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第23章オチャルフ要塞決戦編(前)
第8話 後方もまた戦争なり
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・・8・・
3の月12の日
午前10時過ぎ
テイツォル西部郊外・統合軍野戦司令部
激戦続くトルポッサ方面の戦いも終盤に差し掛かった。
三の月も中旬に入るとトルポッサ市街地の東半分は帝国軍が占領し、攻勢は相変わらず激しかった。
この頃になると統合軍は既に野戦司令部を西に約二〇キーラ先のテイツォルに移しておりモルツォイ、トルポッサと厳しい戦いに身を投じていた連隊長ウェルティアを始め、一一連隊の面々はこの野戦司令部付近に所在していた。
時刻は午前十時過ぎ。師団司令部での会議を終えたウェルティアは、第五〇一大隊大隊長のメイリーのいる、司令部近くの野戦病院へ向かっていた。
司令部から野戦病院になっている建物は徒歩五分程度。その間、ウェルティアは会議で話されていた内容を振り返る。
(今日中にもあたし達の入れ替わりに約九五〇〇〇の内、前衛軍はやってくる。ちびっ子中将んとこの参謀本部が予定より若干早く向かわせてくれたおかげでこっちも早く撤退出来るようになったのは、本当に助かったね……。正直死傷者もそうだけど、消耗してたし……。何より全体的にこれ以上の消耗は避けたいと誰もが言っていたもの)
ウェルティアは予定より若干早く入れ替わりの友軍が来ることに感謝していた。約二週間に及ぶトルポッサ方面の戦闘は他の戦線に比べて異様と思える程に激しかったからだ。
今日の会議でも確認された各師団の損耗率を鑑みると、入れ替わってやってくる友軍の到着がもしあと数日遅れたら。もし不測の事態が起きていれば。そのような事を考えるとウェルティアはゾッとしたのである。
(でも幸いにしてそうはならなかった。帝国軍はいつも通り人海戦術でやってきた。私達は無事オチャルフに行くことが出来て、少しくらいは休息出来る。ラッキーと思うべき、でしょうね。)
だが、現実には自分達が担当する作戦はまずまずといった形で終えられた。大隊長は全員ほぼ無傷であったし、連隊全体損耗率も予想よりやや高かったが全員に無理はするなと厳命した結果他と見比べればずっとマシな部類。であれば、良しとしよう。
そう結論付けたウェルティアは歩きながら次の事に思考を移す。
今日の午後には到着する入れ替わりの友軍の先遣部隊の引き継ぎに、大隊長クラスとの会議、撤収する為の準備作業――ある程度までは進めてある――等々。自分達は戦闘せずに済むとて、ウェルティアの仕事は多かった。
後で休憩の一つでも取らないと割に合わないと嘆息していたら、目的地である野戦病院になっている建物に到着する。
野戦病院の施設内は前回訪れた時より雰囲気が明るかった。ここにいる多くの兵士達はこれからオチャルフへ向かえるからだろう。
特に比較的軽傷な部類に入る兵士達は、
「オチャルフは無敵の要塞なんだってよ」
「らしいな。何せアカツキ中将もアドバイス程度だが設計に携わったんだとさ」
「へえ。あの英雄閣下が。なら安心だな」
「おうともさ。何よりここからオチャルフは約一〇〇キーラ先。少しばかりかは帝国軍の顔を見ずに済むわけさ」
「本心は本国送還だけどな」
「ちげえねえ。けどよ、これくらいの怪我じゃそうはいかねえさ。俺達が戦わなきゃ家族が殺される。それは許せねえ」
「俺もだ」
「ま、しばらく休めたんだ。また一緒に頑張ろうぜ」
(どこの部隊か知らないけど、随分と士気が旺盛なのもいるもんなのね。ていうか、まだ戦う気のヤツが多いじゃない。)
兵士達のやり取りを耳にしてウェルティアは感心していた。帝国軍との戦争という命が幾つあっても足りないようなこの戦場で負傷してもなお、また戦場に戻ろうとしているのだ。高位能力者の自分達のような特殊な部類はともかく、普通の兵士が。
だが、彼等がまだ戦えると言えるからこそ今の戦線は成り立っている。
どうか彼等が無事本国に帰れるようにと願いつつ、あたし達も頑張らねばとウェルティアは思っていた。
彼女が歩を進め、着いたのは大きめの病室。野戦病院にありがちな何十ものベッドが並んでいるタイプのものだ。ここは自力で歩けるようになった負傷兵や腕は怪我しているが脚は無事な者が多い。自立歩行可能な兵士の一部は今日からオチャルフに向かうからか、自分の荷物を片付けている兵士もいた。
その中に、用事のある人物はいた。メイリー・ヒーラッテンである。彼女は負傷兵の診察をしていた。ウェルティアは邪魔しちゃ悪いと思い、終わるまで様子を見ることにした。
メアリーは負傷兵一人一人と話していた。
「メイリー少佐、自分はまた戦えますか?」
「戦えますよ。でもまずは完治させてから言いなさい」
ある者には優しく諭す。
「俺、片目が見えなくなっちまって……。でも仲間を置いて本国には帰れないっすよ……」
「著しく視力が低下した貴方が味方の足を引っ張る可能性があると考えなさい。貴方がヘマをすればその仲間は死にますよ」
「ういっす……」
「せっかく拾った命です。本国帰還後は家族と過ごしなさい」
「了解、しました……」
片目が失明に近い状態になった兵士には厳しく接する。理由も至極正論を述べていた。
「俺は頭と脚を多少やっちまったけど戦えます。何故本国へ?」
「貴方は先週まで危なかったでしょう。下手したら死んだかもしれないのが、魔法医学で一命を取り留めただけですよ。大人しく本国へ帰りなさい」
「けど、メイリー少佐はここから撤退してもオチャルフに残るんですよね?」
「私は魔法軍医の資格を持っていますが、戦える能力者でもあります。二つとも必要とされる人材である以上、そして上から命令されているのならば、私が戦い続けるのは義務です。第一、私は大隊長ですから」
「そりゃそうですけど……」
「じゃあこう言いましょうか。貴方が本国に帰還するのは私からの命令です」
「…………分かりました。ですが、どうかご無事で」
「当たり前です。私には会いたい人がいますから」
「会いたい人、ですか。これは失礼致しました」
「いえ。お気になさらず」
そして重傷だったにも関わらず回復が早く済んでまだ前線に残ろうとした兵士には軍医としての命令という、伝家の宝刀を抜いて納得させていた。
(アイツ、想い人の話になると声音がいつも柔らかくなるわね。……そういえば、手紙がまた届いていたっけか。)
メイリーの想い人、トゥディアか手紙がちょうど今日届いていて預かっていたのを思い出したウェルティアは、後で渡そう。きっと喜ぶだろう。と思いながらメイリーの診察の様子を見続けていた。
診察が終わったのはそれから五分程経ってからだった。
ウェルティアの方に近付いてきたメイリーは、ウェルティアがいることに気付いたようで歩を少し早くすると彼女の前に来て敬礼をした。
「お疲れ様ですぅ、ウェルティア大佐ー」
「ご苦労様、メイリー少佐。患者の前だと随分と凛々しくなるんだって改めて思ったわ」
「この話し方よりはずっと威厳はありますからねぇ。ところで何か用ですかぁ?」
話し方がいつものタイプになるメイリー。ウェルティアや大隊長達とは付き合いが長いから素を見せられるのだろう。
そのメイリーは連隊長が自分の所に来たのだから何か話すことかあるのだろうと分かっていたので聞いた。
「察しが良くて助かるわ。立ち話もなんだし、あんたの執務室に行きましょう?」
「分かりましたぁ。ちょっと散らかってますけど、いいですかぁ?」
「構わないわよ。この前まで戦場とココを往復ばっかりだったし」
メイリーの軍医としての執務室は五階建ての四階の一室にあった。
メイリーは紅茶を手馴れた様子で淹れると、ウェルティアが座っている前にあるテーブルに置き自分も座った。
「メイリー少佐。早速本題だけど、我々第一能力者化師団は全部隊が明後日から明明後日にかけてオチャルフへ移動になったわ」
「あら、それは良かったですー。やっとオチャルフに下がれるんですねぇ」
「ええ。入れ替わりの友軍が予定より早く着くことになってね。おかげで特に戦線に出ずっぱりだつた私達は優先的に行けるわ。早くて明日。遅くても明後日になるでしょうね」
「了解しましたぁ。大隊の部下には早速伝えておきますねぇ。皆喜びますよー」
「僅かな平穏だけど、休息も取れるものね。あぁ、それと。あんたが立案した負傷兵の後送は一番上から許可が出て早速動いてくれるそうよ」
「え、立案通ったんですかぁ? ゴリ押しはしましたけど、無理は承知のつもりだったんですよぉ」
メイリーが立案したのは負傷兵の後送を速やかかつ全員を運ぶ為に鉄道をメインとし、蒸気トラックも用いて運べないかというもの。
今回の戦いも例に漏れず相応の負傷兵がおり、自力歩行出来ない者若しくは難しい者は運びたいとメイリーは軍医の視点から考えていたのだ。これは今の季節が春や秋ならともかく冬であるからだ。流石に厳冬期ほど厳しくないにしても、負傷兵にこの寒さで歩けというのも酷な話。だから彼女は立案したのである。
ただ、限られた期間で重傷者はともかく無理を押せば歩ける者までは難しいとメイリーは思っていた。いくら機械化が進みつつあるとはいえ、数に限りがあるからだ。
「あたしもさすがに理想の水準までは厳しいと思ったのだけれど、あたしだけじゃなくてザレッツ参謀も連名で提案してくれたの。それに、ウチの師団長の命令指揮系統上、ウチの師団長から通せばちびっ子中将に直接行くでしょ?」
「アカツキ中将閣下は分かりますけど、ザレッツ……? あぁ、ザレッツっていうとぉ、参謀なのに狙撃技能で一躍有名になった人ですよねぇ」
「正解。自分の功もあれば通るだろうって」
「へぇ。彼には感謝しないといけませんねぇ」
「自分は参謀なんだから本来は前線になんてそうそう行かないんだぞ。とかブツブツ文句言う割には有能だよ、あの参謀は」
「ですねぇ。彼のおかげで私がいたとこも少しは楽になりましたしー」
「今度礼を言っておくことだね」
「そうしますぅ」
メイリーはウェルティアに大隊長メンツ達に向けるような眼差しをしながら言った。彼女の中でザレッツが彼等に近しい信頼度にしても良いと思った瞬間だった。
「ひとまずあたしから伝えることは以上。あんたからは何かある?」
「そうですねぇ。負傷兵の診察や治療をしてた時に聞いた話くらいなら。四方山話(よもやまばなし)程度ですけど」
「何か気になることがあったのかしら?」
「負傷兵から聞いたんですけどぉ、捕虜にした帝国軍新米士官がかなり若かったとかですかねぇ。兵士だけじゃなくって、士官もかなり増員されてるんじゃないかって言ってましたよぉ」
「へぇ、興味深い話だね」
「私も思いましたぁ。たしかぁ、その捕虜は『僕は戦争で人殺しをする為に魔法学校に入ったわけじゃない』とか言ってましたけどぉ、正直それはどうでもよくてぇ」
「まあ同情はしないわね」
「話によるとぉ、その捕虜がこっちに来た時までにだいぶ士官と兵士を増やしてたって言ってましたぁ」
「なるほどねえ。多少無理矢理なら後方から新しいの連れてこれると」
「そうですねぇ。ですからぁ、オチャルフ要塞に至ってもまだ帝国軍は人的資源を絞り出してくると思いますよぉ。気をつけた方がいいかとぉ」
「分かった。報告感謝するわ、メイリー少佐」
「いえいえー。有益な情報って、野戦病院は集まりやすいですからぁ。彼等、野戦病院では暇でしょうからこういう話をしてくれるんですよぉ」
「情報はそういうところからも出てくるものね。今の話は師団長を通じてちびっ子中将んとこにも伝わるようにするわ」
「はぁい」
「じゃ、打ち合わせはこれにくらいにしましょ。何せオチャルフ行きの準備で忙しくなるもの」
「ですねぇ。私も部屋の片付けとかしますー」
ようやく激戦地から離れられることになった第一一連隊の面々。しばしの休息を彼等が得られるかどうかはともかくとして、誰もが少しばかりは休めると思っていた。
3の月12の日
午前10時過ぎ
テイツォル西部郊外・統合軍野戦司令部
激戦続くトルポッサ方面の戦いも終盤に差し掛かった。
三の月も中旬に入るとトルポッサ市街地の東半分は帝国軍が占領し、攻勢は相変わらず激しかった。
この頃になると統合軍は既に野戦司令部を西に約二〇キーラ先のテイツォルに移しておりモルツォイ、トルポッサと厳しい戦いに身を投じていた連隊長ウェルティアを始め、一一連隊の面々はこの野戦司令部付近に所在していた。
時刻は午前十時過ぎ。師団司令部での会議を終えたウェルティアは、第五〇一大隊大隊長のメイリーのいる、司令部近くの野戦病院へ向かっていた。
司令部から野戦病院になっている建物は徒歩五分程度。その間、ウェルティアは会議で話されていた内容を振り返る。
(今日中にもあたし達の入れ替わりに約九五〇〇〇の内、前衛軍はやってくる。ちびっ子中将んとこの参謀本部が予定より若干早く向かわせてくれたおかげでこっちも早く撤退出来るようになったのは、本当に助かったね……。正直死傷者もそうだけど、消耗してたし……。何より全体的にこれ以上の消耗は避けたいと誰もが言っていたもの)
ウェルティアは予定より若干早く入れ替わりの友軍が来ることに感謝していた。約二週間に及ぶトルポッサ方面の戦闘は他の戦線に比べて異様と思える程に激しかったからだ。
今日の会議でも確認された各師団の損耗率を鑑みると、入れ替わってやってくる友軍の到着がもしあと数日遅れたら。もし不測の事態が起きていれば。そのような事を考えるとウェルティアはゾッとしたのである。
(でも幸いにしてそうはならなかった。帝国軍はいつも通り人海戦術でやってきた。私達は無事オチャルフに行くことが出来て、少しくらいは休息出来る。ラッキーと思うべき、でしょうね。)
だが、現実には自分達が担当する作戦はまずまずといった形で終えられた。大隊長は全員ほぼ無傷であったし、連隊全体損耗率も予想よりやや高かったが全員に無理はするなと厳命した結果他と見比べればずっとマシな部類。であれば、良しとしよう。
そう結論付けたウェルティアは歩きながら次の事に思考を移す。
今日の午後には到着する入れ替わりの友軍の先遣部隊の引き継ぎに、大隊長クラスとの会議、撤収する為の準備作業――ある程度までは進めてある――等々。自分達は戦闘せずに済むとて、ウェルティアの仕事は多かった。
後で休憩の一つでも取らないと割に合わないと嘆息していたら、目的地である野戦病院になっている建物に到着する。
野戦病院の施設内は前回訪れた時より雰囲気が明るかった。ここにいる多くの兵士達はこれからオチャルフへ向かえるからだろう。
特に比較的軽傷な部類に入る兵士達は、
「オチャルフは無敵の要塞なんだってよ」
「らしいな。何せアカツキ中将もアドバイス程度だが設計に携わったんだとさ」
「へえ。あの英雄閣下が。なら安心だな」
「おうともさ。何よりここからオチャルフは約一〇〇キーラ先。少しばかりかは帝国軍の顔を見ずに済むわけさ」
「本心は本国送還だけどな」
「ちげえねえ。けどよ、これくらいの怪我じゃそうはいかねえさ。俺達が戦わなきゃ家族が殺される。それは許せねえ」
「俺もだ」
「ま、しばらく休めたんだ。また一緒に頑張ろうぜ」
(どこの部隊か知らないけど、随分と士気が旺盛なのもいるもんなのね。ていうか、まだ戦う気のヤツが多いじゃない。)
兵士達のやり取りを耳にしてウェルティアは感心していた。帝国軍との戦争という命が幾つあっても足りないようなこの戦場で負傷してもなお、また戦場に戻ろうとしているのだ。高位能力者の自分達のような特殊な部類はともかく、普通の兵士が。
だが、彼等がまだ戦えると言えるからこそ今の戦線は成り立っている。
どうか彼等が無事本国に帰れるようにと願いつつ、あたし達も頑張らねばとウェルティアは思っていた。
彼女が歩を進め、着いたのは大きめの病室。野戦病院にありがちな何十ものベッドが並んでいるタイプのものだ。ここは自力で歩けるようになった負傷兵や腕は怪我しているが脚は無事な者が多い。自立歩行可能な兵士の一部は今日からオチャルフに向かうからか、自分の荷物を片付けている兵士もいた。
その中に、用事のある人物はいた。メイリー・ヒーラッテンである。彼女は負傷兵の診察をしていた。ウェルティアは邪魔しちゃ悪いと思い、終わるまで様子を見ることにした。
メアリーは負傷兵一人一人と話していた。
「メイリー少佐、自分はまた戦えますか?」
「戦えますよ。でもまずは完治させてから言いなさい」
ある者には優しく諭す。
「俺、片目が見えなくなっちまって……。でも仲間を置いて本国には帰れないっすよ……」
「著しく視力が低下した貴方が味方の足を引っ張る可能性があると考えなさい。貴方がヘマをすればその仲間は死にますよ」
「ういっす……」
「せっかく拾った命です。本国帰還後は家族と過ごしなさい」
「了解、しました……」
片目が失明に近い状態になった兵士には厳しく接する。理由も至極正論を述べていた。
「俺は頭と脚を多少やっちまったけど戦えます。何故本国へ?」
「貴方は先週まで危なかったでしょう。下手したら死んだかもしれないのが、魔法医学で一命を取り留めただけですよ。大人しく本国へ帰りなさい」
「けど、メイリー少佐はここから撤退してもオチャルフに残るんですよね?」
「私は魔法軍医の資格を持っていますが、戦える能力者でもあります。二つとも必要とされる人材である以上、そして上から命令されているのならば、私が戦い続けるのは義務です。第一、私は大隊長ですから」
「そりゃそうですけど……」
「じゃあこう言いましょうか。貴方が本国に帰還するのは私からの命令です」
「…………分かりました。ですが、どうかご無事で」
「当たり前です。私には会いたい人がいますから」
「会いたい人、ですか。これは失礼致しました」
「いえ。お気になさらず」
そして重傷だったにも関わらず回復が早く済んでまだ前線に残ろうとした兵士には軍医としての命令という、伝家の宝刀を抜いて納得させていた。
(アイツ、想い人の話になると声音がいつも柔らかくなるわね。……そういえば、手紙がまた届いていたっけか。)
メイリーの想い人、トゥディアか手紙がちょうど今日届いていて預かっていたのを思い出したウェルティアは、後で渡そう。きっと喜ぶだろう。と思いながらメイリーの診察の様子を見続けていた。
診察が終わったのはそれから五分程経ってからだった。
ウェルティアの方に近付いてきたメイリーは、ウェルティアがいることに気付いたようで歩を少し早くすると彼女の前に来て敬礼をした。
「お疲れ様ですぅ、ウェルティア大佐ー」
「ご苦労様、メイリー少佐。患者の前だと随分と凛々しくなるんだって改めて思ったわ」
「この話し方よりはずっと威厳はありますからねぇ。ところで何か用ですかぁ?」
話し方がいつものタイプになるメイリー。ウェルティアや大隊長達とは付き合いが長いから素を見せられるのだろう。
そのメイリーは連隊長が自分の所に来たのだから何か話すことかあるのだろうと分かっていたので聞いた。
「察しが良くて助かるわ。立ち話もなんだし、あんたの執務室に行きましょう?」
「分かりましたぁ。ちょっと散らかってますけど、いいですかぁ?」
「構わないわよ。この前まで戦場とココを往復ばっかりだったし」
メイリーの軍医としての執務室は五階建ての四階の一室にあった。
メイリーは紅茶を手馴れた様子で淹れると、ウェルティアが座っている前にあるテーブルに置き自分も座った。
「メイリー少佐。早速本題だけど、我々第一能力者化師団は全部隊が明後日から明明後日にかけてオチャルフへ移動になったわ」
「あら、それは良かったですー。やっとオチャルフに下がれるんですねぇ」
「ええ。入れ替わりの友軍が予定より早く着くことになってね。おかげで特に戦線に出ずっぱりだつた私達は優先的に行けるわ。早くて明日。遅くても明後日になるでしょうね」
「了解しましたぁ。大隊の部下には早速伝えておきますねぇ。皆喜びますよー」
「僅かな平穏だけど、休息も取れるものね。あぁ、それと。あんたが立案した負傷兵の後送は一番上から許可が出て早速動いてくれるそうよ」
「え、立案通ったんですかぁ? ゴリ押しはしましたけど、無理は承知のつもりだったんですよぉ」
メイリーが立案したのは負傷兵の後送を速やかかつ全員を運ぶ為に鉄道をメインとし、蒸気トラックも用いて運べないかというもの。
今回の戦いも例に漏れず相応の負傷兵がおり、自力歩行出来ない者若しくは難しい者は運びたいとメイリーは軍医の視点から考えていたのだ。これは今の季節が春や秋ならともかく冬であるからだ。流石に厳冬期ほど厳しくないにしても、負傷兵にこの寒さで歩けというのも酷な話。だから彼女は立案したのである。
ただ、限られた期間で重傷者はともかく無理を押せば歩ける者までは難しいとメイリーは思っていた。いくら機械化が進みつつあるとはいえ、数に限りがあるからだ。
「あたしもさすがに理想の水準までは厳しいと思ったのだけれど、あたしだけじゃなくてザレッツ参謀も連名で提案してくれたの。それに、ウチの師団長の命令指揮系統上、ウチの師団長から通せばちびっ子中将に直接行くでしょ?」
「アカツキ中将閣下は分かりますけど、ザレッツ……? あぁ、ザレッツっていうとぉ、参謀なのに狙撃技能で一躍有名になった人ですよねぇ」
「正解。自分の功もあれば通るだろうって」
「へぇ。彼には感謝しないといけませんねぇ」
「自分は参謀なんだから本来は前線になんてそうそう行かないんだぞ。とかブツブツ文句言う割には有能だよ、あの参謀は」
「ですねぇ。彼のおかげで私がいたとこも少しは楽になりましたしー」
「今度礼を言っておくことだね」
「そうしますぅ」
メイリーはウェルティアに大隊長メンツ達に向けるような眼差しをしながら言った。彼女の中でザレッツが彼等に近しい信頼度にしても良いと思った瞬間だった。
「ひとまずあたしから伝えることは以上。あんたからは何かある?」
「そうですねぇ。負傷兵の診察や治療をしてた時に聞いた話くらいなら。四方山話(よもやまばなし)程度ですけど」
「何か気になることがあったのかしら?」
「負傷兵から聞いたんですけどぉ、捕虜にした帝国軍新米士官がかなり若かったとかですかねぇ。兵士だけじゃなくって、士官もかなり増員されてるんじゃないかって言ってましたよぉ」
「へぇ、興味深い話だね」
「私も思いましたぁ。たしかぁ、その捕虜は『僕は戦争で人殺しをする為に魔法学校に入ったわけじゃない』とか言ってましたけどぉ、正直それはどうでもよくてぇ」
「まあ同情はしないわね」
「話によるとぉ、その捕虜がこっちに来た時までにだいぶ士官と兵士を増やしてたって言ってましたぁ」
「なるほどねえ。多少無理矢理なら後方から新しいの連れてこれると」
「そうですねぇ。ですからぁ、オチャルフ要塞に至ってもまだ帝国軍は人的資源を絞り出してくると思いますよぉ。気をつけた方がいいかとぉ」
「分かった。報告感謝するわ、メイリー少佐」
「いえいえー。有益な情報って、野戦病院は集まりやすいですからぁ。彼等、野戦病院では暇でしょうからこういう話をしてくれるんですよぉ」
「情報はそういうところからも出てくるものね。今の話は師団長を通じてちびっ子中将んとこにも伝わるようにするわ」
「はぁい」
「じゃ、打ち合わせはこれにくらいにしましょ。何せオチャルフ行きの準備で忙しくなるもの」
「ですねぇ。私も部屋の片付けとかしますー」
ようやく激戦地から離れられることになった第一一連隊の面々。しばしの休息を彼等が得られるかどうかはともかくとして、誰もが少しばかりは休めると思っていた。
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