彼等なりの論理的思考でそう判断した。

「ひとまず、セバストゥーポラには速やかに連絡を入れておきなさい。あそこも司令部の面々は私の派閥。南部方面の拠点はいくつか確保出来るようになさい」

「はっ!」

 その後いくつかの命令を出したリシュカは、尊大な様子で椅子に座る。

(私は裏切り者を絶対に許さない。何がなんでも、ぶっ殺してやる。統合軍とクソ英雄も、帝国のクソアマ皇后と従う連中も……)

 レオニードの予測通り、リシュカは反旗を翻した。
 帝国北部軍集団はルシュカの勅令を受け取って順次伝わった部隊から戦闘停止や一時休戦の為の行動に移ったものの、南部軍集団残存部隊はこの勅令を「ルシュカは乱心しており、勅令は無効」と拒否。そのまま統合軍との戦闘は続行する。
 戦争はいよいよ、最終局面へと進むのだった。
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